2009年12月23日水曜日

12月23日(水)その1:あれから3年











・ 昨日のブログにも書いたが昨日は「2学期の終業式」であり、またこの日は今年最後の「職員会議」の日であった。開始時間は2時30分でこの職員会議を楽しみにしていたのである。私はこの職員会議で全教職員に「どうしても伝えたいこと」があったのである。
・ 実は昨日の12月22日はちょうど3年前の同じ日に私が「理事長に就任した日」であった。平成18年12月22日大阪府神社庁で行われた理事会で私は学校法人大阪国学院の理事長に、そして平成19年4月からは「浪速中学校高等学校校長を兼務」することも合わせ決定された日であったのである。
・ 「あれから3年、ちょうどあれから3年である。」私の人生にとってまさに「忘れられない3年」となった。しかしよくよく考えてみると私は今まで「何時も同じようなことを言っている」ような気がする。
・ 次に与えられた「新しい仕事」が私に何時もそのように思わせるのである。私の人生はおそらく他の人々と同じであろうが、何時も「山あり谷あり」の「波瀾万丈」「波乱万丈」だ。
・ 一つの舞台が終われば又荷物をまとめて次の巡業地へと出発する「旅回り一人一座の座長」ではないかと思うこともある。脚本、主演、監督すべてをこなす「一人芝居」である。
・ 人は「豪腕木村が歩く」と言い「改革が歩く」と言われてきた。「豪腕民間人校長」「パワーの塊」などと「あることないこと」を言われ、とにかく様々に言われて来たが「浪速舞台の3年間のロングラン公演」は「現役最終章の舞台」としては忘れられないものになりそうである。

・ 3年というのは一つの節目である。政治の世界では鳩山首相の「宰相としての資質の問題」がささやかれ始めてきた。人間的には「優しい感じの目配り気配り人間」で決して嫌いなタイプではないがどうも民主党政権が「ダッチロール現象」を始めてきたように見える。
・ その原因は何かという問題であるが「決めるべき人が決めないから」である。「決められない」のかも知れないがここに根本原因がある。党には小沢一郎という豪腕政治家がいるが彼は「独裁的に全てを決めている」のである。これでは「政と党の役割分担」と言っても機能するわけがない。
・ 今朝の朝刊には注目する記事があり、「自民党の前厚生労働省大臣であった舛添要一」氏が今の自民党には「小沢一郎以上の独裁的リーダーが必要」と言っている。「調整型のトップ」ではもはや乗り切れないというのである。「全く同感」である。
・ 自民党の再生ではなくて「新生」だと言うのである。自分がトップになったら「既存の秩序を無視し、全く新しい概念を導入する」と強調していた。「全くその通り」である。舛添内閣が出来たら8人くらい民主党から抜擢するとまで言っている。選挙候補者はすべて公募で決めるという。「分かる話」である。
・ 鳩山総理は「政治主導」といっているが既存の仕組みの中で進めているから「思い切ったことが出来ない」のである。あの鳩山内閣の各大臣を見ればよく分かる。野党時代と違って既存の秩序に乗っかかっているから、何か自民党の大臣みたいに見えてならない。
・ 「橋下知事を見よ」。たった一人で「魔窟みたいな巨大な行政組織に単身乗り込み」、「好きなようにやっている」ではないか。政策には反論もあるが「組織の改革」に「調整型」では全く斬り込むことは出来ない。彼も独裁者である。
・ 人間は悲しいもので「可愛いのは自分だけ」なのである。「自分と家族が損をしなければ」其れで良いのである。そこには「高邁な理論」があっても「自分が損をする」となると「反対に回る」のである。典型的な「総論賛成、各論反対」なのである。
・ 「100人の組織の意見を一つにまとめるなど不可能である。」だから「決める人が必要」なのである。そうでなければ組織は動かない。リーダーが決めなければ全てが「現状維持」となる。人間は「現状維持が最も心地よい」のである。「改革は不安」なのである。
・ 「万機公論にて決すべし」「衆議を尽くして」などというが、組織を構成する人間はまず「頭の出来具合」「蓄積された知識と能力」「年齢と経験」「育ってきた環境と現在の家庭環境」「個人資産と稼ぎ」等々どれをとっても一つとして同じものはない。
・ そのような状況下で「喧々諤々」やっても「結論」など出てくるわけが無い。「民主的」というのはそのような「プロセスを担保」したうえで「決めるべき人が決める」ということである。
・ 決めるべき人間が一人で決めないと「時間がかかるばかり」で「結局何も変わらない」ということになる。自民党政治もそうだったし今の鳩山総理も同じ構図である。「学校とて全く同じ」である。教員が賛否を問うて多数決で決めて改革など出来るわけが無い。
・ 「しんどいことはいやだ」「これ以上仕事が増えたら困る」「誰がやるの」「責任は誰が取るの」「手当ては出るの」などなど出てくるから前に進めないのである。「だから学校は変わらなかった。本校も「地獄の一歩手前」まで来ていたのである。

・ 私はこの3年間「決め続けてきた。」「全てを決めてきた。」「浪速の再生ではなくて新生」として何でもかんでも独りで決めてきた。「創業」という言葉を使った。既存の延長線上に現在の浪速は無い。「新しい浪速を創る」ためにたった一人で決めてきた。
・ 昨日の職員会議でこの3年を振り返り、「改革の結果が現在の浪速であり展望」であると私は述べた。「改革をして何も見た目が変わらないのはそれは改革ではない」と私は強調した。「現状を見よ。変わったではないか」と私は具体例を挙げて話した。
・ 多くの生徒を集め、あらゆる施設設備をリフレッシュしてきた。進学実績も上がってきた。これが「改革の成果」であり、これを成し遂げたのは「トップの描く海図」に乗っ取って全教職員が「持ち場、持ち場で仕事をした結果」に他ならないと強調したのである。
・ 「理事長・校長と一般の教職員との仕事は質も量も全く異なる。視点は別の次元の話である。」とも私は述べた。管理職とは一般の教職員と違う仕事をしてこそ価値があるのであると言った。「教職員に経営の仕事はお願いしていない」とも言った。「自分の持ち場でベストの仕事をせよ」と言ったのである。
・ そして3年前に私が着任した時に「白けた」「一発かました」「無礼千万な振る舞い」をした教職員は「反省せよ」と言ったのである。「人間の品格の問題」でもあると言ったのである。
・ そして最後に私は「新校舎を建設」し大変動の真っ只中にある大阪の私学の中で「浪速に勤めている誇り」を今まで以上に持てるように「舵取り」を誤らないようにしたいと述べ、「皆さんの力があれば出来る」と申し述べたのである。
・ 楽な仕事などどこに行ってもあるわけが無い。苦しいがそれが仕事である。楽をしたければ金剛山の山上にでも「庵」を結んで行けばよいと私は言ったのである。社会人、プロの仕事人とは「仕事に立ち向かって行き、結果を出す」ことであると強調したのである。

2009年12月22日火曜日

12月22日(火)2学期終業式











・ 先日来、高校1年生で「編転入」の話が出てきる。他府県の私学から本校に転入したいとの強い要望であり、高校教務部長が担当として先方の教務部長と単位取得状況や教育課程などの比較などをしているがどうも簡単な話ではなさそうである。それはその学校が2期制であるからである。
・ もう最近では「2学期制」の話など「とんと」聞かなくなった。教育雑誌や新聞記事にも全くと言って良いほど出てこない。本校では1年かけて「教員のタスクチーム」が詳細検討してくれて「本校には馴染まない」との結論を出した。私もそのように思っていたので「答申を受け入れた」のである。
・ 今日は2学期の終業式であった。これが2学期制であったなら「これに似た行事」はやるのだろうが終業式とは言えず、おそらく「全校集会」などの言葉を使って終業式みたいなものをやるのであろう。
・ 2学期制であれば「前期」「後期」と言うから後期の終了式は年が明けて何時ころにやるのであろうか。3年生の大学受験もあったりでタイミングを取るのが結構難しいかもしれない。3年生は一挙に「卒業式」となるのであろうか。
・ 日本は「四季の移ろい」が顕著な国でこれは人間の生活の営みとその「心情に大きな影響」があると思っている。師走になれば「ああ、これで今年も終える。来年こそ頑張らねば・・・」という風に普通は思う筈だ。
・ 夏は高温多湿であり集中力などにも影響があるから1学期の終業式の後に「夏休み」を持ってくる。そして9月から2学期という具合である。そして年が改まれば3学期の「ラストスパート」となる。言ってみれば「学校文化醸成の根本サイクル」なのである。
・ 日本の学校には季節とともに進行するという長い間の伝統があった。夏休みを挟んで長い前期が続くというのは「学習効果」という意味でも疑問符が付くかも知れない。1学期に学んだことなど夏休みで生徒はすべて忘れるかも知れない。
・ とにかく2学期制の最大の問題は「校内考査」のタイミングである。開き過ぎては試験範囲が広くなり生徒には負担だし短すぎては効果が薄れる。そのように考えると今の「3学期制はうまいこと出来ている」のである。「昔の人は偉い」。
・ 前の学校ではこのような考えも深まっていなく、当時の「府内トップ進学校」が2学期制を導入したり、50分授業を「45分授業の7こま」とか「65分授業の5こま」とか色々あって検討したことが懐かしい。あの学校は今はどのようにしているのだろうか。
・ 一こまの授業時間に関して言えばこれ又私の考えは「50分授業が丁度良い」と思う。確かに45分はこま数が増えるが,あわただしいし第一45分は短い。最後の5分が極めて重要であるとの認識である。65分は長いしこま数が少なくてやはり「頻度」とうのも大切である。
・ 生徒の粒が揃い、自己規制ができる生徒の比率が多いところは十分2学期制の意味はあるが、幅の広い学校や私立高校ではその意義が薄れていることも間違いない。大体2学期制議論は「授業時間数の増」を目的としたものであったが私学は当の昔にそのようなものはクリアしているからである。

・ それよりも「何で始業式や終業式の日は授業がないの?」が長い間の私の疑問であったが本日の終業式は午前中4こまの授業を終えてから終業式である。これは大変うれしいが、理由は「新型インフルエンザ」で授業がとんだことへの補充である。
・ 始業式や終業式に学校に来て式を済ませ大掃除をして帰らせるというのはもう「時代遅れ」という気がするのである。せめて午前中でも授業をするということが「公立や他の私学との差別化」だと私は思っているのである。こういう面が教員側から出てくるようになったら「〆たもの」である。学校は良くなっていくと思っているのである。

・ 「学校制服」の会社の部長さんが年末の挨拶に来てくれた。関心はもっぱら来年の本校入学者の数であり、確かに制服会社からすれば大変な問題だろうと思う。しかしこれだけは私にも答えられない。橋下改革を批判していたのが面白かった。こういうところにも影響が出ているのである。

・ 終業式の後14:30から「今年最後の職員会議」であった。私はこういう時にも時間を大切に使いたい。来年度の予定を検討している部門から来年度は職員会議を月1回にしたいと言って来たので「それは駄目」とした。ネットだけの情報のやり取りだけでは問題である。やはり短くとも教職員が全員顔を揃えるということに意味があるのである。
・ 私は「16日の理事会の資料」をそのまま使って詳細に現状の経営課題について説明した。これがスタイルである。生の重要な数値がどんどん飛び交う説明である。完全な情報公開である。教職員が私の誠意を感じて貰えれば幸いである。特に「プロジェクトX」については年明けの「新春拝賀始業式」において内外に発表すると言明したのである。

・ 学校が終業式を終えても休みではない。冬季講習が28日まで続き、クラブの遠征試合や合宿など様々である。多聞尚学館での強化合宿もある。本校は28日が「仕事納め」の日となっている。入試広報室もまだまだ塾周りで走り回っている。
・ 運動クラブでちょっとした事件があり、「硬式テニス部は活動自粛」で清掃活動やミーティングなどをしていたが「頃合良し」と判断して「活動再開」を許可した。顧問の先生が大変喜んでいた。深々と頭を下げていた。生徒は「やりたくてやりたくて」うずうずしていたに違いない。

・ 夕刻「お願いすること」があって、「市立住吉商業高校」の校長先生を訪ねて学校を訪問した。歓待して頂いた。伝統ある商業高校であるが、一学年6クラスでもう男子生徒が数十人規模で200人以上が女生徒で何かと課題が多いとのお話であった。お互い校長の苦労は違わない。

2009年12月21日月曜日

12月21日(月)教育雑誌







・ 仕事柄、「教育に関する書物」はよく読むが分厚いものは段々と敬遠するようになってきた。「集中力」が続かなくなるからである。面倒くさくなるのである。一種の「堕落」である。その点、冊子風の週刊誌や月刊誌は読みやすくて大いに助かるのである。
・ 意識して「自己を管理」しなければならない。「唯我独尊」に陥っては危険であると自戒しているが、「人間とは愚か」で頭では分かっていても実際となると「実態は違う」という場面は多い。
・ 教職員が「理事長、それはちょっと疑問・・・?」と言ってくれれば良いが、彼らにしてみたら、理事長・校長に対してそれほど「簡単な話」ではなかろうと思う。管理職はこの点、朝会が主体であるが、「議論」というものがあり、トップの意見に意見をぶつけてくる。これが大変私には助かっている。
・ 管理職は「教職員の声」を私に届けなければならない。同時に「私の思い」を教職員に伝えることが仕事である。「天の声」など学校にあってはならないと思っている。特に私が気を付けているのがこの点である。
・ 従って私にとって本を読むのは「外部の声に耳を貸す」という意味がある。その一つの方法に小冊子があるのである。現在本校は「週間教育プロ」という週刊誌と「教育再生」「私学経営」「選択」という月刊誌を定期購読している。
・ この4冊で十分であり、あと必要な場合は「正論」「WILL」などの月刊雑誌を特集記事を新聞広告などから知って興味が湧けば書店で購入する。常に「頭をやわらかく」するために「教育の専門家の実践論や視点」などは経営や校務運営に大きな「滋養」を与えてくれていると思っている。
・ 「教育再生」12月号は特別インタビュー記事として「京都大学経済研究所所長の西村和雄先生」が登場しており「モラルの高い子供は学力も高い」と題して大変に興味ある内容となっていた。
・ ご存知、西村先生は教育界を超えて大変有名な先生で、今や日本の「オピニオンリーダー」であり、私は「信奉者」の一人である。例の「分数ができない大学生」という衝撃的なタイトルで1999年に一冊の本を発刊され、社会の普通の人々にも分かる形で「ゆとり教育の弊害」を浮き彫りにされたお方である。
・ 「西村史観」とも言うべき論理的な教育問題の歴史的考察を分かりやすく紐解いておられる。「ゆとり教育の失われた30年」「教科統合という魔物」「偏差値一掃と相対評価から絶対評価へ」「浸透する左翼の教育観」「モラルの高い子は学力も高い」との順番でご意見を披露されているのである。
・ そして最後が「四つの教え、一貫性を持って子供に接する」と結論を導いておられるのだがこの四つの教えに大変関心がわく。「人に親切にする」「嘘をつかない」「法を犯さない」「勉強する」と一見当たり前のようであるがよくよく考えてみると全くそのとおりだと思うのである。
・ 西村先生といえば大変有名なお言葉として「学習指導要領は国家の耐震基準のようなものであり、鉄筋の太さや数と似ている」との名言をはかれた先生であるが、インタビュアーの石井昌浩先生も「ゆとり教育の影響でちょっとした地震に遭遇するとすぐに倒壊する子供たち」と断じておられる。
・ 石井昌浩先生とは東京都の教育行政に長年携わり、国立市の教育長を勤められ、国立市の「偏向教育」を改革されたことで知られた実践派の教育者である。特に扶桑者から出された「丸投げされる学校」は戦後の学習指導要領を分析されており、日本教育界の「失われた30年」はインパクトがある。
・ 西村先生のご発言の中で私は「我が意を得たり」という特筆の部分は「まず人間の知識習得過程の基本は「真似て覚える」ことが原則であると言われる。これが「極めて単純な教育の常識」という考えを持つことであると。
・ 難しいことではない。まず「真似て覚えさせよ」といわれているのである。「考えて学ぶ」などは赤ん坊が言葉を覚えるのと違って幼少期にはあり得ない話で経験させて考えるということは教育の根本原則から外れていると言われるのである。
・ 確かに戦後の教育で「教えるのではなくて経験させて」という「経験主義教育」がはびこったが結果的には失敗した。これは人間というものが「学んで成長して行く」というプロセスを無視しているからだと言われているのである。
・ そして先生は日本は長い間「価値観の押し付け」と「徳育教育」をないがしろにしてきた「付け」が現在の姿だと言われる。これでは「モラルの高い子は育たない」。「やってはいけないこと、やらなければならないこと」を明確にしてしっかりと言わねばならないと教えられているのである。
・ まだ私の頭には「モラルが高いから学力が上がってくるのか、学力が高いからモラルも必然的についてくる」のか整理されていないが、8年の校長経験で間違いなく言えることは「学力とモラルは深い相関関係」があるということだ。
・ このようなことを一息ついて考えさせるところに「読書の効果」がある。硬直化していく脳内の酸化物を溶かし再生していく効果がある。ただ重要なことは一方で「信念」が必要である。
・ 軸がぶれてあちこち振り回されては周囲が迷惑を蒙る話である。根はしっかりとし、幹と小枝は「ゆらゆら」としても良いが、「しなやかさ」を失わないようにしていきたいと何時も思っているのである。
・ ところで教員も勉強をし続けなければなるまい。ところが実態はそのようになっているか。「教員の常識は社会の非常識」という飛語の類があるが「凝り固まった概念」にとらわれて「カチカチ頭」の教員を目にするがこれなど自らが「人間の幅」を広げる努力が求められる。
・ 確かに教員は「授業という定常業務に加えて非定常な仕事が突発的」にあったりで忙しいのは分かっているが、そのために「教師という職業への社会の尊敬のまなざしと処遇」を与えられているはずである。
・ 教職員も勉強し続け、管理職や経営者はその数倍も勉強しなければなるまい。「生涯学習」は学校社会のためにあるような言葉だと最近ではつくづくと思っているのである。「研究会」に入ったり本を読んだり、特に「他校の先生とお付き合い」する機会は教員にとって極めて効果ある学習の機会である。「井の中の蛙」となってはならない。

2009年12月20日日曜日

12月20日(日)教職員雅楽団の編成











・ ゆったりとした日曜日になったが「寒い、寒い」。歳を取ってくると寒さが堪える。亡くなった父も大変な寒がりで、若い頃にはその寒がりを笑っていたものだが同じ血を引いているからか、段々と私も寒がりになってきた。
・ 昨日も寒い日で「第5回中学校入試説明会」の出足を心配したが何とか昨年数値を大いに上回ったのでホッとしたと入試広報室長からメールが入っていた。これで本年の「重要な対外学校行事は終わった」とも言える。
・ 後は明日の「成績判定会議」、明後日の「終業式」で2学期の終了である。平成21年の終わりである。12月は「プロジェクトX」もあったりで、当に「師走」である。このまま行けば「改革3年目も順調に終了」できそうである。「先行き」厳しいことは待っていようが、まあ先の事を心配しすぎても仕方がない。
・ 歳が明けたら「8日が3学期の始業式」であるが2年前から「新春拝賀始業式」として始業式に合わせて学院神社への一斉参拝を格上げして新春拝賀とし、生徒、保護者代表をお招きして行っている。
・ その式には「雅楽部」による雅楽の演奏と「神楽舞」が厳かに奉納されるのである。「赤じゅうたん」を敷き詰めた舞台上で「正規の衣装」をまとった部員たちが演じてくれる様はいやがおうにも雰囲気を盛り上げてくれるのである。
・ ところで本校「雅楽部の指導は大変有名な演奏者」にお願いしており大阪天満宮宮司からご紹介を受けた先生である。現役の宮司さんでもある。府内には多くの生徒さんがおり「天神祭」などのときもお船に乗って演奏されている。
・ この先生に先週の木曜日に校長室にお招きして年度末のご挨拶をしたのであるが、このときに来年の雅楽舞を舞う生徒がいないし、現在極めて技術の高い高校3年生が卒業した後、雅楽部員の数など「先行き不安」があるとの相談を受けたのである。
・ 私は着任以来「神社神道の学校であるというアイデンティティ」を前面に押し出しあらゆる改革を進めてきた。部活動もその中にある。中でもこの「雅楽部の特別強化作戦」を展開してきたが、これだけは「思うように行かない」のである。
・ 見た目以上に「高価な雅楽の楽器」も購入し、「正装の衣装」も全員のものを更新した、入学式では「雅楽部に入ってくれたら楽器をプレゼント」などまで言って誘うのだが「うーん」いま一つ生徒の人気が沸いてこない。
・ 軽音楽で「何を言っているのか、叫んでいるのか」分からないような音楽なら中庭に直ぐ生徒は集まるがやはり雅楽は「古臭い」と見えてしまうのか。腕を上げるのが「難しい」のか、現状ではこう着状態を脱却できないと考えたのである。
・ その結果、結論を言えば「教職員集団の雅楽団の編成」の考えに行き着いたのである。有能な教師であるから「飲み込み」も早いであろう。又日頃お世話になっている先生が正式装束で素晴らしい雅楽を演奏する様を見れば生徒も「私も、僕もやってみようかな」となるかも知れないと踏んだのである。
・ 神社神道の学校に勤務する教職員がこの学校の真髄「学院神社のご祭神」に教師自ら「奉納演奏することは十分意味あること」と考えたのである。顧問のY先生と議論をしていてふと思いついたこの案に私は思わず「膝をたたいて」喜んだのである。「よし、これで行こう」と。
・ Y先生も賛成してくれ早速副校長に指示して「人選」である。やはり「音感」は大切かも知れない。又「雅楽舞」はそれなりの身体条件も必要かも知れないが、とりあえず「まあ一歩踏み出せば取捨選択されるだろう」という軽い気持ちもある。
・ 人選を終えて全員集合してもらって「結団式」を行った。副校長がそれぞれの先生のご意向を確認してるので不都合な人は居なかったので早速私は本題からお話して「理解と協力」をお願いしたのである。
・ 特に来年は「新武道館」が完成し、「日本庭園が目の前に広がる40畳の和室大広間」が雅楽部のために完成する。練習場は出来るのである。又好きな楽器の手配と装束も手配する。そして「指導者は学校が招聘」するのでまあ焦らずじっくりと腕を上げていけば良いとお願いしたのである。
・ これで1年もすればかなりの演奏力は出来るはずだから「定期演奏会は春と秋の例祭と新春拝賀式」、それに私学芸術文化祭など積極的に出演できる。こうして技術を高められたら大阪天満宮や道明寺天満宮、今宮戎などの「お祭に出演依頼」が来るかもしれない。これは兼職兼業を許すから結構なアルバイトになるだろう。まあ「取らぬ狸の皮算用」かも知れないが。
・ 例祭などの演奏は勿論先生方へはいくばくかのお礼しなければならないだろう。今度選出された先生方は皆さんお若くて将来有望な方々ばかりである。私は本当に良いアイデアに行き着いたと大変喜んでいるのである。
・ 「学校法人大阪国学院雅楽団の団長はY先生」、副団長は女性のY先生で雅楽舞に女性の先生4名、雅楽演奏に男性女性合わせて4名で当面10名でスタートである。このブログを読んで「自分も是非やりたい」と思われたら是非副校長先生のところに行ってください。「大歓迎」です。
・ 今このブログを書きながらテレビを見ている。「全国高校駅伝」である。素晴らしい。本校にも「駅伝チーム」を持ちたいなと思う。「やること、作ることがいっぱい」あって「順番」だ。
・ まず「新武道館」「プロジェクトX」「新校舎」が完成すれば思い切って「駅伝チーム」を編成したいと考えている。思い付きではない。前から考えていたことだ。浪速高校、有力な大学、大学箱根駅伝、マラソンランナー、オリンピック選手と「夢は膨らむ」ばかりである。
・ その段階がくれば「チーム編成と強化」に全国を歩いてお金は使う積りだ。しかしそこまで私の気力と体力が持つか、それが問題である。後10年若かったら何でも出来た。しかしこのように思うとここ15年の歴代の理事長や校長が結局「資産を何も残してこなかった」ことに「腹が立ってくる」のである。
・ 激しかった「労働組合所属教員や非組であるが日和見教員」の責任にしても仕方がなかろう。結局は「結果責任として経営側の責任」である。この3年間の改革で私はどれだけの設備施設を増強しリフレッシュしてきたことか。すべては私に付いてきてくれた「教職員の我慢と協力のお陰」である。私は今「教職員がいとおしく」感じているのである。

2009年12月19日土曜日

12月19日(土)第5回中学校入試説明会



・ 本日は「関西大学連携浪速中学校」の「第5回目入試説明会」である。第5回目と言っても高校入試説明会と違って一回一回の形は異なっている。高校は10月から月度に一度「同じスタイル」での説明会となる。高校は第3回目で終わりとなる。
・ しかし中学は「長丁場」だ。まず7月に第1回目の説明会として「ジャブを放つ」。そして8月の夏休み期間中は外して9月に「体験学習会」を行う。「体験入学」で実際に授業を受けて貰って雰囲気を味わって貰う。大体1回目の説明会に参加してくれた生徒の2倍程度が参加してくれる。
・ 体験入学参加者すべてが「私学希望者」とはならない。友達に誘われて興味本位に参加する子供たちもいるのである。そして10月に第1回目の「プレテスト」の運びとなるのである。ここからが準本番とも言える。
・ このプレテストは私学にとって大変重要なもので言い換えれば本校主催の「模擬試験」みたいなものであるから、これを受験するということは相当本校に興味があるということである。
・ 従ってプレテスト受験者数が最終的な志願者数につながるという認識を有しており、ここからの「伸び率」が極めて重要である。過去4年の統計データは明確にその傾向を示している。そして大きな「山場となる11月の第2回目のプレテスト」である。
・ 今年1回目と2回目の参加者を加えた合計数値は例年に比べものすごく大きな数値となり「過去の新記録」となった。しかしプレの参加者が志願者数とならないところが難しいのである。まず両方とも参加すれば「心象が良くなり合格率が高い」という間違った噂などもありダブル参加者は一人に換算しなければならない。
・ また「お試し受験」というのがある。「どうも浪速の人気がよさそう」なので「一応、プレを受けて、押さえておくか」というものである。私立中学の中にはプレテストの費用をとっているところがあるが、本校では現在無料としている。
・ 中学受験をする生徒・保護者は「学校選び」に関しては、それはもう真剣だし慎重が上にも慎重である。中学3年、高校3年の6年間を学ばせる学校だから当然といえば当然である。
・ 生徒の中にはお試しで受けて「模擬テスト」感覚でその学校の「値踏み」の一助にするのだろうと思う。すなわち複数の学校のプレテストを受けて最後の最後で本番受験の一校を決めるのである。
・ 山場は第2回目のプレテストまでであるとされているが本校は考えが異なる。12月の最後のほうに第5回目の説明会を行うのは「最後の投げ網」と言ったところか。意思決定の遅れた子供たちやまだ「迷っている」生徒保護者を対象に「念押し」の機会としてこの5回目を設けているのである。
・ 従って5回目の参加者は様々な理由がある。中には小学校4年生や5年生の保護者の方も来られているのである。統計データによれば参加者数は少なく大体第1回目の参加数規模と同じレベルである。
・ 元来「私立中学受験の進路指導は塾が行う」ことが多い。塾の先生が保護者からの負託を受けてアドバイスするから、私立学校が「セールスマン」や「スーパーの安売り」みたいに言っても信用などされない。
・ 長年培われたノウハウや実績から私立中学進学先を決めてくるからまず「塾の先生方のご信頼」を得なければ駄目である。「誠意を持って本校の教育内容をご説明」させて頂き、「関心」を有して貰うことから全ては始まるのである。
・ 今年のデータを見ていると塾長様の関心を頂いているのは間違いなさそうであるが、最終的にどうなるのかと言えば必ずしもプレテスト参加者が全て受験者にはならない状況も垣間見えているのである。
・ すなわち週刊誌風に表現すれば「大阪府私立中学受験地図が塗り変わりつつ」あるのである。一挙にはいかないということだ。「難しい」ということが実感である。そして本日を終えた後、年明け「1月16日(土)の本番試験」を迎えることとなるのである。
・ 本校は過去の統計データを徹底して分析しており大体22年度入試も志願者数を想定できるところにまで来ているが、今年の「私立中学入試」は「読めない」という。その理由は各私立中学が「入学偏差値ラインの幅」を大きく広げているからであると見ている。
・ 学校にはそれぞれの歴史と実績から中学校の成績を基にした合格ラインみたいなものがあって、それらが階層状になって「学校群が序列化」されているがどうも今年はこの幅が「入り乱れて」いるというのである。
・ すなわち従来はそのレベルまで取らなかった学校が「下限の範囲を広げて」、受験者を「かっさらおう」というのである。極限は「来る者拒まず」というところである。しかしそれをやったら、翌年からは「塾業界」から「総すかん」を食らうことになるという声もある。
・ そういう学校には安心して子供をやれないといわれるのである。表現は悪いが「上澄み」だけなら「幾らでも伸ばせる」が、低い方がいると「そちらに精力を取られて」どっち付かずとなるというのである。
・ しかし今後少子化の進展の中で「良いとこ取り」だけでは生徒募集に苦しむのではないかないかという危惧は当然のことながらあるのである。要は「伸ばせるものは伸ばし、遅れているものは引き上げる」という「教育の幅の広さ」が求められて来ているのかも知れない。
・ 「虎の子の中学生」は高校入学時に「専願者」になるはずだから中学生が多いほど経営的には安心できる話である。まして公立の授業料が無償化になる中で「私学のいいとこどり」が限界に達するのは目に見えるような気もするのである。
・ 浪速中学校はこの点については相当自信があり、実績を示すこともできる。私は今日の第5回目説明会でも真剣に用意周到に資料を準備してプレゼンテーションを行った。「やるだけはやった」と思うが、結果がどう出るかそれは年明けの「願書受付期間」で分かる話である。「人事を尽くして天命を待つ」である。

2009年12月18日金曜日

12月18日(金)ピアノの手配











・ 来年度から「高校の芸術選択」に従来からの「美術」に加えて「音楽」を入れることはすでに決めている。現在はその開講に向けて準備中であるが、まず「音楽の先生」を手配しなければならない。結果、常勤で1名、非常勤の先生で1名、良い先生が確保出来た。
・ 常勤講師の先生はメインを高校とし非常勤の先生は中学で、二人呼吸を合わせて「本校音楽教育の構築」をお願いすることになる。職員室が変わるがお互い「大阪音大」の卒業生だからチームワークは大丈夫と期待している。
・ 「音楽教室」は中学、高校と2教室必要だが従来の「音楽教室」に加えて、もう一つ中学の技術室を一部改造しなければならない。改造といっても「ピアノの設置」と「防音工事」である。新校舎建設まではそれで行く。
・ ところで昨日の「理事会・評議員会」で私から音楽教育の導入をご説明したらある評議員から神社神道の学校だから新校舎建設時には「書道教室」を作ったらどうかとのご意見を頂いた。元々その積もりである。
・ ワープロ全盛、携帯メールに長けてはいるが最近の生徒は「信じられないような字」を書く。「書やペン習字など書道の基礎は大切」であると考えている。あの「墨の匂い」を嗅げば「心が落ち着く」ことを生徒に分かって欲しいと思う。
・ さてピアノであるが現在本校には「2台のグランドピアノ」があり、一つは音楽教室、もう一つは体育館である。この2台のピアノについては後述するが、新しく改造する音楽室に持ち込むピアノをどうするのかという問題がある。
・ しかし我々は幸運でピアノを買わなくとも、もう一台保有しているのである。「どこにあるのか?」。「多聞尚学館」にアップライトであるがピアノがあるのである。このピアノについては少しばかりの「経緯」があった。
・ 多聞尚学館は千早赤阪存立多聞小学校であったのを当方が買収して「校外宿泊学習施設」として改造したものであるが、買収交渉の時点で学校の「備品」についてはどうするか議論があったのである。
・ ストーブとかテーブルとか壁の絵とか様々なものがあった中で私は「ピアノと大形プロジェクター画面は出来れば置いておいてください」と村当局に頼んだのである。村当局も受け入れてくださり、なんと「オルガン」2台もつけて譲って頂いたのである。
・ 本校の生徒たちが「勉強の合間」にピアノでも弾けばリラックス出来るかなと思ったり、地元への感謝の集いとしてプロ音楽家の「音楽会」なども将来の構想としてあったのである。しかし半年使ってみて、現実には勉強、勉強でそのような時間は取れない事がわかった。
・ 従って私はこのピアノを本校に持ってくることとした。しかし問題はそのピアノの状況であり、「使い物にならない代物」なら新しく買わねばならない。出来れば「何かと物入り」な時だけにこの多聞のピアノを役に立てたかったのである。
・ そういう訳で中学の音楽の非常勤講師の先生に「診断」して貰うこととし、事務長補佐と過日多聞を往復して貰ったのである。その結果は「十分使い物になる」というお答えを頂いた。
・ ピアノのメーカーは「デアパソン」と言い、ヤマハや河合しか知らない世代には「これって大丈夫?」という感覚であったが先生に言わせると有名なメーカーであると言われる。
・ ネットで調べてみると由緒あるメーカーでヨーロッパの音質に近いと高い評価でピアニストや音楽家をはじめ教育関係者に根強い「ファン」がいるという。私は「小躍り」して喜んだのである。
・ 昭和58年に購入されており、132型のアップライトであるから現在の販売価格は913500円とあったから安いものではない。これを住吉区の本校に移動させ新しい音楽室に安置した後「調律」を行えばピアノは揃うことになる。
・ ところで今現在本校にある2台のグランドピアノであるがこの際と思って調べたのであるがこちらは相当古い物であることがわかったのである。音楽室にあるものは昭和60年の購入でヤマハである。購入後24年だからそれほど古いものではない。
・ しかし体育館に「放置?」されているものは同じヤマハではあるが昭和40年の購入であると分かった。実に44年も経っているが「これを古いと見るかまだ新しい」とみるか、私には専門家でないから分からない。
・ 日ごろ全く使う機会はなく卒業式に弾くくらいだから錆付いていると思い、自分の目で見に行ったが、「見た目」は損傷がひどく、「これでは・・・」という感じであった。それで出入りの音楽店の社長に詳細見て貰ったのである。
・ 答えは「整備すればまだ十分使える」であったが、「弦張替え調整」「ハンマーフェルト全交換調整」「アクション全体調整」でメーカー持込で2週間を要し「見積額が567000円」と来たのである。
・ 44年のピアノに57万円もかけるよりはこの際新しいアップライトでも買ったほうが良いとの考えも浮かんで来ており現在思案の最中である。そうすれば当然このグランドは「下取り」」に出すことになろう。高く引き取って貰えばコストは助かる筈と踏んでいるのである。
・ 「どこに下取りに出すかって?」聞かれたら答えは出ている。もちろん「タケモトピアノ」である。例のコメディアンの財津一郎が出演しているテレビのコマーシャルで「ピアノ売ってチョーダイ」というあれだ。
・ またこのタケモトピアノは本社が堺市堺区にあるご近所であり、ピアノ買取業者の大手である。:
     ♪ピアノ売ってチョーダイ  ♪ピアノ売ってチョーダイ
      もっと も~ツと タケモット  みんなまあるくタケモトピアノ~
      でんわして ちょうだい   でんわしてチョーダイ  (以下省略
)
結論が出れば事務長補佐がタケモとピアノに電話することになろう。

2009年12月16日水曜日

12月16日(水)12月理事会・評議員会











・ 今日は「理事会評議員会の日」であった。理事7名全員出席で評議員は23名の70%の出席率となった。「考えられない出席率」と何時も名誉理事長や理事長職務代理は言われる。
・ 学校改革の前には本当に出席者は少なく「来たくなかった」という理事者や評議員が多く、ほんの数名の寂しいものであったと聞いた。まさに『様変わり』とはこういうことかと職務代理は言われる。来ても「暗い話」ばかりで面白くなかったのだと思う。下手をすれば貧乏学校から「寄附を要求される」と思われたのかも知れない。
・ とにかくこの「理事会と評議員は学校法人で最も重要な意思決定機関」であり、内閣で言えば「閣議」であり、企業でいえば「取締役会」に相当するものと私は考えている。私立学校法をご専門とされ多くの書物を出しておられる弁護士の俵先生は「寄付行為は国の憲法に比すべき根本規則」とまで書いておられる。
・ この「寄附行為」という「へんてこりん」な名前は文字通り「寄附された財産を運用するための規則」という意味で使われており、「学校法人の運営はこの寄附行為に記載されている通り」になされなければならないのである。まあ企業で言う「定款」みたいなものである。
・ 寄附行為には学校法人の「管理機関の選任、理事会の準備、予算、決算、紛争処理、など」こと細かく規定されている。記載事項としては「法定の固定的事項」「寄附行為の定めによる事項」「その他寄附行為で定める任意的事項」と分かれている。
・ 本校も立派な寄附行為を有して入り、これは私が「着任して大幅に変更」したものである。平成19年6月22日から施行されたものであるが、当然監督官庁である「大阪府の指導認可」を受けなければその効力はない。
・ 理事長の職務については私立学校法の第12条に「理事長はこの法人を代表し、その業務を総理する」と記載されており、本法人でも第11条に「理事長はこの法人を代表しその業務を総理する」とある。
・ 又学校法人の代表権の制限条項が第13条に設けられており、その内容は「理事長以外の理事はこの法人の業務を代表しない」と記載されており、「理事長権限」は極めて大きいものがあるのである。
・ 評議員会は学校法人に置かれる「合議制の諮問機関」である。特別に寄附行為で規定された場合を除き諮問機関であるから意見を述べ、諮問に答え、報告を受ける等を職務とするが、要は私は「チェック機関」と理解している。
・ 私立学校に勤務する職員でも特に学校経営に関与している「法人職員」はこの寄附行為と私立学校法を理解していないと「仕事にはならない」。下手をしたら「大事件」を起こしてしまうから要注意である。
・ そういう訳で今日の理事会・評議員会は「重要事項」が目白押しであり、丁寧にご説明しご報告し、ご意見を頂いたのである。私の説明はプロジェクターを使って行い、他の教職員は資料を提出してご説明した。
・ まず「新武道館の正式確認とメーカー決定」「学則変更の関わる部分」「プロジェクトX」が今日の最も重要な議題であった。中でも学則変更に関わる部分は「公立高校授業料の無償化に伴う私学としての対応方針」があり、具体的には「授業料等仕分け」の明確化がある。
・ 「プロジェクトX」については別途の機会に譲るが本日の理事会・評議員会で満場一致で賛同を得たのである。最後の詰めを行い年明け草々にでも「新春お年玉」として「内外に正式発表」できれば良いと思っている。
・ 今日はそれ以外に重要な議題を上程した。それは60歳以上の「選択定年制」と55歳以上を対象にした「セカンドキャリア支援プラン」の議論を頂き「案」が正式に決定されたのでこれを早速「来週の職員会議にかけて教職員に公示」することとした。
・ 社会の経済情勢と勤労者の処遇状況を見ながら適切なレベルでの処遇施策としたもので特に60歳未満で「一大決心」して「転職を考えている教職員」に通常の退職金に「割増」して「支援金を出す」のだから本当に本校は優しいと思う。しかしこの制度は今年が最後としたい。
・ 又重要な事項として大阪府から求めれている「情報公開」と「教職員給与のラスパイレス指数」「経営者報酬」についても議論にあげてご理解を頂いた。理事長報酬については名誉理事長と理事長職務代理と理事長で結論を出すこととなった。
・ 「多聞尚学館の使用状況とランニング経費」は極めて明確な資料が作成されて。評価を頂いたのである。要はこれほど「上手く使われている箱物」は過去になかったとうことである。「初期投資は3年で回収出来る」と報告できることが本当に嬉しかったのである。副校長の静かで落ち着いた説明が良かった。
・ その他としては現在までの「生徒募集活動状況」の報告があった。入試説明会では大きな伸び率を示しているがまあ最後の蓋を開けるまで分からない。しかし「年越しを気分良くするため」には良い情報ですと私は言ったのである。参加者が多いほうが良いのは分かっているが「専願数と併願戻り」は全く予想がつかないからである。
・ 神道科の新しい「手作り教科書」の進捗状況が神道科の教諭からあり、又「ボーイスカウト」についても担当の教頭からあった。又中学校の教頭からは「浪速中学校の実力評価」について自信にあふれた報告があったのである。
・「これは受けた。」 紙一枚の報告であったがインパクトがあった。特に元高校教師であった評議員から「英語教育の成果」をみとめる発言があったのである。この話題は最後の最後に報告事項に追加で入れたものであったが良いことは出すべきであると痛感したのである。
・ 「新武道館建設」「学則」変更も正式に決まった。最後に「人事上の取り扱い」について、試験問題管理について度重なるトラブルを発生させた二人の教員について「就業規則上の懲戒処分」について理事会に図ったのである。
・ 私は学校経営と公務の運営で「すべて透明性を高めて」「親切に説明する」方針で今まで来た。このような資料を準備し公開している学校はそうは多くはないと思う。これだけは私は自信を持っているのである。そして管理職の説明の仕方も大変上手くなってきて大変嬉しい。
・ そして理事と評議員が私のブログと理事会の資料が完全に理解でき、実行できれば明日からでも本校の理事長校長、理事、評議員が務まると思う。そう思って資料公開をしているのである。今日だけでも「中身が濃い」内容であり、紙一枚一枚に「教職員の努力の汗」がこもっていると思っているのである。これらの成果を表に出してやらねばならない。
・会議後「年末直会(なおらい)」で理事全員が心斎橋に場所を移して理事会の継続である。楽しい一時であった。この席においても話題は事務長の説明した「木村改革3年間の改革の軌跡」であり、出席者に相当なインパクトを与えたみたいであった。事務長は大いに「得点を稼いだ」のである。