2008年7月10日木曜日

7月10日(木)その2:大分県続続報

大分県教員採用汚職続々報
・ 某大手全国ネットのテレビからインタビュウーなのかコメントなのか求められたと事務長が報告に来た。丁度会議中で私宛の電話が事務長に回されたらしい。話しは「大分県の教員採用汚職についてどう思うか、大阪府はどうか」とか私の意見を聞きたかったらしい。
・ 今、私は全てのマスコミの取材は受けていないから事務長もそのように答えたのであろうが、この問題は予想通り広がりを見せてきた。新聞報道も次々と新しい事実が出てきている。今日の内容は「複数の県議の口利き」があったというものだ。又「うわさは前からあった」と報じているのもある。夕方のNHKでは元校長が「常態化」していたと述べたと言う。
・ 申し込んできた記者は私のブログを読んでおられるらしく数回にわたって私はブログでこの問題の意見を述べているから、問い合わせがあったらしいが、恐らく「全国的にこの問題はある」のだと感じているらしい。その裏づけを盛んに取っているのだ。
・ 今朝の産経は大阪府教委の意見として「あり得ない」とのコメントを記載してはいるが、ついこの前府教委の教育監というN0.2が私学理事長から非常勤講師採用を巡る賄賂を受け取ったとされる平成18年の事件をわざわざ載せているところをみると「本当か?」と100%信じていないような書き方だ。
・ それは事件の後も制度の見直しはされておらず、教育界のしがらみや人間関係が浄化されない限り同じような問題は又発生するとの大阪の元教諭の意見などを載せている。教育評論家の尾木法政大学教授は「大分と同じような土壌は全国にあるのではないか。」とのコメントまで載せている。
・ しかし「酷いやり方」だ。全体の平均点が上がるから一般の受験者の点数を減点し、縁故者を水増ししたという。これで元来合格だった人を10人不合格にしたというから無茶苦茶な話だ。
・ 合格者は合格とし水増し者はその分余計に県費で採用するということでもあればまだ、理屈は通るが入れ替えてはいけない。どのマスコミも触れていないが「公文書偽造」か「原本不実記載」と成らないのか。採用試験の問題解答用紙は公文書だろう。
・ 主犯格の江藤容疑者は「19年は発覚を恐れた上層部から一般受験者にも配慮しよう」と言われたらしく更に「18年はもっと酷かった」と述べたとある。言い方が“なまなましい”ではないか。
・ 日経の夕刊には「指示断れば出世はずれる」とある。取調べに対してこの人は「上司の指示は断れない。出世ルートから外れる」とも述べたらしい。更に「自分だけが捜査のターゲットにされた」と恨み節も出ているらしい。
・ この男二宮という元審議監以外にも上司はいたというから、これらの上司は「夜も寝られない」のではないか。首を洗って待っておいたほうが良い。まず教育審議監以上の役職といえば、教育長、教育次長、それに恐ろしいことだが教育委員がある。誤解のないようにいうが職位を言っているだけだ。
・ 例えば教育長は立派かといえば「とんでもない話」で大阪府の前教育長は私学理事長から「たかりの常習者」として高級料亭で接待を受け処分されている。
・ 行政職は大丈夫か?知事、副知事、局長クラスにまで及べば大分県は持つまい。今日大分県佐伯市では校長会を開いて「児童生徒への影響」をどうするかと議論したとあるがお笑い草だ。県会議員の口利きは明らかになった。
・ 逮捕されて以降出世ルートから外れると、「しゃべりまくっている江藤と言う人は正直」だ。間違いなく指示を断ればそれで「終わり」だ。教育委員会を追い出され、辺境の学校にでも出されるのが落ちである。それは予想できる。
・ 大体一般の人はご存じないが教員世界は「徒弟奉公の世界」に似ていて、「親分子分」「義兄弟」とにかくその結束は凄いぞー。学閥も間違いなくある。それに教師になって育ってきた環境が又影響を与える。
・ 教務育ち、生指育ち、人権ばたけ、社会教育ばたけ等々また研究会別にグループに分かれる。更に言えば教育委員会経験、現場たたき上げ校長と明確に分かれる。大体府立高校で言えば各学区のトップ校や伝統校などは大体「教育委員会から校長が派遣」される。
・ 「現場たたき上げの校長」にとって市内の伝統ある進学校の校長になれるかなれないかは夢のような話だと思う。私は民間人校長で初めて市内中心部の有名校に派遣されたが当初多くの校長の怨嗟に近い視線に閉口したものだ。
・ 結びつきの強さを証明する方法は色々とある。60歳で公務員は定年退職だが大体次の就職先にいく。大学、私立高校、教育委員会が行き先御三家だが、その人の次の人は大体その人の「縁続き」である。弟分か子分が回される。それくらい強いのである。
・ 学校現場は「鍋ふた社会」でフラット構造であるが「教育委員会は完全なピラミッド構造」である。上司の命令は絶対で上からの声は「天の声」である。江藤容疑者、上から指示されて「それは私には出来ません」とは言えなかったというのは良く理解できる。「悲しい話だなー」。
・ マスコミも論調を変えなければならない。「学校社会は最も遅れている閉鎖社会」である。市場にさらされているところではない。為替レートがどうなろうと円高にふれようと、原油価格がバレル200ドルを超えようとそんなことは関係ない社会である。
・ 私はかって論文で「最後に残った官製巨大マーケットであり、人民公社である」と言ったが、今でもそのように思っている。ようやく、少しずつ、光が当たり始めた。戦後60年続いた教育行政の体制即ち教育委員会組織の終わりの始まりが来たと思っている。

7月10日(木)その1:私学助成問題

・ 「ギャー」と言うべきか「ヒャー」というべきか、遂に私学助成も本質的な問題に迫ってきた感じがする。今朝の各紙、いずこも「囲み記事」で力を入れて書いている。記事の文言から、大阪府の意図が読み取れる。僕みたいに新聞記事を欠かさず目を通していると自然と奥が見えるようになる。
・ 大体新聞の「教育欄」は社会部の記者の中で「教育担当」が居て、その記者が記事にするのだが、一般的に若い記者が多いというのが私の経験からくる実感だ。教育を担当して次のキャリアパスに行くと育成ルートがあるのかも知れない。
・ 何を言いたいかというと教育関係の記事の文言を読むだけでその記者の力の入れよう、あるいは「被写体」の動向が読み取れるのだ。今朝の各紙、例えば産経「大阪私学助成格差6倍、橋下知事改善策を検討」、毎日「補助金格差最大6.7倍、橋下知事配分を検討」などとある。
・ 要は大阪府の私立高校補助金について生徒一人当たり最大で6.7倍の格差があることが9日昨日の府議会で担当部長の生活文化部長の議員に対する答弁で明らかになったということである。
・ これに対して知事は「非常に問題だ。」更に知事は「正直非常に問題だ。経常費は私学経営の救済資金になっている感もあるのでこの差について考えないといけない」と答弁したとある。更に8月以降「公立と私立のあり方についても徹底的に議論したい」とも述べている。
・ 話しと言うのはこうだ。学校ごとに生徒児童一人当たりの配分額を算出したところ、学校間で大きな差異があり、高校で言えば最高69万円7500円戴いている学校もあれば最低10万9592円しか出ていないところがあるということである。
・ 中学は最高71万9000円、最低13万7376円で高校で6.4倍、中学で5.2倍だ。浪速は最高でもなければ最低でもない。しかし従来から算定計算が難しくてというよりややこしくて「算定根拠」が最後のところは分からなかったのも事実だ。
・ まさか府庁にお気に入りの学校に手厚く、逆らう私学には少なくなどということはありえないが、今までが「護送船団方式」で私学「経営」に主眼を置いて配分していたら、これは「大きな問題」と知事は指摘しているのである。「良い勘」をしている。
・ 努力してお金を使い、エネルギーを投じて生徒を集めたが、「生徒の多い学校は助成金を減らしましょう」ではどうしようもない。理事者や教職員の人件費ばかり高くて結果として助成金が人件費に流れていても、経営が苦しいところには助成を増やしましょうでは「真面目にやる気」などしない。
・ それが知事の指摘「結果として経常費が私学経営の救済資金になっている」との懸念だが、大筋間違いはあるまい。少なくとも「生徒一人当たりの助成額は同じでなければ公平ではない」筈だ。
・ これに対して大阪府私学課は「運用状況や教育条件に応じて傾斜をつけた基準で算定している。又図書、パソコンなどの教材購入に多くを充当したり、福祉科などの特色学科を配置している学校に上乗せ配分している」と答弁しているが、我々には分からない。
・ いずれにしても私学助成問題については「本丸」に近づいて来た感じがする。わかり易く言えば「頑張っている学校には配慮しましょう。そうでないところには今までと同じように手厚くとはいけませんよ」と宣言されたようなものだと私は受け止めている。
・ 護送船団方式からの脱却だ。「優勝劣敗に私学生き残り戦争」が本格的に始まったということだ。今まで公立と私立の「公私間格差」ばかり言ってきた私学連盟は反撃を受け「私学間格差を見直しますよ」と通告を受けたようなものだ。敵はさるものである。
・ 私学が大阪に100校も要るのかと問われているのだ。「大阪府立高校はこの10年で30校近く消えていった」。再編整備の名の元に消滅していったのである。この間私立学校で消えて言った学校があるかと問われ始めたのである。
・ 当たり前だ。私学が多すぎる。個人的には20%くらい無くなっても良いくらいだ。苦しい私立は「大学との連繋を模索」しながら生き延びようともがきながら延命するので「一向に学校数が減らない」。それが今の大学グループ入りの背景だ。
・ 私立学校は一体どうなるのか。その前に公立学校はどうなるのか。本当に市町村都道府県単位で「学校を自治体が保持」できるのかまで議論が深まらなければならない。破綻した自治体の児童生徒の教育費と東京みたいなお金持ちの自治体の子どもの教育費に差があることはますます拡大するかもしれない。
・ そういう中で私学と公立との差異が論じられる。公立学校は「公設民営」に移行していくのか。あるいは助成など頼りにしないで「独立独歩」で生きていける私立学校を目指すのか、ますます難しい判断と舵取りが求められるようになる。
・ いずれにしても浪速は「しっかりとやるべきことをやる」。「良い教育をする」そして納税者たる府民の方々の信頼に応え、「浪速なら助成をしてやるべし」と言われるようにならなければならない。
・ 今日の新聞記事は最近では最も「ズキッ」とくる記事内容であった。難しい時代に理事長になったものだ。新校舎は建設しなければならない、助成金は欲しい、生徒は集めなければならない、大学との関係をどうするか、休んでいるあの先生はその後どうなっているか、自分の腰はどうか、様々な課題があるが、「仕事はあって何ぼの世界」だ。トップは元気でなければならない。組織をまとめる要諦だ。

2008年7月9日水曜日

7月9日(水)全国模試

全国模試
・ 代々木ゼミナール主催の第1回全国高1模試の成績が上がってきた。6月に行われたものである。通常。「代ゼミ模試」と言われているものでどうも進学校には信頼と実績があるから「人気の外部模試」であると言える。
・ 全国の高校生が受けるから校内の試験、即ち出題範囲が分かっているような定期考査ではないから「実力がすぐ分かる」。即ち学校内の席次などではなくて全国の席次となるし、偏差値がすぐ分かるから志望する大学への難易度など一発で分かる。
・ 昨年、私が来るまでは「組織だって受験」するという状況にはなかったが、早速それを学校として取り組むように改めた。全国、特に高1や高2においては「進学校の定番メニュー」みたいなものである。代ゼミは恐らく受験者数が最も多いのではないか。
・ 高校3年生になってくると受験校によって予備校が変わってくる。河合塾や駿台予備学校などが有力に登場してくる。それはそれで意味があり、特に河合塾の相対的な力が学校には評判が良いみたいだ。
・ 前の学校での経験から3年生には「河合塾」と連繋を深めるように進路指導部長に指示したところ、「誰も知らないから紹介してください」と言われてびっくりしたことがあった。部長が悪いのではない。そういう学校だったということだ。昔の伝で本校に初めて河合塾の先生を私が呼んだ。爾来保護者説明などでも来校頂いている。
・ 「外部模試の受験者数」を見ることでその「学校のエネルギー」が分かるというものだ。前の公立学校においても、最初に導入したのがこの「代ゼミ外部模試」だ。教員の中には「いたずらに競争心を煽る」とか何とか言って、導入に反対するような一部グループに属する教員がいたりして校長は苦労する。
・ その高校でも民間人校長の言うことには最初、何かと文句を言う状態であったが、このときには一人の教員が立ち上がって校長のいう外部模試について、ボツボツ本校も考えねばならない時期かも知れない。ただ校長方針だからと言って一方的に決められては堪らない。「職員会議で賛否をとって欲しい」と発言していたな。「アホらしい」。
・ 内心こちらは「しめしめ」と喜んだものだ。生徒のためには何でもやると覚悟は決めていた。本校の教員は今言えるのだが結果的に人間的に良識的な者が多く、組織だって反対するものはいなかったが、何しろ休みが多く、コマ数が少ないところに一般の授業のコマを使って外部模試を希望者だけ対象にしているような有様で本当に困ったものだった。
・ 授業のコマ数を使って外部模試などやろうものなら公立ではまず「校長は懲戒処分」となる。早速進路指導部の体制を一新して形を急ぎ作っていったのであるが、ここにきて今ようやくできつつあると言うところだ。
・ 北陽高校は関大と一緒になる前は受験者も少なく、平均偏差値も高い方ではなかったが、今回の結果をみるとなんと受験者が10倍に増えている。それは進路や学年主任の「腕」だろうと思う。「新たな学校として再出発」するためにまず全校生徒に「外部模試」を義務付けたのだと思う。「素晴らしい」ことだ。このようにして学校は変わっていく。
・ さて本校生徒であるがなかなか健闘している。理数科とⅠ類での受験であったが偏差値は高い。嬉しいのは3教科コースで成績優秀者表彰があるのだが、実に全国28000人の受験者の中で本校の生徒が「5名もトップクラス表彰」に入っていることだ。素直に嬉しい。3年後が楽しみである。
・ 1年生から科コースを全面的に見直し、特にSSとⅠ類については入学前に条件として「校内講習参加」「土曜日の実力アップ講座の受講」等をある程度の「強制力」を持たせて導入してきているところであるが、「苦労は必ず実に結びつく」ものだ。
・ 理数科長とⅠ類長は同一人物に兼務して貰っているが「とにかく頼りにしている人物」である。この先生とこれも頼りがいのある進路指導部長がタイアップして改革を進めてくれれば「花が咲く」筈だ。
・ 前の学校でも結局外部模試への参加が「センター試験受験者数の増大」に結びつき、今でも忘れられないのだが「3年生はクラス単位で火が付くくらい燃えている」と報告を受けたときの喜びは忘れられない。その学校は以来進学実績は「うなぎのぼり」となっていった。「復活」したのである。「本校でも必ずそうなる」。
・ しかしそれにしても関大北陽の変わりようは凄い。「大学と連繋するということはこのように生徒が変わってくるものか」と感嘆せざるをえないのだ。生徒保護者の動きは早い。表現は悪いかも知れないが「株価」みたいなものである。「買い」と判断すれば株価は直ぐに上がる。当然逆もある。「売り」と判断されたら直ぐに株価は下がる。
・ 今、「浪速は買い」である。「バリュー感のある学校として評価は上がっている」が、実態として実力を上げていかねば一挙に暴落しかねない。教員の不祥事の防止、財務体質の強化、しっかりと「教える」ことが必要だ。自主性とか個性尊重とか関係ない。「教えて教えて教えなければならない」。「詰め込んで詰め込んで詰め込まねばならない」。そのようにして初めて生徒の方から「動きが出てくる」ものだ。
・ 理数科SS,Ⅰ類は基本的に「夏休み」はお盆を挟んで少ししかない。8月上旬には「特訓合宿」を企画した。「サマートップインテンシブセミナー」だ。意味するところは「夏季上位層特別強化セミナー」である。
・ 朝は6時から夜は23時まで「ふらふら」になるまで「教え、確認試験をし、教え、確認し」徹底的に「学年100番までの生徒」を集め、「やり切れ」と今日、類長と進路部長を呼んで厳命した。物見遊山は許さない。「英国数を徹底的に教えよ」と指示した。
・ その代わり担当教師には「兼職兼業を許す」として「格別の指導料」を支払うつもりだ。受益者負担であるが法人も支援してやりたい。初めての企画であるから何としても成功させたい。中日には河合塾の校長先生をお呼びして「進路講演会」を入れている。
・ 場所は琵琶湖湖畔高島というところにある立派な宿泊機能付きセミナーハウスである。冬にも計画したい。このようにして3年たてば少しは実績も上がってくるだろう。そうしていたら教務部長と進路指導部長が行事の変更で入って来たのだが、「校内実力試験」のやり方を見直すと言う。
・ 今までは科類に関係なく統一問題で試験をしていたがSSトップの生徒と最も遅れている生徒の試験を同じ問題で試験し確認して「どうなるの?何の意味があるの?」と感じて来たらしい。それに3年生に2学期以降になって「校内実力試験」をやって意味あるの?と感じて来たらしい。「感度が良くなってきた。」
・ 教務部長は昨年の熱中症に懲りたから秋季例祭を1限の涼しい内に済ませ、その後は授業せず、浪速祭準備にあててやりたい。その代わり、その日の授業は「2学期の終業式に4コマ授業」してその後終業式としたいと提案してきた。
・ 本校でもはじめて始終業式に授業が入れられる時代になってきた。「ウーン、めっちゃ良い感じ」である。今頃始終業式に式だけで生徒を帰らせているような学校は「目的を有した学校ではあり得ない」。まづその熱意から浪速のエネルギーを感じるのだ。

2008年7月8日火曜日

7月8日(火)その2:夕刊拾い読み

・ 「1学期の期末試験」が終わった。後は19日の終業式まで一気に進み、夏休みとなるが、学校は8月6日までは行事が目白押しだ。先生方も大変だろうが宜しくお願いしたい。今日から管理職先生と各分掌などのグループで「学期末教員慰労懇談会」を計画した。確か今日は中学校グループが中学校の副校長と天王寺だと聞いている。明日は分掌長や学年主任、教務グループが高校の副校長とこれまた天王寺だと聞いた。楽しんで欲しい。私は行かない。たまにはこういうのが良い。事務所は一足先に済んだと聞いた。
・ 「大阪府議会」、代表質問が終わり、明日から委員会に移る。橋下知事、強硬だ。与党の公明党などは野党ばりに迫っていたが「聞く耳」は持っていないみたいだ。しかしまあ「落ち着くところに落ち着く」のではないか。「府庁職員の人件費と私学助成」が2大テーマだが府議会議員の先生方、良く頑張って頂いている。もう少し注目しておきたい。しかし本校は助成が削減されようとされまいと授業料は予定通り、少しだけ上げさせて貰う。すでに手続きに入った。これは「陥没の是正」でご理解頂けるだろう。勿論来年入学してくる学年からだ。
・ この前のブログで「早く消えてくれー!くいだおれ太郎」と書いたらある知り合いの読者から電話が掛かってきて「そういうことを言うな」と忠告された。しかしそれも今日で終わりだ。今日は弟の次郎も登場しているらしい。60年の歴史だという。本校は65歳が定年だから、「くいだおれ太郎」が本校のものだったらあと5年は働いて貰わねばならない。「ご苦労様でした。」テレビに様々な人がコメントを出していたが、あの食堂に食べに行ったことがあるのかなと、私は又おかしなことを考えてしまうのだ。
・ 「大分県の教員採用汚職はもう泥沼」だ。この4月に校長や教頭に「貢物」を出して手にいれた3人の管理職が「耐えられなくなって」警察に出頭したという。70人の新任採用で20人近くが不正だと言うから「酷い話」だ。しかしこれはまだまだ出てくるぞ。これも注目だ。私は昨年4月に4人の管理職をつくり、今年の4月は2人の管理職を作ったが、誰一人商品券など持って来ないが、どこどこが問題だとかのレポートばかり持ってくる。
・ 「洞爺湖サミットが面白い」。今日の夕刊で笑ったのはこれだ。「豪華ディナーを食べながら食料危機を語る」とある。首脳や夫人たちが歓迎夕食会で贅沢な料理を楽しみながら世界の食料問題を語るのは「偽善」だというのだ。「キャビアやウニを食べながら指導者は食料危機を考える」「アフリカの飢餓問題など食料危機の協議は腹の減る仕事なのだ」という皮肉もあった。ロンドンタイムスの記事だ。面白い。
・ アメリカ大リーグのオールスターにイチローと福留が選ばれた。松坂は選ばれなかった。松坂は今日ツインズ戦で7回1/3を無失点で勝ち星こそ付かなかったが今季最高のピッチングだったと報じている。153キロで散発4安打だから素晴らしい。球宴に選ばれなかったから「こんちくしょう」と頑張ったに違いない。私はアメリカで生活したことがあるから少し分かるのだが、「アメリカ人に松坂のキャラは好まれない」。あのうぬぼれっぽい、明るくない、イケメンでもない松坂の雰囲気はアメリカ人は受け入れない。似合わないあの「あごひげ」も良くない。
・ 今日は「腰が痛くて」、辛い一日だった。本当に腰は大切だ。座ったりするのもしんどい。椅子の「高さが悪いのか」。筋を違えたのか。立ったままだと良いのだが姿勢を変える時は痛かったな。ほうほうの体で帰って夕食は「ゴーヤチャンプルー」だ。最近嵌まっている。結構上手く作れるのだ。少しにがいところが体に良いような気がする。最近は弁当持参だ。夕食を多めに作って朝、弁当に入れる。明日の昼食は「特製ゴーヤチャンプルー」だ。少しは痩せたのかどうなのか体重計がないから分からない。

7月8日(火)その1:大学との連携

大学との連繋
・ 前にも書いたが北摂の学校、摂陵が遂に早稲田大学との連繋の調印を昨日したとある。市内のホテルで調印式だったらしい。新聞記事の「早稲田の学長先生は笑み満面」であったが、摂陵の理事長も「笑っていた」が、「笑えるのかな?」と私は思うのだ。実質的に吸収合併されて「嬉しいのかな」。相手が早稲田だから大喜びか。
・ 校名は「早稲田摂陵」となる。形は「系属校」という耳慣れない言葉だが、系列校や付属校ほど結びつきは強くないが、まあ年月で色が濃くなっていくのだろう。学校法人はお互いが独立したままだと言う。まあ今は「親戚」と言うところだと思う。
・ 茨木市周辺の公立トップ校や私立学校は「顔色、真っ青」になるのか、良く分からない。21年度募集から早稲田への推薦枠を1学年40人というから丁度1クラス分、確保したということだ。全体では中学が140人というから35人学級で4クラス、高校では外部募集が105名丁度3クラス分で全体で385人、3学年で1155名で「経営の成り立つ学校」を目指している。理屈は極めてたっている。うまく行けばバランスが良い中高一貫校となるだろう。
・ しかし今でも早稲田には年に一人か二人の学校が40人も早大に進学させることが出来るのか、人事ながら気になる。ついでに慶応とも連携したらよいのにと思う。摂陵を早稲田慶応摂陵高校とするのだ。
・ 浪速は現在、中学で3クラス、高校で15クラス(外部より12クラス)で「現在生徒数は1750名を超えるマンモス校」となっているが少しバランスが悪い。中学をもう少し増やして行きたい。言い換えれば浪速は「公立との併願人気校」ということである。
・ すでに何回も書いてきているが「浪速中高一貫」については一旦戦線を整理するため、路線を変更したが再度復活させ「私立らしい新しい形の中高一貫校」として将来を睨むのか、今のままの「併願人気校」としてゆるぎない地位を固めるのか、いずれは明確にしなければならない。
・ 話しを摂陵に戻して、しかし本当に東京に40名も行くことが出来るのか。早稲田の狙いは関西出身の学生数をとにかく増やしたい一念である。一方摂陵は今年の入学者を見ても「驚くべき落ち込み」で先行きに大きな不安を感じていたことは間違いない。
・ 交渉が始まってわずか半年で話しがまとまったというから双方の思惑が一致したということだろう。系属校とは別法人が運営する形式であり、今回も大阪繊維学園は存続し早大側が理事長や理事の半数を入れるというから実態は吸収合併だろう。相手を慮っての配慮としか考えられない。
・ しかし私はこの「早稲田の早業」を評価する。大学によっては「教授会の決定とか手続き」とか、今の世でも20世紀のようなことをいう大学があるとすれば、それだけで世の中の戦争に負けるだろう。早稲田は6ヶ月でこれだけのことをやりきる。「侵攻作戦」は凄いものだ。
・ しかし今年になって府内の私立高校が大学との連携と言っても吸収合併だが、どんどん進んでいるのには驚く。北の北陽高校が関大北陽に、啓光学園が大阪工大常翔学園グループに、そして恐らく近々発表されるであろう「初芝学園が立命館グループ入り」だ。
・ 全くの独立系は少なくなってきた。少子化の中で学生数を如何に確保するか「必死の大学」は何でもありの姿勢で手を伸ばしてくる。今回の早稲田の大阪進出はその典型的例だ。大阪には「関関同立」という名門の大学があるにもかかわらずだ。まさに「仁義なき戦い」である。
・ 私立学校も経営努力を怠りなくやっているのかどうなのか知らないが、「大学との連携」を「生徒呼び込み」のために安易に考えていないか。私は最近それで本当に中等教育、髙等教育の責任は果たせるのであろうか、とついつい考えてしまうのだ。
・ 余りにも学力の低い生徒がAO入試で入ってくると言って一部の大学はこの制度の見直しを始めた。指定校推薦もそのうち槍玉に上がるだろう。「経営ありき」で闇雲に生徒、学生を集めるやり方が本当に「世界スタンダード」なのかどうか再考察の必要を感じる。それが日本の国力に繋がるとは思えないのだ。
・ 何で「早稲田が大阪に出てくるの?」「その意味は?」と問うと、正直なもので早大の学長は「関西出身の学生を増やすため」と割り切ってお答えになっていたな。その答えで良いのかなという疑問だ。「関西出身の学生が増えたらどうなるの?」とお聞きしたい。
・ 大学とは高度専門職としての教育、技術と研究の機関、並びに養成と真理の追究機関だがマンモス大学はよりマンモスに、小さいところは「ピリッ」とした専門大学として生き残りをかけているのだろうがあまりも節度なく高校社会に手を伸ばすのは感心できない。
・ 大阪南部に位置する本校は右手側に桃山学院、ここは桃山学院大学を有し東京には立教大学と強い関係がある。左手側には大阪学芸高校がある。ここは独立系だ。南部には初芝学園があるがこれは間違いなく立命館グループ入りする。斜め下には清教学園があるがこれは関西学院大学と近い。
・ さて「本校はどうするか」だが、理事長が唯我独尊を言っていても生徒の不利益になってはならない。ただ今までの連携では目新しくもなく、「新たな視点」が必要だと考えている。「大学だけではなくてその後の社会進出、即ち職業選択まで視野を広げてキャリアを磨くと言う過程に特定の大学の学部と学科を位置させる」という考えに今知恵を膨らませているところだ。
・ もう一つ重要な概念がある。経済問題だ。日本全体の経済力、家庭の経済力を考えた時に余りにも家庭経済に占める「教育費」は高くなってきていないか。家庭の年収規模が縮小していく中で現在の余りにも膨れ上がった「教育費」はいずれ問題となってくると私は考えている。まさか早稲田が東京での生活費まで負担はしないだろう。名前だけ貸して学生が集まるのだから「ぼろい話」だ。
・ そのように考えたら進学する大学はその「地方地域の生徒学生と地域の大学がしっかりと結びつく」と言う形も必要だ。全てが中央へ、中央へ、東京へ東京への時代は過ぎ去るのではないか。すでにその傾向は顕著に出始めている。「家から通う大学」というのが今後の主力になってくるのではないか。
・ 2年前までは京大阪大神大に150人以上も進学する公立のトップ校を4年間経験したが、あれはあれで良いのだが、どの高校も東大や早稲田などを目標とする必要はないと最近つくづくと感じるのだ。「多様性」が良い。
・ 浪速で学び京大を目指す生徒と甲子園を目指す生徒がともに同じ校地内で学び仲良くして将来の絆を結び合うような高校を「時代が求めている」よう思えてならないのだ。「多様性に溢れ、柔軟でしなやかな高等学校」にしていきたいと思う。
・ 人の一生は「仕事を通じて社会に貢献する」ことであると私は考えている。「仕事のある幸せを感じよ」と毎日朝会では管理職に伝えている。「60歳を超えて仕事のある喜びを当たり前と思うな」ということである。
・ 大学での学びはその前哨戦でしかない。大学名で進路を選ぶのではなくてどの学部、どの学科で学ぶかだろう。しかし大学との連携は悩ましい。経営不振で手放すならこれほど楽なことはないが、「本校は強い高校」であるだけに「大学とどのような連携をするか」が悩ましいのだ。

2008年7月7日月曜日

7月7日(月)その2:教員採用

1. 本日のブログその1に続いてその2:。今年、多くの先生方に来て頂いた。その数30名以上だ。本校みたいな学校に来て頂いているだけでも「有り難い」と思っている。皆さん一生懸命に頑張って頂いている。
2. 公立の採用試験が7月、9月に終わり、それから私立高校が来年度の採用業務に入る。本校では数名のお方が公立も受験したと聞く。こちらがお勧めしたくらいだ。お一人は熊本県の採用試験だ。「良かった、大分県ではなくってね」。
3. 符節を合わせて入試広報室も募集活動が本格化してくる。この7月12日(土)には「第1回浪速中学校の入試説明会」がある。この日夏の甲子園大阪大会で公式野球部の試合が南港球場であるのだが、残念だが入試広報業務の方が私の優先順位は高い。本当は野球に行きたいのだが、そうもいかない。こちらは「飯の種」だから。
4. 4月採用の4名の先生のことについては本日のブログその1において触れたが、もう少しこの問題について考えてみたい。我々は「新任の先生を見る」ときに以下のような項目を挙げて観察している。
5. まず「教科指導力」、次に「生徒生活指導力」後は順不同で「生徒の気持ちを理解できる」「教育への情熱」「明朗性」「責任感」「健康体力面」「協調性」「挨拶言葉使いなど社会性」「クラス運営能力」「「部活動への協力度」そして最後に「向上心」「将来性」と13項目に及ぶ。
6. 誤解の無いように言うが全てに丸(○)を求めているのではない。教科は違うし、経歴も異なる。付き合いの深い人と全く関係が薄い教員など色々ある。あくまで「相対的」なものだ。絶対的基準があれば助かるがそのようなものはない。
7. ある新人の先生が仮にA管理職やB学年主任の評価が高くっても、別の管理職や他の分掌部長の評価が低いという例はままあるものだ。怖いのは事務室が大変良く観察しているということである。事務の人間を下にみるような不心得者はいないが、提出物を決まったとおりに出さないとか、態度が横柄とかしっかり観察されている。
8. それに4月以来4ヶ月くらいのお付き合いだから、詳細分かる筈がない。でも来年度以降のことを考えねばならない時期は近づきつつある。ここが「私学の悲しいところ」である。公立の採用試験が終わった段階で採用活動は深く静かに進行する。
9. 今勤務頂いている常勤講師の先生方は来年の3月31日で全員「解雇」となる。「契約が切れる」からだ。21年度も継続雇用を我々が望む先生とは秋にお話をする段取りとなるのだろう。こちらが切り出しても「断られるケース」もあるだろう。すべては副校長が仕切ることになる。私は敢えて口を挟まないことにしているのだ。
10. 常勤講師の本校での勤続年数など全く関係ない。1年で専任になる機会を与えられる人もいれば3年も常勤講師で頑張って3年で「バイバイ」というのも昨年はあった。しかしこれは「余り良い話ではない」。
11. 常勤講師の先生方も「自己を見つめて判断」しなければならない。もう1年頑張ってみるか、他の学校に転ずるか、人それぞれだろう。厳しい秋が待っている。辛い話だが本校だけの話ではない。
12. 4ヶ月や半年でそのようにして相対比較をされるのだからされるほうは大変だろうがする方も大変なのである。日本全国どこの私学も同じ状況である。「仮に、仮にだとして」多くの先生方から評価を戴いている新人の先生は「平均点は高い」ということになるだろう。
13. 仮にどの専任の先生からも評価の声がなく、目立たなく、存在感の薄い新人は一般的にそのような人だということになるのだろう。一人は「あの人は素晴らしい」と言っても他の5人が「そう?」などと疑問を呈せば素晴らしいとは言えなくなるかも知れない。
14. 例えば「評価を3段階」にして3は十分な資質や能力を有している、2は必要な資質や能力を有している、1はやや不十分な面が見られるとして当て嵌めた場合に「数値は正直」なもので結果は如実に表れる。
15. 仮に新人の中に「挨拶言葉使いなど社会性」で1という人がいればこれは不味い。全般に教員はこの項目については弱いみたいなところがあると物の本に書いてある。場面も少なく経験からくる訓練が足りないのだろう。
16. 又仮に「責任感」が1という人がいたとすればこれは大変だ。仮に恐らく何か頼まれて「出来なかったか遅れたか」の些細なことがあって、このような評価に結びつくことはまああるケースだ。そういう時に、一言「すいません、遅れていますが、すぐやります」とでも言っておけばなんでもない話だ。生き方のノウハウだろう。
17. クラス経営能力はまだ分からないが想像はつくものだ。全般に「教育への情熱」「明朗性」の評価は高くなるだろうが、「いくら明るくって情熱だけはあってもなー」と言われないようにしなければならない。
18. とにかく頑張って欲しい。しかし明るくて健康で元気一杯というのは何事に益しての「アドバンテージ」だ。頑張って欲しいと思う。夏休みが終われば本格的な採用にシーズンとなる。就職活動、約して「就活とは厳しい」ものだ。
19. 本校の採用業務には一切不正や情実はない。あくまで本校の将来を託すことのできる可能性の高い先生を「学校全体で採用していく」ということになる。本校はまだ新しい学校である。昨年「平成19年4月に創立された新しい学校」である。「生まれ変わった新しい学校」である。新しい感覚の可能性の高い先生を本当に欲している。
20.そのようにして採用しても「あれはどうだったの?」などと言われているケースがあるとかないとか、知らないが、そういう場合は「育てていくしかない」のだ。辛いけど採用したのは学校だから、「仕方がない」のだ。覚悟を決めて育てていくしかないのだ。

7月7日(月)その1:教員採用汚職大分県

教員採用汚職/大分県
・ 6月16日のブログに「教員採用汚職」として大分県教育委員会の不祥事をかなり詳しく論評したが、先週末から第2段階に入った感がする。何と大分県教育委員会のNo2の元審議官、現自治体の教育長が収賄で逮捕とある。テレビや新聞で連日詳細報道されている。先ほどもNHKで詳細報じていた。
・ 100万円、200万円の商品券が飛び回ったとある。採用試験の「点数を上乗せ」するようこの審議官が義務教育課の担当参事に指示したとある。加えてこの大分県教育委員会においては教育委員会の昇格人事や教頭、校長昇格人事でも何十万円かの商品券が乱れ飛ぶ「体質」にあると報じていた。
・ 贈賄側は二人とも教員で参事と教頭だから「金には困っていない」のだ。娘の為に商品券の実弾を撃ちまくったのだろう。中には4人は「受け取れない」と断ったという。「偉い。立派だ。」現職の審議官は20万円の受け取りを認めていたが、テレビの顔は「品がない」。
・ 「腐りきっている」。これでは真面目に採用試験を受けた受験者はたまったものではない。訴訟すべきだ。産経によればこのようにして合格した長女は普通通りに勤務しているという。それはないだろう。「早速辞表を出し、来年実力で再トライ」すべきだと私は思う。
・ テレビでは大分県教育委員会のドア越しの窓ガラスには「新聞で目隠し」され、外から中が伺い知れないようにしているところが映っていたが「とんでもない話」だ。100%公金で運営されている公立の組織だ。この「隠蔽体質が問題」だということが分かっていない。堂々とテレビカメラを入れれば良い。
・ それにしても最近は大阪府でも医学部受験に裏金が数千万円動いたとか、これも「母親」がらみで大分県のケースも母親がらみであった。「母親の愛」だろうと思うが、これで若い人々に厳しい汚点を残し、自己もまた「職を失う」はめになった。「後で後悔しても始まらない」とはこういうことだろう。
・ しかし元とは言えばこの風土体質だ。報道によれば「ゴルフ仲間」だという。誤解を恐れずに言えばゴルフは仲間が誘い合っていくものではない。クラブのメンバー同士が行くものだし、大体教師と言う職業にゴルフという遊びは似合っているのか個人的には甚だ疑問に思っている。何時生徒のことで連絡が入ってくるかもしれない。私は教育界に転じた時点でクラブは廃棄した。
・ 教員採用に関しては本校でも気をつけなければならない。私学といえども「社会的公器」であり、学校にとって「教員こそ財産」であればこそ、「教員採用には細心の注意」で望まねばならない。公立は一次試験、2次試験と厳しい関門があるが「基本的に私学にはない。」
・ 教員免許を有しておれば私学においてはすぐ教員に誰でも採用される可能性はある。「子育てが終わったので先生になりたい」「会社勤めが嫌になったので教員にでもなるか」くらいで私学の教員には成れる。実際はそんな簡単な話しではないが・・・ね。
・ 学歴、キャリア、面接試験で殆ど決まってくる話しだ。本校は昨年から「2000字の論文」提出を義務付けた。この中に「全てのものが含まれている」と私は考えている。大阪府の私立高校では「模擬授業」を加えているところもあるが、本校では模擬授業は課していないし、今のところその考えはない。時間が取れないのだ。授業はそのうち上手くなってくるものだ。そんなことより「人間としての積み重ね・人間力」だと思う。
・ しかし4月に採用した教員のうち、「すでに4名の教員が本校を去るか休職中」だ。一人は突然、留守中の副校長の上に突然メモを残し、「母親の介護」ということで退職、一人は「自己都合で実家に帰るため退職」、二人は「ご病気で休職中と自宅療養中」だ。
・ 授業については全員で手分けして対応しているが「大変だ」。期末だし、夏休みなるので何とか対応できるが2学期以降のために「英語、国語、理科物理の教員の募集」をかけた。誰か良い人は居ないかなーと思っている。期中だから極めて難しい。
・ 一方、現状では必要とは感じていないが「社会科の教諭」について人を介して公立中学校の現職教諭の採用の話が持ち上がってきている。公立に見切りをつけて「荒れていない落ち着いた私立に勤務したい」というのだ。どのような先生か副校長が近々面談することになろう。そんなに公立の中には荒れている中学校もあるのか。
・ 問題は「来年度の教員採用予定数」だが、これは当然入学者数によるのだが今年と同じとすると10名以上更に加配をしなければ回らないと採用センターの副校長は言う。まだ詳細報告を受けてはいないが、確かにその通りだろう。
・ 中学は卒業年は1クラスで来年3クラスになれば2クラス分教員は増員が必要だ。高校は卒業年が12クラスであるから、今年と同じく15クラスにでもなれば3クラス分増員だ。中高で合計5クラスとなり、大体1クラス増で教員数は2名必要であるからそれだけでも「10名の加配」となる。
・ それにカリキュラムが絡んでくるからややこしい。例えば来年は家庭科のコマ数は激減するが「再来年は急増」することになる。だから幾らその年授業が少ないからと言って不要というわけにはいかないのだ。同じようなことが他の教科でも言える。
・ 「まず休まない教員」これが鉄則だ。病気がちで何時も休まれたら学校は困る。最も困るのは「生徒」だ。従って健康でなければならない。次に教科指導力と言ってきたが、最近この考えを変えつつある。「生徒指導力」言い換えれば「クラス経営能力」だ。
・ 「担任が出来ない教員」は私学では致命傷になりかねない。そのような教員を抱えておくほど余裕はないからだ。担任即ち「クラス運営能力」が今最も求められている。このことは「教員の精神力の強さ」を意味する。
・ 「やんちゃな生徒を指導」し、「我が子可愛さだけの親」と向かい合い、「うまい着地点」をさぐる教員はやはり「ベテラン教師は上手い」と最近つくづく感じる。伊達に年は食っていないのだ。
・ 結局民間会社でも学校社会でも最後は「社員、教員の精神力」なのだと思う。勿論管理する側の配慮としては「慣らし運転」「負担の軽減」等はしなければならないが、「うまくやっている若手」が要るのも事実であり、難しいところだ。
・ 履歴書と一回の面談くらいで「分かる筈がない」のも事実だ。「当たり外れのくじ」みたいなところがあるのはしょうがない。持ってるポテンシャルの高さは結局学歴と面談、論文だけで判断するのだが、これも100%ではない。今回4月以降の事例でそれを明確に証明した。
・ 「私学は教員で決まる」、最近つくづく感じている。「学校は良い教員で伸び、資質のない教員で廃る」、このことは間違いない。同時に「育成する」という視点も重要だ。しかし「育成をするインフラは整備しているし、今後も努力するが最後の決めてはあくまで自己の努力と精神力」だろう。