2008年11月12日水曜日

11月12日(水)社会的排除

・ 「社会的排除」と言う言葉がある。家庭崩壊、失業、自営業の倒産、世帯主の死去など様々な理由から「貧困状態」に陥りそこから抜け出せずに社会の中にいかなる居場所も見出せない状態と言うらしいがこの新しい造語の主は読売新聞ではないか。
・ 読売は10月15日から22日まで「生活ドキュメント 社会的排除」の特集を組み報道したが中々本質を直視した良い記事であった。しかし読んで「切ない」。それは書いていることが一々学校長たる自分にとって「身に迫ってくる」ものだからである。
・ 「家庭環境の乏しさから学力を育めなかった子どもが高校を中退」していく現状を詳細に伝えた記事であり、「貧困から学力低下、中退、不安定な就労、そして社会的排除という負の連鎖」が生々しく伝えられている。
・ 1970年代には「一億総中流」と言われ、栄耀栄華を誇ったが、この10年で格差は急激に拡大していった。その一方で「高学歴化」はますます進み、社会の構造は一部では「高卒の仕事がなくなり」「大学卒が高卒向けの仕事に就く時代」となった。大阪府や市は大きな騒動となったが大卒の履歴を隠し高卒と偽って公務員の職を得るなどの事件が出てくるようになっているのである。
・ 高校中退では不安定な条件になってしまうことはデータで明らかである。言い換えれば「高卒で安定した職に就ける時代は完全に過ぎ去り」、「中退なら尚厳しい」ということである。都市部の若者の実態調査で「大学卒で正規雇用に定着している割合は50%であるが、中卒や高校中退では男子で5%、女子で0%」というから驚きの数値がある。
・ 北海道の某道立高校の校長(59歳)は言う。「我が校でも中退者が多く、事件を起こして家裁から連絡が来る。中退から犯罪予備軍になっていく子たちを思うと切ない」と。しかし犯罪予備軍とは、悲しい言葉だ。しかし私はこの校長の気持ちは同じ校長として大変良く分かる。
・ 更にこの校長は続ける。「貧しさと学力の低さは明らかに相関関係がある。自宅に辞書さえなく勉強など出来る家庭環境ではない。何とかしなければと思うが学校だけでは解決できない」と。全くその通りだ。120%正しい。
・ 更に別の識者は言う。「経済的に苦しい家庭の子が小中学校の勉強からこぼれている現実がある。義務教育段階で身につけるべきことをきちんと学校で教える対策が必要だ」と。これは紛れも無い事実で中学校から基本学力が出来ていない生徒がスピードの速い高校教科に対応できていないのだ。要は授業についていけない生徒が多くなっているという現実である。
・ 大阪市の公立中学の教師であった先生が縁あってこの11月から本校に勤務して頂いているが、この先生は私に向かって「授業をしているという実感に身が震えます。嬉しい。生徒が私の言うことを良く聞いてくれます」というのだ。如何に現状の公立中学の教室の実態が分かろうかというものだ。
・ 更に静岡県立大学のある准教授(犯罪学)は「犯罪を犯して、少年院に来る子の7割が中卒か高校中退という現実」を見てきたと分析されている。「貧しいがゆえに学力がつかないという社会の現実」から最早目を背けることはできないのではないか。私はそのように最近つくづくと感じるのである。変わりつつある時分に時々驚くことがある。
・ 本校は良い学校だが、中退者がいないわけではない。私はいつも本校の生徒らに一斉朝礼とかの機会で説くのだ。「良いか、歯を食いしばって頑張り、浪速の卒業証書だけは手に取れ」と言っているのである。しかしやむなく中退していく生徒が出た日は夜、家で一人その生徒の行く末を案じ「悲しい酒」を飲む。「これで良かったのか」と。
・ しかし世の中には色々な意見があって「若者の努力不足を社会のせいにするべきでない」「中退を社会の責任にするのは甘えているのではないか」「子どもに対する責任はまず親だろう」とかの意見が出てくるが「将来を考えれば違った視点が必要」である。
・ 労働政策研究研修機構のある研究者の意見は「若者の社会的排除を防ごうとする英国などの先進国で対策を講じているのは将来の社会的コストを見越した結果だという。」生活保護などで“税を使う存在”になるより“税を納める存在”になってもらおう」という考え方で日本は子どもは親が育てるべきとの考えが強いが社会が育てる方向が強くても良いというご意見であろう。
・ 中退する若者をほおっておいて将来どのような結果を招くか考える時期に来たといわれるのだ。「放置すれば将来にコストがかかる」と言うのだ。一つの卓見である。親がその親から、すなわちおじいちゃんおばあちゃんからの援助も親族間の助け合いも消えた今、支援する新たな仕組みつくりといわれるのだが「それは何か」といわれた時に答えが無いのが現実だ。
・ 私は今母子家庭の問題に気が行っている。深刻な母子家庭の困窮は何とかせねばならない。日本女子大の教授は「日本の母子家庭は世界で類を見ないほど、母親が働く率が高い」。それでも貧困から抜け出せない。経済的困窮が子どもの教育格差になっていると指摘し低所得家族の子どもを支える施策が必要をここでも言われる。
・ 同志社大学の教授は「日本の母子家庭の貧困は非常に深刻で教育費の公費負担が少なく、家庭に依存しているため母子家庭には特にしわ寄せがあると指摘」されている。ここに重要なデータがある。母子家庭の経済状態の厳しさである。
・ 厚生労働省の全国母子世帯等調査(2006)によれば「父子世帯の平均年収は421万円に対して母子世帯は213万円」で約1割が生活保護を受給している。先進各国と比較してもOECDの調査で日本の働いている一人親の貧困比率は断然に高い。悲しいデータだ。
・ 兵庫県の介護職の女性(54)は29歳で3人の子どもを連れて離婚し、「身を削って血の涙を流して子どもを育て上げる覚悟」でやってきて、全員を高校卒業させたという。又ある母親は「母子家庭になって3年、経済的に苦しく精神的にも追い詰められています。イライラを直接子どもにぶつけ、寝顔を見て反省する毎日です。」更に続く。「貧困を精神的な安定でフォローすることは出来る筈と思っても不安は尽きず闘う毎日」だと。
・ むろん全ての母子家庭が貧困に陥るわけでもなく高校を中退するわけでもないがその比率の高さは圧倒的で「母子家庭で育つ子どもへの支援は今は極めて手薄く」、所得に応じて支給される児童不扶養手当の増が必要にも関わらず、政府の動きは長期受給者には削減と打ち出している。無茶苦茶だ。この国は一体どこへ行ってしまうのかと思ってしまう。