2008年8月18日月曜日

8月18日(月)北京オリンピック雑感

・ 「北京オリンピック」が面白い。開催前は国情が国情だけに「一体どうなるのだろう」という世論やマスコミの情宣状況だったが、「問題ない」のではないか。大体テレビに映る「会場が素晴らしい」。中国はもう発展途上国ではない。このようなことが出来る世界の大国だ。今回、そのように私は完全に受け止めたのである。
・ それにしても「スポーツの面白さ」は何なんだろうと今更ながら考え込んでしまう。一声で言えば「実力の世界」だからだろうか。そこには家柄、学歴、父親の職業、顔かたち、体形、頭脳の中身など一切関係ない世界である。「結果がすべての勝負の世界」が分かり易い。
・ 誰かが「強いから勝つのではなくて、勝った者が強いのだ。」と言っていたが、その通りだろう。私は何時も楽しみにしてオリンッピクゲームを堪能する。そして何時も感じ、考える。並みのテレビドラマよりは面白い。まあ「篤姫」は別格だがね。
・ 今回の華は「北島康介」に留まるだろう。「凄い」の一声だ。私は北島を見ると何時も大リーグの「イチロー」を想う。二人に共通しているのは「徹底したプロ意識」だと思う。そして「強烈な自意識」である。そして「結果を必ず出さねばならないときに出す」のも共通している。加えて言えば「些か脇に構えた生意気な感じ」がするところまで似ている。
・ 柔道の鈴木桂二って言うの?「あれは何だ」。旗手を務めたと言うが負けた後、長い間「柔道場にうつ伏せ」になって動かない。「とっとと去れ」って言うの!舛添厚生労働大臣は柔道2段らしいが、彼もコメントしていた。「顔つきからなっていない」と。
・ 男子柔道会では今回のオリンピック選手団の男子チームの「練習量はそこらの大学チームと比べても少ない」という声があったそうだ。それに「棒立ち」で工夫が足りない。今や世界柔道は進化し続けており、その辺を工夫している重量級の石井は見事に乗り切ったという。顔立ち、立ち振る舞い、負けた後の態度、すべてにわたって鈴木は問題だ。
・ 頭脳に「地頭力」という言葉があるがスポーツの世界も「地体力」という表現を使おうか。卓球の愛ちゃんも他のメンバーもいくら頑張っても当分メダルには届かないだろう。完全な力の差だ。「陸上競技を見るともう悲惨」だ。高校生と幼稚園児くらいの地体力の差があった。
・ レスリングの浜口さんも駄目だ。いくらお父さんが「気合だ、気合だ」と叫んでみても、見た感じから一向に「強そうに見えない」。あれ位練習して、やっとこさ銅メダルが届いたと言うべきだろう。銅が限界だろう。吉田や伊調妹は立派だった。北島に連なる感じだ。「顔つき」から根性と内に秘めた闘志が見る者に伝わってくる。
・ 女子マラソンに至っては「二人とも出場できるレベル」ではなかったということだろう。土佐なんて、勝ったこともない選手で特徴は「粘り強い」ということらしいが、最初から粘り強いといわれること自体、「強くない」ということではないのか。案の定途中棄権だ。聞けば体の調子も悪かったらしいが、後でそういうことは聞きたくない。
・ しかしどうして日本の選手は試合後のインタビューでお決まりのことをいうのだろう。「皆さんの応援のお蔭です」「ベストを尽くしたので満足です」「家族のお蔭です」「自分の力を出し切れば何とかなるだろう。」とか訳の分からないことを言う。テレビでは分からないが他の国の選手もそうなのだろうかと思ってしまう。
・ しかし日本選手の、今回もそうだったが「家族物語」はもう結構だ。辟易する。家族が支え、苦しいときに家族がいたから頑張れたとか、「もう聞きたくない」が、もうこのオンパレードだったな。特に今回は凄かった気がする。
・ 日本の故郷地元で年老いた「お祖母ちゃんがテレビに出るからと言って濃い化粧して」孫の活躍を見守り、「良かった、良かった」という場面の連続だったがもう良いな。しかし今回一つ気付いたのは活躍した選手は「英才教育」「家が道場を経営」「4歳から始めた」とか、「父親の影響」を大きく受けている。母親の影響はとんと聞かない。
・ 「徹底した英才教育と投資が必要」なことがはっきりした。こうなるとポット出には無理な話となってくる。結局スポーツの世界も政治と同じで「環境が左右する」ということだろう。柔道もレスリングもハンマー投げも卓球もフェンシングも大体そうだ。陸上が弱いのは遺伝子を引き継いでいないからではないか。
・ 教員の世界も基本的には同じだ。大分県の教員採用汚職もそうだが「親が教員だから子どもも教員に」と必然的になるのだが、スポーツと違うところは「出来は悪くとも教員にはなれる」ということだろう。
・ いくらJOCや陸連水連に金を渡して「オリンピックに出して下さい」と頼んでもこれだけは駄目だ。しかし今回この世界にも「閥」があることが分かった。結局才能のある選手は有力な大学へ、例えば柔道の国士舘とかレスリングの中京大とかに行かないと「指導者にも恵まれないし、世に出る機会が与えられない」のではないか。
・ 今回は「フェンシング王子」が誕生したが、彼など「ニート」で今から就職先を探すというが条件は「会社に出なくて、遠征や合宿費用など文句言わずに出してくれるところ」と言っていたのには笑ってしまった。2000日一日も休まず練習したという。このように「少し変わった奴が世に出る」のだろう。
・ 今日の朝日には作家の石牟礼道子さんが「世の中がおかしい」「教養も品格もない」大体テレビでは「アホか馬鹿キャラが受ける」と言ってどうしようもない若者を賛美する風潮を嘆いておられたが確かにそうだ。あのような者からすれば「スポーツ選手の単純さが分かり易くて良い」。
・ 私も一度卒業生にオリンピック選手を出してみたいと今回思った。実は可能性はあるのだ。「ボクシング」である。昨年卒業し、近大に進学したが彼はロンドン大会に出場できる可能性がある。そしたら私はロンドンだ。鉢巻して応援に行き、テレビに出てコメントくらい出来るだろう。楽しみだ。
・ 後は空手が正式種目にならないかな。そうすれば一気に可能性は高まる。本校は日本チャンピオンに位置する力があるからだ。とにかくスポーツは面白い。柔道の石井が金メダルを胸にしゃべっていたが「スポーツと思っていません。戦いだと思っていますから」と。ある面当たっている。果たして教育はどうなんだろうか。「戦いに勝つ為の教育論理と理論」が少しあっても良いというと世の教育評論家からボゴボゴに叩かれるだろうな。

2008年8月17日日曜日

8月17日(日)後半戦始動

・ 久し振りにゆっくりとできました。残念ながらというべきか喜ぶべきというべきか「後半戦の始動」となりました。学校と言うのは面白いもので常に小さな緊張状態が続きます。「ガターンガターン」といった大きな山場がある訳ではありません。「ブルブルブル」といった小さな振動状態が1年中続いているようなものです。
・ かえってこの小緊張状態は疲れるものです。疲労が蓄積されていくのかも知れません。大きな勝負時を過ごせば後は楽だということではないのですね。4月から7月一杯は新入生を迎え、「新学年の立ち上がり」に小さなエネルギー消費が積み重なって消耗するのですね。
・ したがって8月の夏休みは「緊張を解き放ち、ほっと一息する格好の機会」なのかも知れません。昔聞いたことがあるのですが「教育困難校」と言われている学校に勤めている教員は「生徒が学校に出て来ない夏休み」がなかったら「持たない」としみじみ言っていましたね。
・ 本校は教育困難校ではないのでそれほどではないのですが、それでも教員には「つかの間の休息の時期」かも知れません。19日から後半戦が始まります。前半戦と後半戦について言えば、それはもう圧倒的に「後半戦が勝負」ですよ。比較になりません。
・ 来年度の本校の入試説明会が9月から本格化します。これは「学校経営の死活の問題」ですから中学校、塾関係者への訪問や説明会に勢力を注ぎ、本校ブースへの来校者の数や塾関係者のご意見に一喜一憂することになります。これが来年の3月末まで「ジュクジュク」と続くことになります。「大変です」が正直な気持ちですね。
・ そして学校にとって最大のイベントである「卒業式」に向かって3年生の「進路先」を決める必要があります。私学の受験シーズンの到来は早くて9月に始まります。指定校推薦、AO入試などが始まり、山場は年明けの大学入試センター試験と難関私学、国公立大学の受験となります。これも気疲れするものですが高校の責務です。生徒の為に親身になって対応しなければなりません。
・ 前にも書きましたが「夏休み」という概念はもう変わってきています。20日からは3年生は「授業」が始まります。そして8月30日に「2学期の始業式」となります。「始業式の前に授業が始まる」のです。
・ 感覚的に「始業式や終業式の意味合い」が少しづつ変わってきています。昔みたいに式だけに来て校長先生の話を聞いて帰すなども「古い形」になりつつあります。「なんで始業式終業式の後に授業をしないの?」と言われたら「適切な返答」が出来なくなってきているのです。確かにそういうところがあります。
・ 最近は少し話題となっていませんが「3学期制と2学期制」の議論の本質はこの辺にあります。9月中旬までを「前期」とし、秋季休みを取って10月から「後期」に入る2期制というのも始業式や終業式がなくなりその分授業日数が増えます。
・ 問題は前期に「夏休み」が入ることですが、夏休みといってももう生徒には数える日数しか夏休みは無いのです。無かったら2学期制で良いではないかという議論も当然出てきます。「2学期制の問題は本年度中に結論を出す」考えです。そのために今週教員のチームから意見具申があるでしょう。
・ さて「後半戦テーマ」は極めて多くあります。まず「大阪府の私学助成の削減による経営影響度合いと対応策」があります。次に「教職員の人材育成評価システムの試行の総括」が年度末にありますね。これが2大テーマです。
・ 加えて「残業時間管理」について新たなフェーズに9月1日以降移行します。これはイントラネットの改善も含まれており画期的なものだと思います。ポイントは「残留時間ではなくて残業時間管理」です。
・ そして「大学との連携」があります。これは本校の将来に大きな影響が出てきますが、「自信」はあります。まだ急がなくと良いと思っていましたが、近隣の高校が立命館大学とか近畿大学とか「頭に大学名を付けて校名を変更する」ものだから、こちらも受けて立つものです。
・ そして塾や公立中学校を訪問したりして来年度の入学者を確保しなければなりません。おかげさまで昨年は中学校で107名、高校で620名と言う「信じられないくらいの多い入学者」を確保できましたがこれはひとえにご関係の皆様のお蔭で、来年も是非ご支援をお願いしたいと思っています。
・ そのためには「良い教育」をすることが肝要で、結局、「急がば回れ」で、いくら口で上手い事を言っても直ぐに化けの皮は剥がれます。生徒や保護者は鋭いし正直ですよ。「浪速は良い教育をしている」と思って頂いたら「勝負は勝ち」です。
・ 北京オリンッピクと同じです。実力の有る者が最後には勝つ。練習練習、努力努力、打出の小槌などはありません。「奢らず謙虚に」やるべきことをしっかりとやれば結果は付いてくると思います。
・ 頭の痛いのが「教員採用」です。ここ6年ほど「学校改革の言葉の裏」に「教員の資質」がキーワードになってきましたがますますこの傾向は高まるでしょう。特に私学は「教員の総合力で浮沈」が掛かってきますね。
・ 正直言って良い教員を集めるというのは難しい。ポテンシャルの高さを観察していますが「当たり外れ」が結構ありますね。履歴書や一回くらいの面談で「良い教員に突き当たる」というのも甘い考えなのかも知れません。結局「育てる」ということが必要なのでしょう。
・ 「浪速改革の第2章・・後半戦の部」が始まります。「ワンマン、パットン将軍、皇帝、天皇、天の声、絶対君主」などと揶揄されないように「組織のリーダー」として2年目の後半戦、バックナインに入ります。グリーンは遠くとも刻んで行きましょう。
・ 組織のリーダーとは全員の意向を確認・尊重しながら「最後に決めるべき時は責任を持って決める」ことが出来る者のことです。そして組織のベクトルを揃え、十人十色の教員の得失を見極めながら「適材適所の人材配置」を行い、「公平に評価を下し、処遇に反映」できる人間のことを言います。
・ 教員の担ぐ御輿に只乗っているだけの人間ではいけません。140名の教職員と1750名の生徒の為に頑張らねばなりません。このように自分に言い聞かせながら「気分を高めている」のです。課題を整理し思いを込めながら、今仕切りなおしをしているのです。ジワーッと汗が出るくらい「気分を高揚させて勝負の場に出る」のです。これが私のスタイルです。

2008年8月4日月曜日

8月4日(月)1学期の終了

不審者乱入
・ 久しぶりの学校である。とは言っても1週間ぶりであるが、海外に行った分、長く感じるだけなのかもしれない。こういう時には私は殊更学校には早く行く。今朝は6時50分にはすでに到着していた。
・ まず出張中の事務処理を済ます。秘書が来るまでに分かりやすく整理しておくと彼女の仕事もはかどり易いと考えているからである。昔企業時代は海外出張が多く、慣れたものだ。清算をカナダドルから日本円に換算しなければならに。複数の国に行ったりしたら整理だけでも大変であった。
・ 「インターハイに出かける空手部」のバスが正門に到着する。大阪府代表のメンバーが校長室に出発前の挨拶にくる。「激励」だ。そしてバスのところまで行き、「見送り」した。長野まで大型バスで行くのだが部員も応援のために全員揃って一緒に行くのだ。すべて保護者負担である。皆顔がはちきれんばかりに輝いている。嬉しいのだろう。
・ 「 9時管理職朝会」。留守中の報告を受ける。大体はメールで毎日報告されているから、特段、込み入った話題はない。そこへ突然「不審者が校長室に乱入」だ。私も含めて6名の管理職はこの突然の事態に驚く。
・ しかし侵入者の顔を見て「一安心」する。昨年も酔って乱入してきた方だ。ご近所にお住まいだ。その時は初めてだったから驚いたが2回目になると人間落ち着くものである。私など逆に親しみを感じるくらいだった。とにかくこのお方は体が大きくて「お前ら、お前ら」と「大声で」意味不明のことを我々に叫ぶのである。
・ 話しがあちこちに飛ぶので何をおっしゃっているのか、何を要求されているのかサッパリこちらは理解できず、いきり立っている。「昨年も一度あって警察官に来て貰って一件落着」したが、今日も事務長に指示して即刻「近くの交番」に電話した。
・ よくよく聞いてみるとどうも本校のラグビー部の合宿の大型バスがその方の自宅近くで7時頃停まり、うるさくて目が覚めた。エンジンの吐き出す煙が臭い、生徒が自宅の敷地内に無断で入ったとかなんとかわめき散らしているのだ。
・ 今朝は空手部のインターハイ行きのバスが先着しているのでラグビー部は控えて別の場所、すなわちご自分の家の近くに集合場所を変えたのだがそれが気に入らなかったらしい。幾ら「住居不法侵入」になりますよと言っても引き上げてもらえない。
・ とにかく傍若無人で守衛の引き止めを振り切り、事務所前を通り抜けて直接校長室に来るのである。昔から校長室のある場所はご存知で、前校長時代にも大きなトラブルがあったらしい。したがって言ってみれば「勝手知りたる他人の家」である。15分もわめき散らしてお帰りになった。帰る途中で「こんなの、だれでも簡単に通れるやないか」と捨て台詞を残していかれたという。
・ サッカー部が明日は合宿に出発する。「もう2度とあの近くにバスを停めることのないように決めた」。副校長から各クラブに徹底だ。生徒のいない夏休みでよかった。今年初めての乱入であったが、もう「やめて」頂きたいのだ。こちらも考えなければならない。不満をこじらせ不測の事態を招いてはならない。「生徒を守らねばならない」。しかしJRの我孫子駅からだとどうしても通る道だが、そうは言っておられない。2度とこの家の近くに本校関連のバスの臨時停車はしないように徹底することにした。

前半戦終了
・ 一応今日で私の前半戦は終了だ。明日帰省する。しばらくぶりだ。「近江今津から電話」があり、快調に進んでいるという。又3年生の「京都からも報告」があった。常勤講師の英語の女性の先生が頑張ってくれているらしい。教師は4人派遣して内一人は常勤講師の先生である。「京都堀川本能寺、指導に疲れた女が一人・・」ではない。相当の負担だと思っているが、頑張ってくれているとのこと。
・ この先生2年目であるが「生徒生活指導」が出来て「今回のトップ層の教科指導力」だ。これを見事にこなしてくれれば名実ともに「輝く実績」となって元々高い本校専任教諭陣の高い評価を不動のものにされるのではないか。
・ そうすれば私はこの先生の処遇を判断しなければならない。ぼつぼつその時期が近づいてきている感じだ。後少し頑張って欲しい。そして6日以降はゆっくり休んで頂きたい。

すき焼き
・ 何時も学期の末には「すき焼き」だ。何故か分からないがどうしようもなく「真夏のすき焼き」を食べたくなる。エアコンで部屋を冷やし、ぐつぐつ煮える鍋を見ながら「ビールで乾杯」だ。無事にここまで来ることが出来たと一安心するから余計ビールが旨い。今日は特別に「琵琶湖周航の歌」付だから雰囲気は出ている。
・ しかし「すき焼きの味は難しい」。今日は「割り下」を使ってみたがこれだけでは少し醤油味が勝つ。すき焼きはやはり砂糖だ。お肉には砂糖だろう。溶き卵で糸こんにゃくを食べるのも旨い。最後はうどんを入れて〆るのであるが「贅沢だなー」とつくづく思う。今日の味はまあ65点くらいか。どちらかと言うと 味の立て方は下手だな。それに段取りがドンくさい。今、「喉が渇いて仕方がない」。
・ 勿論学校の仕事はあるのだが副校長先生以下管理職が対応してくれる。「6日からは学校休業日」だ。労働基準法に規定される年間労働時間から本校は6日から18日まで公式休業日だ。勿論当番出勤はいるし、代替も可能である。現実にトップセミナーは一日遅れて入ることになる。1学期、本当に教職員は良く頑張ってくれた。「ご苦労様」。休めるときに休んで2学期に備えてください。

2008年8月3日日曜日

8月3日(日)その2:学習合宿その後

・ 「琵琶湖今津」のことが気にかかる。早朝副校長に指示して様子を伺うも進路指導部長もSS,Ⅰ類の教科長も「授業中」だ。コストを下げ、授業効果を上げるため、余分な教員を派遣していないので「止むを得ない」。とにかく「生徒の様子と食事のレベル」が気にかかるのだ。食事くらいしか楽しみはないからだ。
・ 午後直ぐ副校長から別件で電話が入る。クラブ指導中の某教員がたまたま外部の電話を受けたらしいが「昨日の校長日記」を読んで心配になられた保護者が問い合わせに電話されてきたものらしい。
・ 電話の内容は校長の「今回は失敗だった」とのコメントに驚くとともに憤懣を感じていると言う意味のものであったという。自宅でカルガリー以来のくたくたの体を休めていたが、副校長からの電話報告から「保護者の受け止めは当然であろう」と思う。安くはない受講料を出させておいて「失敗だった」では当然のことだ。
・ 実はこれらの日記は教職員にむけて発信しているもの、保護者向け、一般府民等々準特定の方々を念頭においているものだが、昨日は今津の教員に発したもので、強調した分、余計に「本校の保護者に心配を与えたらしい。申し訳ないことをした」。
・ 昼食中の責任者に連絡がとれたと副校長から電話が入ったのでセンターの進路指導部長だけでは駄目だ、もう一人の責任者Ⅰ類の類長からも情報を入手するように指示した。それらの返事がまとめて13時過ぎに入って来たのである。
・ 結局バスは当初予定の「9時が遅れに遅れて10時20分到着」、すぐ大教室に荷物を持ったまま入り、宿舎の簡単な説明、トイレ休憩のあとすぐ「10時50分から授業に入った」という。1時間20分もの遅れだ。「開校式をスキップ」したのでそれでも10時50分には授業を始めることができたのである。20分の開始遅れだ。
・ 二人の責任者、進路指導部長と理数科長は「序盤の失敗」を取り戻すべく「教員全員気合を入れて」頑張ってくれているらしい。「この点こそ私の狙いとするところ」だ。二人に言わせると「生徒は120%満足している筈だ。手ごたえが極めて良い。居眠りなどするものは一人もいない。」「絶対の力が付きつつあるはず」と自信を持って言っているらしい。「遅れたことは相当へこんでいるらしい」。当たり前だ。
・ 確かに寝るところはお世辞にも立派とは言えないが、今のところ生徒から不満は出ていない。23時過ぎには皆グタッと寝るという。それよりも「食事が大変良くて生徒は大変喜んでいる」との報告があったという。遠い分、食事には気を使っていますとハウスの支配人は言っていたがそのとおりやってくれているのだろう。
・ 私が自ら「選らびに選んだ専任教諭と常勤講師は教科指導力を発揮しながら」、極めてチームワーク良く頑張ってくれており、「生徒の評価」は「最終日のアンケート」で明らかになるだろう。とりあえず「安心」だ。厳しい校長の指導は効果があったと思う。「保護者には安心して頂きたい」。生徒が自宅に帰ってから「生の声」を詳しく聞いて頂きたい。それから今回の結末をつける積もりだ。
・ 結局開校式における校長の言葉での「このトップセミナーの目的や学ぶということ、大学の現状、生徒の待ち受けている将来」などの「校長講話」が吹っ飛んだのと「20分の授業開始遅れ」だ。しかしだからと言って今回の「初動の失敗」は許されるものではない。昨日のブログにも書いたようにこれが「センター試験や外部模試」などだったら大変だった。
・ 「学校の時間管理」とはこういうものだ。「生徒には遅刻しないようにしなさい」と厳しく言っておいて、「教師自ら遅れるとは何事か」が私の言いたい点だった。厳しさが足りない。エージェントの責任ではない。「すべて学校の責任」だ。
・ 保護者にはあらかじめ具体的に予定を説明しご理解を頂いており、校長講話分と20分の授業の遅れ分は「講習費用に入っている」と考えねばならない。実態はこの20分の遅れは休憩時間とか夕食時間を短くして保障していると電話では言っていたがそういうことで正当化することは許されない。
・ この辺の考え方が教員は分かっていない。後で取り返すとかは出来ないのである。予定はがっちりと組まれており、他を短くして補うことなどは絶対にしてはならないことは計画段階において私から教員には説明している。今回の担当教員には「一こま当り幾ら幾らの手当て」を支払うと決めているからだ。もし一人の先生が病気にでもなれば予備の教員を派遣する手筈も出来ている。
・ しかしこのスキップした分については具体的に「受講料の払い戻し」を考えねばなるまい。本校は私学だ。私企業と考えることも出来る。約束のことが出来なかったら「返却か他に代る保障」をするのが「社会の常識」というものだ。今副校長に計算するよう指示を出した。「ペイバック」だ。修学旅行に病気で行けなかった生徒に積立金をペイバックするのと同じことだ。
・ 今日は16時から河合塾の校長先生を招聘し「塾のトップ」から講演をしてもらい「生徒の意識変革」に大きな効果を期待している。これも私のアイデアだ。わざわざ遠いところまで大阪から来て頂くのだ。私にとってはすべての生徒が大切であり、皆が可愛いが今回極めて厳しいスケジュールで早朝から23時まで「勉強に勉強をさせるこの試み」は「本校の質的転換をかけた一大事業」である。私はこの試みと3年後の成果をかけているのだ。
・ 塾の先生も立派な人は多いが何といっても「自校の教師」だ。「生徒のことを一番良く知っている」。教科書のことも分かっている。これらの教諭陣が「浪速予備校塾」として兼職兼業を特別に許した本校にとっては画期的な試みだ。「気合を入れてやって欲しい」。「一こまの授業も授業開始が1分たりとも遅れてはならない」。
・ 尚強化合宿は今回限りとはしない。1,2年生はすでに冬休み、春休みと連続して実施するよう手筈を進めている。今度の場所は近くで良いところを探している。しかし本当に難しい。無いのだ。まず近くて、安くて、食事が良くて、200人が収容出来る場所などシティーホテルならいざ知らず本当にないことも事実だ。「今津は遠い」。いざと言うときにも身動きが取れない。
・ 副校長からファックスが入る。授業が全体で47こま数あり、参加費用から宿泊費、保険、会場費、バス代、河合塾お礼、教材費等を引いて計算すると校長講話と開校式費用は人当たり185円という。
・ すべて終わってから結論を出すことにしよう。「すべては生徒と保護者の評価を得られるかどうか」だ。今はこのセミナーに全力で当たることだ。この1年、どれだけ私が力を入れ、数回のミーティングを持ち直接指示して企画してきたか、教員は分かっているはずだ。それだけに初動のミスはまだ腹が立つのだ。許せないのだ。

8月3日(日)その1:琵琶湖哀歌

・ 「琵琶湖周航の歌と琵琶湖哀歌」のことが頭から離れない。年を取るとこのような哀切迫る歌曲に弱い。琵琶湖周航の歌は従来から知っていたが琵琶湖哀歌は知らなかった。それで今日ネットで調べたのである。昨日買ったCDはフルート演奏で歌詞は入っていなかったからである。
・ 昭和16年4月旧制第四高等学校のボート部が練習中に比良の山おろしの突風にあおられ11名が亡くなるという大きな事故が発生し、「鎮魂の歌」として作詞作曲されたものだという。遭難地にはソメイヨシノが植えられているという。
・ ネット上の再生回数は「東海林太郎と小笠原美都子のデュエット」が最もアクセス数が多く、ヤフーで「琵琶湖哀歌」を検索すると直ぐ出てくる。大正時代の曲だが素晴らしい曲だ。当時も大ヒットしたらしい。校長日記を読んで下さっているお方は是非ヤフーで「琵琶湖哀歌」で検索し「東海林太郎・小笠原美都子のサウンド版」を聴いてください。無料で3番までフルコーラスが聴けます。
・ 滋賀県の美しい風景が情感豊かに歌いこまれている。ところが不思議なことによくよく調べてみるとメロディーも歌詞も大変似通っているのだ。自分で口ずさんでいても「同じようになる」。基本的には同じ歌なのだろう。
・ 琵琶湖周航の歌は6番まであるが琵琶湖哀歌は4番までである。ところが竹生島、比良、志賀、湖の子、紅椿、雄松(地名)浪枕、などは双方の歌詞に使われているのだ。どうしても両方の歌曲のCDを入手したくなった。
・ 心斎橋のレコード店まで脚を伸ばすも「東海林太郎」のCDは見つけることは出来なかった。若い人は知らないだろうが正統派の流行歌手で大正から昭和の初期にかけての第一人者で「名月赤城山」など国民的歌手だった人だ。歌い方に技巧がなく、姿勢正しく声を出す歌手で懐メロファンの私は大好きだ。結局見つけ出すことはできなかった。
・ 琵琶湖周航の歌はこれはいくらでもある。まずネットでは「賠償千恵子」がもっとアクセスが大きそうだったが、これは無料だからだと思う。フランキー堺とか渡哲也とかあるがはやり「加藤登紀子」だ。
・ 今津の記念館でも流しているのは加藤登紀子のものだった。それを探すのだがこれもないのだ。しかし諦めずに「中古店」で遂に見つけた。「日本哀歌集 加藤登紀子」で第1版は1986年だから32年も前だ。あの有名な「知床旅情」をメインにしたアルバムの中にあった。
・ 彼女の歌い方は何か「反体制的」な趣がして声が太く、それが情感を盛り上げ「加藤登紀子の世界」を作り上げている。今これを聞きながら日記を書いているのだ。「カチューシャの歌」「ゴンドラの唄」「北帰行」や「さすらい」なども入っているのだが中々良いものを手に入れた。1500円だった。
・ 彼女の「琵琶湖周航の歌」は圧巻である。彼女の唄になっている。京都大学ボート部100周年記念斉唱などもあるのだがはやりプロの歌が良い。昨日も書いたがやはり歌詞は3番だ。「波のまにまに 漂えば 赤い泊火 懐かしみ」「行方定めぬ 浪枕 今日は今津か長浜か」だ。
・ 実は加藤登紀子さんは私が勤めていた会社の上司の妹さんにあたる。鹿島製鉄所の20周年事業にお祝いとして地元貢献で小さな町に「お呼びした」のである。当時私は現場の部長だったと思う。
・ 「100万本のバラ」が大ヒットしていた時代で田舎の町に大物歌手をお呼びするなど土台無理な話であったが「兄を通じて」手を回し来て頂いたものだ。会場は超満員で大変地元の人々にも喜んでいただいた記憶がある。それに高かった。凄かった。
・ それに驚いたのは彼女くらいの歌手になると音響設備や照明など一切合財車に積んで来る事だった。余計なことをしてはいけないのである。裸の会場で良いのだった。プロが来て準備を進めていく。それを眺めながら私は驚いていた。
・ その後私は東京本社の部長に転勤となり登紀子さんの実の兄、加藤副社長は直接の上司になった。仕事の関係から渋谷文化村などでの「加藤登紀子リサイタル」などは副社長から「券を頂いて」良く「お客さんをお連れして行く機会」があった。加藤登紀子の兄が住金にいるのは誰でも知っていたのである。「券は入らない?」などと良く頼まれたものだった。そういう時は副社長に頼めば直ぐだった。
・ そしてあれから10年になる。今私立学校の理事長として加藤登紀子の「琵琶湖周航の歌」のCDを聞いている。「流転変転の人生」だ。加藤副社長は会社をリタイアされて今京都におられると聞いている。この人は私のことを「木村は住金の小沢一郎」と言った上司である。あんまり嬉しくはなかったなー。

2008年8月2日土曜日

8月2日(土)琵琶湖今津失敗物語

・ 昨日は大変気分の良い一日であった。その余勢を借りて今日は「1,2年生のトップ層学習強化合宿の日」だ。「1年間準備をして今日を迎えた」。昨夜は京都から延々一時間もかけてここ「湖北の地」まで脚を伸ばし「琵琶湖周航の歌の地、近江今津」となった。この地でも良いと朝までは思っていたのだ。
・ 遠いと思ったが担当が是非にというので受け入れたが「少し遠いな、でも今年から“バス借りきり”だから行けるだろう」と思うのは当然だ。部下を信頼しているのだ。私は朝7時から準備をして「今日は昨日の3年生とは違う。少し違ったことを話そう」「丁度今頃学校を出発した頃か」「しかし2時間でここまで来れるのか」等考えながら時を待つ。
・ 9時到着、9時30分開校式だ。私は8時55分には勉強場所となる「アクティプラザ琵琶」に一足先に到着し生徒の勉強する場所や食堂、寝室などを「巡回してチェック」する。少し暗澹たる気分になる。決して「良い環境だなどとは言えない」代物だ。
SS、R-1,R-2,R-3、その他様とあるが「その他」とは何事か!
・ 今か今かとバスを待つが一向に来ないし、この企画のセンター進路指導部長からも連絡はない。聞けば8時30分頃京都桂川にいるという。「?」と思う。本当に時間通り始まるのかと。
・ 元々この会場は昨年京都北山の「善林房」というところが余りのも遠く、京阪電車と市内定期バスを利用してのことだったから、午前中の貴重な時間を無駄に費やしてしまっているので私の方から強く会場変更を指示しこの地になった。別に具体的にこの場所を指定したのではない。担当が下見までして決めてきたのだ。
・ 加えて今年から学校の正門前にバスを仕立てて全員が一度に動けるようにも配慮したのである。担当部長と教科長二人が下見までしてきた場所だ。「よもやのことはあるまい」と思っていたが、生徒の乗ったバスは一向に来ない。
・ 校長一人ただ待っている。開校式の始まる時刻9時30分を過ぎてもバスは来ず、連絡もない。「少しづつ、いらだってくる。」大体大阪市内住吉区の学校を7時に出て2時間で湖北今津まで来られるのか。
・ 今日は土曜日だ。夏休みの本番のタイミングである。道路は観光地やリゾート地に出かける車で込むはずだ。そんなことは分かっているはずだ。子どもでもあるまいしと思うのは当然だろう。ましてや湖北街道はこれ一本、車は集中すると考えなければならない。
・ 京都東からの湖西道路は高速ではないしどう考えても2時間では無理だと思うが、「下見までした場所だし、当方は待つしか方法はない」。予定では10時30分から1限目の授業である。「校長講話」などよりも「授業の方が大切」だと考えた。しかし私が教えたいこともあった。
・ 10時まで待ったが「予定」は諦めて大阪に帰ることとし、新旭駅に向かうことにした。予定を崩しては生徒に申し訳けがない。「受益者負担で高い受講料」を保護者には納めて頂いている。私が居ない方がすぐ授業の体制に入れると考えたのである。
・ とんだ「琵琶湖周航の歌」ではなくて「琵琶湖哀歌」になってしまった。この結末ははっきりとつける。1年準備して来たのは何だったのか。アメリカ映画ではさしずめ「Shit ! Damn it !」(あの、糞野郎、ボケナス!)と言ったところだろうが、私はそのような品のないことは言わない。
・ しかし校長を待たせて、連絡もなく「バス4台が行方不明」になるとは一体どういうことか。更に言いたいことはある。会場はまあ夜露をしのげるというくらいで食堂などは見ていて悲しくなるような代物だ。これなら京都の方が良かった。
・ 加えて最終日にはここを追い出され別の会場に追いやられるという。聞けば京都府立紫野高校が学習合宿に入るから「出て行け」ということらしい。なんでこのような場所を選んだのか。バスまで使い、生徒は選りすぐりのトップ層に絞り、昨年よりも高いコストで企画した強化セミナーは「大事な初動段階でスタートの失敗」だ。「ロケットスタートとはならなかった」。この「責任は追及」する。教員手当ての理事長加算などはとんでもない話だ。
・ 皆、無責任で「仕事の詰めが甘い」。人ごとなんだ。昔なら腹きりものだ。電車も駄目、バスも駄目ならもう「前日に宿泊する」しか方法はない。各人が三々五々電車をつかって夜の内に会場に入れば朝7時から始められる。それなら京都くらいでも良い。「3年生の教師陣は呼吸が揃って見事にスタート」した。1,2年生担当の仕事は甘い。「少し甘い顔をするとすぐこれ」だ。
・ 「伊勢修養学舎は3班で620人の生徒を見事に連れて行き、見事に連れて帰ってきた」。何処が違うのか「総括」しなければならない。アメリカ映画のマフィアものなら「もう終わりだろう」。私は寛容な人間だからそういうことはないが「どうして遅れたのか、リスクマネージメントはどうだったのか」説明してもらわねばならない。
・ 「私が厳しいと言うなら言え」。当たり前だ。一歩間違えば全軍を破滅させることになりかねない。これがもし「センター試験会場行き」だったらどうなる?計画を立てるということは「結果を保証する」ということだ。「結果責任」である。
・ 「交通渋滞で道が込みました」などと言ってきたらそれこそ「終わり」だ。「許さない。」覚悟して「始末書」を持って来いというくらいの気持ちだ。カルガリーから直接、来たが無駄な一日になってしまった。
・ エージェントに上手いこと言われてその気になって「自分の頭で考えないからこういうことになる」。大体この施設はこの会社のもので何とか使ってもらおうと言う手に載せられたのだろう。私から7時の学校出発で9時にここに着く訳がないではないかと言ったら「返事はなく、ただ汗をだらだら流している」だけだった。「要は騙された」のではないか。

2008年8月1日金曜日

8月1日(金)琵琶湖周航の歌「今津」

・ 「高3生の大学知名度」についてリクルート社が全国8000人の生徒を対象に調査した結果が発表された。それによると関東では早稲田、中部では中京大、「関西では関西大学」だという。
・ 早稲田は全国でも第8位に位置しており、全国レベルでトップ10に入っているのは早大だけで、こういうのを「全国区」というのだろう。就職有利では東大、京大、おしゃれな大学は青山学院大学と関西学院大学が双璧だという。学院というのをつければおしゃれになるのか。
・ 関西大学、頑張っている。奮闘している。「強い大学」であり、「関西は関西大学の時代が来た」ような気がする。本校と気風も似た所があり、経営陣も素晴らしいしなにしろ教授陣が光っている。私は関西大学を応援したい。関東の大学など関西から「追っ払わないといけない」。太閤秀吉が泣いている。

・ 「大阪府の人事に異変」が起きていると数紙が報道している。昨年対比で職員が7倍の22名、教員が5倍の34人が早期退職したという。採用試験も1979年以来の最低レベルで772名が受験者で受験率が54%という。要は大阪府の人気が急落しているというのだ。
・ 退職金が5%カットされ給与が10%程度ダウンすることが「大阪維新プログラム」で決まったから「逃げ出した」というニュアンスの記事だったがそうではあるまい。本校みたいに高額の退職金上積みを設定しているわけではなく、単なる「引きどき」と考えた人が表に出ただけだろう。そういう人は居ない方が良い。大阪府も助かっているのではないか。

・ 朝9時過ぎの京阪電車で京都に向かい、「本能寺会館」に入った。「是非に及ばず」と言って死んだ大好きな「信長の館」である。3年生のトップ層に対する「校長講話」だ。「社会の仕組み」「職業選択」「切磋琢磨」「大学の現状」「受験勉強の意義」など体系的に話した。できる子ばかりだからしっかりと聞いてくれた。
・ 朝7時から夜23時まで「徹底的に学習」するのだ。この内容は凄い。教諭陣も一流だ。しっかりと自分を見つめ、自分が努力しなければならない。こういうものに参加したから「学力が伸びる」というわけではない。しかし相当の自覚と効果が今回のセミナーで得られるものと確信している。
・ 昼食を頂く。2段弁当であった。最初は「ちらし寿司」との話が流れていたらしく女生徒は「エーッ」という声が流れていた。私からは若いし頭を使うとお腹が空くものだから、「食事の量」は配慮するようホテル支配人に言った。又3時過ぎには「スイーツ」を出すようにも指示したところである。
・ それにしても京都も暑い。「言うまいと決めてはいたが 暑さかな」だ。能寺会館を後にして湖西の近江今津に向かう。京都駅から普通通電車で近江舞子まで、乗り継いで今津に到着した。

・ 今津は「琵琶湖周航の歌の発祥の地」である。駅の近くに「琵琶湖周航の歌記念館」があるというので早速のぞく。こういうのは本当に大好きだ。玄関の外には加藤登紀子の歌が流れ館内も様々な演奏が流れている。
・ この唄は本当に良い唄でメロディーも何か感傷的で私は昔から大好きだ。大正6年当時の3高生がオリジナル版を作詞し、広まったものだという。良い唄は時代を経て生きていくものだと思う。湖西線の駅名が織り込まれ、「われは湖の子・・・♪」に始まる歌詞が良い。私は3番目に最後「行方定めぬ 波枕、明日は今津か長浜か」が好きだ。長浜は秀吉出世城の長浜だ。
・そう言えば、長浜は6月にPTA社会見学会で行った。これで長浜と今津に続いて行ったことになる。 とにかくこの歌を聴くと「私を愛してくれた両親、私が愛した人、愛する人を想い出す」のだ。「何時も涙が出そうになる」。どうしてだろうか。
・ この歌を歌っている歌手も多く、ペギー葉山、賠償千恵子、都はるみ、小林旭と色々あったが美空ひばりの物がなかったのは残念だ。私は絶対的な「ひばりファン」だから、彼女の歌声が聞きたい。ひばりの「別れの歌」も良い。藤村の詩だ。
・ もう一つ「琵琶湖哀歌」というのがあり、これは昭和16年4高(現金沢大学)のボートが沈没し部員11名が亡くなったときに作られたもので、今回初めて知った。素晴らしいものだ。周航の歌と哀歌の入ったフルート演奏のCDを1000円で購入したのである。帰ってゆっくりと聞きたい。
・ ホテルは今津の「サンブリッジホテル」というところで館内はこの歌のオルゴール風のメロディーが何時も流れている。途切れることがない。進路指導部長がセミナーハウス側と相談して決めたらしいが琵琶湖畔に位置し、中々良いホテルだ。運よく今日は近隣で有名な「花火大会」である。部屋の窓から一望だ。又8時からは「高島音頭総おどり」の日でホテルの浴衣を来て散歩がてらで歩いてみた。
・ 昨日までカナダに居て今日は湖西に居る。「人生は流転変転、おかしな感じがする。」でもスピードの早い世の中になったものだ。ホテルで食事だ。サービスしてくれる女性は湖北の人だという。「お市の方だね。」というと破顔一笑喜んでくれた。