① 民宿「久百百」を早朝5時には出発した。昨夜来の雨はまだ少し残っており雨具をまとっての出立となった。元気の良い女将さんはおにぎり、飴、バナナ一本を持たしてくれた。そして絶対に私の言った道を通るのよと念を押されての出発であった。昨夜の内に大学生とはお別れしたから1人での旅立ちとなる。
② 歩き遍路が使う言葉には様々なものがあるが「逆打ち」という言葉もその一つである。「逆に向かって歩く」ことを言う。1番から2番と順番に札所を打つのではなくて5番から、4番、3番と逆に進むことを言う。今日は短い間だが「逆打ち」となった。逆打ちは多くの歩き遍路と遭遇できることになる。今日は特に多かった。大体人間に興味がある僕は遭遇する歩き遍路に興味を抱く。それに歩き遍路は大体歩き能力が同じであるから似たような日に出発すれば会ったり、離れたり、又会ったりする。この関係がとても面白い。今回僕も大学生のXX君のように何回も会ったりするのだ。
③ 今日だけで4人の歩き遍路に会う。長崎県の若者、薄汚れた服で完全に野宿遍路、「まむしに会いましたばってん・・・」、埼玉の禰宜君と同じ、埼玉の大学4年生、半パンで半ズボン、足は豆だらけで5本指の靴下でスリッパ履き。もう1人は女、色っぽい。黒髪を流し、全身白に所々赤の小物、とにかく様々である。そうそう昨日追い抜かれた赤いリュックのおじさんにも会った。結局長い距離が歩けず、僕らより手前の民宿で泊まったらしい。38番には僕らが先に打ったのだ。歩きの早さだけでは駄目だと分かる。持久力がいる。こちらの方が重要かも知れない。
① 5時30分朝食、初めての早い出発である。支払い7000円、6時出発。昨夜偶然同宿となったXX君とは別の埼玉県の大学4年生と3人で歩くことになる。この青年、すこぶる感じ良く、同じ大学4年生でもXX君とは多いに様相が異なる。朝食後、宿のご主人が遍路道の近道を教えてくれるため、玄関に待っていてくれる。朝食のご飯は幾分昨夜の夕食分よりはましであった。昨夜のご飯は臭い匂いもあり、ベチャーとしてとても僕には食べられないようなものであった。しかしおかずが近目鯛,子鯛の刺身など素晴らしいものであったので、贅沢は言えない。おばさんもおじさんも大変良いお方であった。荷物を預け、巡拝に必要な物だけを持ち、極めて身軽である。体が軽いのだ。
② 宿から足摺岬まで16キロ、なんと9時には到着。昨日極力足摺に近いところまであるいて距離を稼いでいた作戦の勝ちである。速い出発は3文の得、三人大体揃っての歩行であった。先頭は僕、埼玉の大学生、それにXX君が縦列となる。途中の津呂には気配りの利いた無料接待所などがあり、休憩しながら進む。道端の道路標識と言うか道しるべが有り難い。道が分かり易く、脚は快調な運びとなる。しかしザックのない背中は軽い。肩に食い込む重さが無いということは素晴らしい。人生重き荷を背負いて山道を登るがごとしと、家康は言うが背負う荷物はない方が良い。
③ 38番蹉蛇山金剛福寺、まさに岬の先端にある。嵯峨天皇の勅願で弘法大師が開基され源家一門の尊崇を受けて栄えた。補堕落山ともいうらしい。納経所の方も親切でお接待に紙パック入りの冷えたお茶を頂いた。お土産を買うとお寺の奥様らしい人が「歩きですか、ご苦労さまです。」と言って、お寺の日本手ぬぐいを頂いた。ここの納経所の方はお軸に書く前に自分が書くところを紙できれいに拭って書いた。初めて目にした光景である。すごいことである。感心した。来た甲斐があると思った。
① 長ったらしい名前「ネスト・ウエストガーデン土佐」というリゾートレストランホテルを6時13分出発。支払いはカードで昨夜の内に済ませる。13680円、飲み過ぎで食べ過ぎ。しかし悪くは無かった。「ギャバ茶」というのが旨かった。初めて味合うお茶であった。もう一度飲んでみたいと思う。何とか工夫して入手したいが果たして出来るか?
② 名所「入野松原」を抜けて快調に足が出る。昨夜のあれほどの痛みも嘘のようにない。シップやエアーサロンパス、特に風呂でサウナに入り、水風呂で良く脚をもんだり、養生したのが利いたのか。ベースは基礎体力にあるのだと思うが、大事には至らない。つくづく健康に生んで呉れた両親に感謝だ。
③ 8時、通りの自販機で冷たいミルクコヒーを買い、昨日買ってあったメロンパンを2個食す。車の行きかう国道の道端に座って走るトラックを眺めながら食べる朝食もなかなか良いものである。早い出発でホテルは用意出来ない。先日の失敗から事前に求めていたもの。人間は失敗から学習する。道の駅のおばさん、「明日食べるなら、油の使ってないほうが・・」と言ってメロンパンを勧めてくれたのである。
① 6時より岩本寺本堂にて勤行、僕一人であった。お寺さんがどのようにお経を読むのか、順番を含めて良く分かった。お数珠の持ち方まで教えて貰った。6時30分朝食、おかずが多くて食べきれないくらいであった。珍しくゆで卵や納豆などが出ていた。みそ汁はナベで出ていた。2杯飲んだ。ご内儀が挨拶に又来てくれた。魅力的な人だった。詳しく道順を教えてくれる。名残惜しい感じになる。お檀家さんにはこのような感じで素晴しいお寺の奥さんと受け止められているのであろう。
② 6時50分出発、56号線をひたすら四万十市に向かう。窪川の町は朝靄に煙り、田園風景は幻想的である。田舎の朝は何時も気持が良い。しかしそれも大体8時30分までであり、陽は強くなると田舎は日陰が無くなる。黒潮鉄道沿いの各駅には「かつお一本釣」のPRが良く目に付く。どこもかしこもかつおである。土佐佐賀駅では一本釣、日本一とあった。片坂を過ぎれば「黒潮町」に入る。道は「拳の川」峠に向かって緩い登り道である。長曽可部元親ゆかりの古城の場所である。延々と続く登り道は相当しんどい。しかし脚に力が出る。とにかく今日は距離を稼ぎたい。行ける所まで行きたい。ピッチが上がる。岩本寺で戴いた朝飯の威力は大きい。
③ 10時30分自転車の3人娘が「ご苦労様です」と言って縦列で僕をさっと追い抜いて行った。格好良いのだ。「おいずる」という半袖の白衣で背中にはお大師様のご宝号、揃いのヘルメットで半パンで白いふくらはぎをむき出しに自転車をこいでいる姿は絵になる。四万十市、後29キロの標識が出る。四国の小京都、最後の清流、四万十川は近づきつつある。とにかく四万十川を早くこの目で見たい。
① 須崎のビジネスホテル「まるとみ」を6時出発。食事はない分、それだけ早く出発できる。支払いは4500円、前の日のチェックイン時に前払い。ビジネスホテルと言って工事で来ている人達が気楽に泊まれる程度のもの。ところが結構人気は高いらしい。風呂は何時でも、エアコンも使い放題、部屋もきれいで、第一干渉がない。気楽なのだ。勿論ベッドであり、布団ではない。田舎のビジネスホテルは狙い目である。
② 問題は食事がないだけ。当然朝はない。これが今日の失敗であった。昨日の夕食時に朝の食事分までは買ってはいなかったのである。通常僕の朝食はヤクルト一本、牛乳1杯にリンゴ1/2個と大体決まっており、これでほぼ30年間やってきた。そしてお昼と夜は一杯食べる。しかし歩き遍路に出て以来、民宿では朝食がかっちり出るし、結構旨いものだからついつい一杯食べてしまう。とにかくお四国さんに出て以来、食生活パターンが完全に変わってしまった。朝からしっかりと2杯はご飯を食べる。おまけに夜はビールをしっかり飲むと来るから、宿の女将さんからは「少しお顔がふっくらと・・・」などと言われる始末である。歩きの途中ではポカリスエットは飲みたいだけ飲み、お昼も腹一杯食べれば、自分でも体重を気にするのは当然であった。それで「今日は朝抜きでやってみよう。」となったのである。
③ 須崎を過ぎれば中土佐である。土佐の一本釣りはここ、中土佐を言う。「ほら、行け、はよ、行け、土佐沖へ、大判鰹が待っちゅうに!」と唄われる。道はJR土讃線と付かず離れず平行して続く。土佐久礼から最大の山場、「七子峠」を越えるには3つの方法がある。北側が「そえみみず遍路道」、中が国道56号、南が「大坂遍路道」という。僕は大坂遍路道を結果的に選択した。正直言えば自然にその道になっただけである。
① 6時起床、朝風呂を愉しむ一般の民宿では朝風呂を使えないが大きなホテルや旅館では可能であり、これが嬉しい限りだ。明け方部屋に差し込む日の出の光は何か神々しかった。6時30分朝食、魚の干物が旨い。支払い、予想通りいささか高く、9765円。フロントで今日のコースを再確認した。あくまで三陽荘はやって来た道に戻り、国道沿いを歩けと言う。危険が過ぎるというのだ。しかし来た道に戻るのは気がどうしても進まない。やりとりをしていたが、これらを聞いていたある女性が「今日、一緒に歩かせて頂けませんか」と、やはり来た道に戻りたくないないらしい。危険を分散させたいために僕に同行させて欲しいと申し出て来たのである。
② 前に進むコースを選択し、7時15分出発。男、女のペアー歩きである。初めての経験であった。年格好から言えば間違いなく夫婦か親しいカップルに見えることは間違いない。女、年の頃、50から55歳、夫はいる。長野県長野市、かねてより計画通り今年退職。今の時期に四国を廻りたいと。子どもはいない。歩く姿形は完全であり、装備に不足はない。要は隙はまったくないのである。
③ この女性、健脚であった。決して僕にひけはとらない。細かいピッチで良く歩く。歩くことが好きだとのこと。来年ご主人が定年らしい。今のうちに四国を歩きたい。主人は歩くのは苦手だという。女性としての身体的特徴は余りなく、色は浅黒く所謂美形ではないが、言葉はきれいで知的な感じは受けた。遍路計画書はエクセルで自分で作成したらしいが、何時も取り出しては見ていた。一生懸命働いて来たからか、宿も良いところに泊まり、飲み物もどんどん買う。僕と並んで良く歩く。ただそれだけであった。名前も聞かず、住所も聞かず、今宵の宿も別々、さっぱりとした1日であったが、初めて女遍路と一緒に一日を歩いたのである。特段、これ以上記録に残る会話もなかった。
① 6時起床、シャワーを浴びる。食事は今回の旅で初めてバイキング形式、民宿の朝食はメニュー大体同じにつき、もう幾分厭になって居たところ故、新鮮だった。「スポーツパレス春野」悪くはない。支払い7590円。支配人が種間寺まで車で送ってくれる。サービスすこぶる良し。学生のスポーツ合宿場所から熟年のお遍路さんもターゲットに新たな市場開拓とのこと。なるほどと合点の次第である。しかし気づきが少し遅いのではないか。
② 7時、「種間寺」前出発、誰もいない、掃除をしていたお寺の方が「これから歩き?」と親切に35番清滝寺への道を教えてくれる。距離10キロ、朝から蒸し暑い、どうも調子が悪い、脚が重たい。デジカメのレンズが曇るくらい湿度が高い。
③ 35番「清滝寺」でおじいさんと会う。親しそうに話しかけてくる。地元の人、山が大好きで大阪にも住んでいたとのこと。74歳、今でも1日に一回は清滝寺に来る。宮尾登美子はこの近くで生まれ、小さい頃は貧乏で大根を売って歩いていたのを今でも思い出すと。本も好きで瀬戸内晴美、宇野千代、有吉佐和子と次から次と女性作家の名前が出てくる。
① ホテルなので朝食はない。5時30分起床。朝風呂。久しぶりにカードで支払う。 7350円。6時40分出発。はりまや橋を経由して31番竹林寺を目指す。朝の高知市内、結構車の往来多い。月曜日だからかな?8時竹林寺到着。五台山と山号を持つ。よさこい節のかんざし買った坊さん、純信が居た寺と聞く。標高140メートルくらいの山の頂点にある。結構きつい坂。有名な植物学者牧野富太郎博士顕彰植物公園の前だ。
② 武市半平太の生家の標識を見ながら南下、この辺は武市姓が多い。歩いて居ると玄関の表札で良くわかるのだ。濱口雄幸生家記念碑というのもあった。城山三郎が小説「男子の本懐」を書き、雄幸の句として「風車、風の吹くまでの昼寝かな」と書いていたのを思い出す。僕の大好きな句である。天の呉れたこの自由の時、僕も風が吹くまでの小休止と考えればよいか。僕の風は何時吹くか。
③ 11時32番八葉山禅師峰寺に到着。太平洋に面したお寺である。海上安全に霊験あらたかと聞く。ここから桂浜が見える。写真を一枚。「補陀落渡海の海」と聞く。観音菩薩信仰である。
① 丸米旅館、6時30分朝食、支払い7430円、あまり愛想の良い女将さんではなかったがまあ、可もなし不可もなしか。べたべたしないのも心配りの一つです。大日寺前まで歩いて戻り、29番国分寺を目指す。香美市、南国市に入る。距離8キロ、9時30分29番を打つ。早く高知市内に入りたいと考えれば気がせく。しかし脚が重く、距離が長く感じる。国分川を渡り、緩やかな国道登り道である。高知県立歴史民族資料館、高知大学医学部などを左に見ながら登る。12時逢坂峠を越えたところで高知市の標識となる。峠から市内が一望できる。それにしても逢坂とは。高知も天然の要害(?)である。二十九番「魔尼山国分寺」を打つ。良いお寺であった。そこからの道は下りで、漸く四国霊場三十番札所「百百山善楽寺」に到着。土佐神社と並んで建っていた。由緒書きには一豊から70石の扶持を戴いたとある。これも千代が決めたのかなと思った。
② ところが「善楽寺」から楽しみとしていたホテルまでが長い、長い。本当に厭になった。人間、目標を低くするとそれに馴染んでしまい、闘う意欲を失うのか。もう歩く戦いから逃げているのだ。40キロ歩くと決めれば絶対に歩く。余力を残して到着するのに目標を低く設定すれば一向にホテルに着かない。まさかホテルが逃げるわけでもあるまいに遠くに逃げる感じなのである。JR高知駅前から国道32号線を「はりまや橋」まで下り、右折し県庁前を通り過ぎればようやく「オリエントホテル高知」となる。場所は県庁に近いところにあるが、まあまあのグレード゙。仕方がない。ここしかなかったのである。
③ やることは多い。まず調子の悪いリュックの修理だ。エアーサロンパスも買わなければ、新しいパンツも一枚欲しい。何を食べるか、高知城に一応入ってみるか。まず湯船に水をため、冷水の中でリフレッシュを図る。気持が良い。半パンにTシャツで空のリュックを抱えてホテルを出る。目抜き通りにあるスポーツショップを探し、2件目でリュックの部品をゲット。助かった。胸帯を紛失していたのでザックが肩に食い込んで痛かったが明日から少し助かるか。帯屋町とか言う繁華街はそれなりのレベル、お城は今まさに「土佐24万国博」をやっていた。「碁石茶」というものに興味があったが荷物になるので買うのを止めた。お茶が好きなんです。