・ 「ネーミング」というものは難しいものである。会社名や新商品なども良い名前にしないと魅力を発散させ得ないから、失敗すると時には死活の問題となる。流行商品などは確かに良い名前を有している。
・ 大体子どもの名前だってそうである。親は如何に良い名前をつけてやるか腐心するものである。最近ではペットのネーミングを専門に扱う会社もあるとの話を聞いたことがある。
・ 私は本校の名前である「浪速」を大変に気に入っている。「浪速は大阪の古名の一つ」であり、現に「浪速区」というのもあるし、浪速が「冠」となっている会社などは極めて多い。
・ 平成18年に着任した時に、雰囲気を変えようと、例えば「国際浪速高校」とか「浪速文理高校」とか一瞬「校名の変更」を考えたが結局はやめにした。今は全くそのような考えはない。
・ ところがこの「浪速」を関東の人たちはどうもよく読めない人が多い。ある時は「ろうそく」と呼ばれて「ぶったまげた」ことがあった。昔務めたことのある府立高津高校の「高津(こうづ)」も仁徳天皇ゆかりの「高津宮(こうづぐう)」から来る由緒ある大阪の古名でもある。この高津も「たかつ」と関東の人は読む。川崎市に高津高校というのがあってどうもその影響もあるのかも知れない。
・ 一時期私立高校も「学校名を変えるのが流行った」。今でもその傾向は続いている。飛翔館高校は近大グループに入って近大泉州高校と名が変わった。このような例は枚挙に暇がない。当たり前だが学校法人が変わると学校名も変わる。
・ 昨今では「ネーミングライツ」というのがあって「お好きに名前をお付けください」と契約を交わす例が出てきた。「浪速高校の名前を変えて貰って結構です。ただし1億円ください」というものである。しかし3年ピッチで「ころころ」学校の名前が変わっては受験生に迷惑な話である。
・ 千早赤阪村立の旧多聞小学校を買収した時に私は既に名前は決めていた。すなわち「多聞尚学館」である。まず村や地元への敬意から「多聞の字は残すべき」と最初から決めていた。
・ 千早の地で生まれ育ち、あれほど美しい死に方をした日本人は古今東西いなかったと日本外史に書かれている大楠公こと楠正成公の幼名である「多聞丸」の名前を戴いた小学校の名前から一字を引き継ぐのは当然である。このことは「地元の方々に大いに評価」された。
・ 下の「尚学館」の意味は読んで字のごとく学問を「尊ぶ、重んじる、更に、なお」の意味がある「尚」の字を持ってきた。割合と簡単に決めることが出来たのは、前から「尚志会」とかの名前を知っていたからである。とにかくこの「尚の漢字は奥深い」のである。
・ 「週末スペシャル」も私がネーミングした。副校長が色々と考え案を持参して来たが「分かり易い」ことが最も大切である。どうもスペシャルという語感にいささか抵抗がある向きもあるかも知れないが、今はそうでもない。
・ 当事大阪府は橋下知事が教育改革を進め、東京の中学校で民間人校長となったリクルート社の藤原氏を招聘し、大阪で「夜スペ」という講習を盛んにPRしていた時期でもあって、私はこれに対抗して、それなら「週末スペシャル」と考えていたからである。
・ その「週スペ」も今や本校では「普遍的な言葉」となり、徐々に他校にも知られてきている。「名は体を表す」と週末特別な学習合宿をするという「週スペ」は分かり易いではないか。
・ 本校の「インテンシブコース」は略称で「Kコース」と呼ぶがこれは副校長のネーミングであったと思う。関大のK,木村のK,担当教諭の名前からのKの意味もあると聞いたことがある。
・ この4月から浪速中学校は関西大学と連携して「関西大学連携浪速中学校」とするがこれも色々とやり取りがあって最終的にこの名前になった。「係属校」とか「累系校」とかアイデアは多くあったのである。
・ 4月にあわせて「正門の表札を付け替えねばならない」。今の表札は現在の「改革の門」が完成した平成19年8月に私が書いたものを下地にして表札を作ったが、3年で変わる事となった。
・ ようやく気が充実してきたのと時間的にもボツボツと思い、昨日「浪速高等学校」と「関西大学連携浪速中学校」と繁栄を祈って半切紙に書いた。こういうものは「神経が集中」しないと書けない。出来あがったときに私の顔は真っ赤であった。
・ これを使って「銅版に金文字」のエッチングで表札を作ることになる。3月31日の理事会でお披露目だ。「浪速高校を門柱の右側に、関西大学連携浪速中学校を左の門柱」に付けることとした。
・ さて堺市に今度持つ「校外グラウンド」であるが「この名前をどうするか」現在思案している最中である。野球、サッカー、ラグビ、アメフトなどの「多目的グラウンド」であるから単に「野球場、スタジアム」とはしない。早く決めて門柱を立てねばならない。
・ 「 新武道館」については当初「良い名前」を考えることとしていたが過日の打ち合わせで「浪速武道館」とすることとした。「ごちゃごちゃ」した名前よりもその方が単純で分かり易いと考えたのである。
・ しかし中のそれぞれの種目別の「道場については個別に名前を付ける」こととした。現在思案中である。剣道場は顧問の先生が尚学館を意識して「尚武館」と提案してきた。空手道場はどうするのか、弓道場はどうするのか、面白いこととなった。良いネーミングにしたいものである。
・ 「 和室とお茶室」については理事長職務代理にお願いした。職務代理のご苦労とご功績を考えれば当然である。まず「○○庵」となるのは間違いないが、「現職の宮司」であり「お茶人」だから良いネーミングを考えて頂けるだろう。いずれにしても時間はまだたっぷりあるから落ち着いて考えていけば良いと考えている。
・ 大体子どもの名前だってそうである。親は如何に良い名前をつけてやるか腐心するものである。最近ではペットのネーミングを専門に扱う会社もあるとの話を聞いたことがある。
・ 私は本校の名前である「浪速」を大変に気に入っている。「浪速は大阪の古名の一つ」であり、現に「浪速区」というのもあるし、浪速が「冠」となっている会社などは極めて多い。
・ 平成18年に着任した時に、雰囲気を変えようと、例えば「国際浪速高校」とか「浪速文理高校」とか一瞬「校名の変更」を考えたが結局はやめにした。今は全くそのような考えはない。
・ ところがこの「浪速」を関東の人たちはどうもよく読めない人が多い。ある時は「ろうそく」と呼ばれて「ぶったまげた」ことがあった。昔務めたことのある府立高津高校の「高津(こうづ)」も仁徳天皇ゆかりの「高津宮(こうづぐう)」から来る由緒ある大阪の古名でもある。この高津も「たかつ」と関東の人は読む。川崎市に高津高校というのがあってどうもその影響もあるのかも知れない。
・ 一時期私立高校も「学校名を変えるのが流行った」。今でもその傾向は続いている。飛翔館高校は近大グループに入って近大泉州高校と名が変わった。このような例は枚挙に暇がない。当たり前だが学校法人が変わると学校名も変わる。
・ 昨今では「ネーミングライツ」というのがあって「お好きに名前をお付けください」と契約を交わす例が出てきた。「浪速高校の名前を変えて貰って結構です。ただし1億円ください」というものである。しかし3年ピッチで「ころころ」学校の名前が変わっては受験生に迷惑な話である。
・ 千早赤阪村立の旧多聞小学校を買収した時に私は既に名前は決めていた。すなわち「多聞尚学館」である。まず村や地元への敬意から「多聞の字は残すべき」と最初から決めていた。
・ 千早の地で生まれ育ち、あれほど美しい死に方をした日本人は古今東西いなかったと日本外史に書かれている大楠公こと楠正成公の幼名である「多聞丸」の名前を戴いた小学校の名前から一字を引き継ぐのは当然である。このことは「地元の方々に大いに評価」された。
・ 下の「尚学館」の意味は読んで字のごとく学問を「尊ぶ、重んじる、更に、なお」の意味がある「尚」の字を持ってきた。割合と簡単に決めることが出来たのは、前から「尚志会」とかの名前を知っていたからである。とにかくこの「尚の漢字は奥深い」のである。
・ 「週末スペシャル」も私がネーミングした。副校長が色々と考え案を持参して来たが「分かり易い」ことが最も大切である。どうもスペシャルという語感にいささか抵抗がある向きもあるかも知れないが、今はそうでもない。
・ 当事大阪府は橋下知事が教育改革を進め、東京の中学校で民間人校長となったリクルート社の藤原氏を招聘し、大阪で「夜スペ」という講習を盛んにPRしていた時期でもあって、私はこれに対抗して、それなら「週末スペシャル」と考えていたからである。
・ その「週スペ」も今や本校では「普遍的な言葉」となり、徐々に他校にも知られてきている。「名は体を表す」と週末特別な学習合宿をするという「週スペ」は分かり易いではないか。
・ 本校の「インテンシブコース」は略称で「Kコース」と呼ぶがこれは副校長のネーミングであったと思う。関大のK,木村のK,担当教諭の名前からのKの意味もあると聞いたことがある。
・ この4月から浪速中学校は関西大学と連携して「関西大学連携浪速中学校」とするがこれも色々とやり取りがあって最終的にこの名前になった。「係属校」とか「累系校」とかアイデアは多くあったのである。
・ 4月にあわせて「正門の表札を付け替えねばならない」。今の表札は現在の「改革の門」が完成した平成19年8月に私が書いたものを下地にして表札を作ったが、3年で変わる事となった。
・ ようやく気が充実してきたのと時間的にもボツボツと思い、昨日「浪速高等学校」と「関西大学連携浪速中学校」と繁栄を祈って半切紙に書いた。こういうものは「神経が集中」しないと書けない。出来あがったときに私の顔は真っ赤であった。
・ これを使って「銅版に金文字」のエッチングで表札を作ることになる。3月31日の理事会でお披露目だ。「浪速高校を門柱の右側に、関西大学連携浪速中学校を左の門柱」に付けることとした。
・ さて堺市に今度持つ「校外グラウンド」であるが「この名前をどうするか」現在思案している最中である。野球、サッカー、ラグビ、アメフトなどの「多目的グラウンド」であるから単に「野球場、スタジアム」とはしない。早く決めて門柱を立てねばならない。
・ 「 新武道館」については当初「良い名前」を考えることとしていたが過日の打ち合わせで「浪速武道館」とすることとした。「ごちゃごちゃ」した名前よりもその方が単純で分かり易いと考えたのである。
・ しかし中のそれぞれの種目別の「道場については個別に名前を付ける」こととした。現在思案中である。剣道場は顧問の先生が尚学館を意識して「尚武館」と提案してきた。空手道場はどうするのか、弓道場はどうするのか、面白いこととなった。良いネーミングにしたいものである。
・ 「 和室とお茶室」については理事長職務代理にお願いした。職務代理のご苦労とご功績を考えれば当然である。まず「○○庵」となるのは間違いないが、「現職の宮司」であり「お茶人」だから良いネーミングを考えて頂けるだろう。いずれにしても時間はまだたっぷりあるから落ち着いて考えていけば良いと考えている。