・ 無事に「中間試験が終了」した。大事な校内考査であり終わって「ほっ」としている。後は1学期の期末試験であるがこれも時期を1週間遅らせることで何とかなりそうである。教員から「部活動」についての再開を求められておりそれも解除とした。
・ 悩ましいのは「他校との練習試合」であるがこれも構わないとした。ただ他府県でやる場合は「大阪から来た」と用心されるかもしれないからそれえだけは気をつけるように言った。育ち盛りの高校生が臨時休校1週間、試験で1週間も「静かにしている」ことは「青春エネルギー」が余って大変なことはよく分かる。
・ 「新型インフルエンザ」での感染はもう「下火」だと思うが、「油断」は出来ない。ただ現時点では「弱毒性」ということで今後の対応は「柔軟に」していく積りだ。毎回臨時休校などしていたら「教育が成り立っていかない」。
・ 本人も含め家族で新型と判断される生徒が出たら「本人にのみ休校を命ずる」。その後本人の発熱状態等を勘案して「復帰の判断」をする。そのような生徒が同時期に2名以上発生した場合はその「クラスの閉鎖」をする。これが現在の「ガイドライン」である。
・ ところで昨夜の教員との懇談会で色々な話が聞けたのだが、考えさせられることがあった。実は「このテーマ」は前から抱え込んでいたのだが久しぶりに「頭の押入れ」から取り出してきたのだ。
・ 昨夜のメンバーの一人はこの4月に高校担当からから中学担当に替わって貰った教員なのだが、明るくてよくしゃべり、「中学の先生方は皆さん前向きで楽しい」と言って盛んに言っていたのである。当初は「中学は嫌だ」「都落ちした」「格下げだ」「遂に流浪の旅人」とか親しい同僚に言って「落ち込んで」いたらしい。
・ それは私宛の義経的「腰越状」直訴文で前から確認はしていたのだが、私は言ったのだ。「これから始まる長い浪速生活、また何時か高校に戻れば良い。後35年浪速での時間がある。」今の先生は「気分一新、中学で再スタートするが良い。」「キャリアパスだ。」と激励していたのだ。
・ 実はこの先生、「和歌山県の公立の採用試験に合格」していたが「私の元で働きたい、浪速高校で進路指導で頑張りたい」と言ってくれたので、昨年4月に専任に採用した教師である。ところが頑張りすぎて「体調を崩した」。ようやく復帰がなったので私は副校長と相談して「良かれ」と思って中学校に移って貰ったのだ。「環境一新、気分一新、再スタート」をと考えたのである。
・ その教員が目に見えて元気になってきていることは私にとっても大変嬉しいことなのである。私は彼を「採用した責任」がある。この先生を育てていかねばならない。しかし私の疑問は、当初、高校から中学に移動させた時に「何故そのような気持ちになるのか?それは何処から来るのか」未だに私には分からないのだ。これがテーマである。
・ 単に自分が「高校教師」を夢見て「やりたいことが一杯ある」のに不本意に一方的に替えられたから、このようなことを言うのか、他に中学と高校では本校の教員の深層心理として「中学は一段格が下がる」と思っているのであろうか。
・ 昨夜同席していた公立中学から本校に来て呉れた絵に描いたような中学の教員は「それなら、自分も格落ちかい」などと反撃していたが、一般的に「中学の教師は高校の教師をどのように見ているのか、高校の教師は中学の教師をどのように見ているのか」私には大変興味がある。
・ 単なる「自分の思い込み」だろうと思うが一体全体どうなんだろうか。同じことは管理職にも当てはまる。「高等学校の校長と小学校や中学校の校長の相対的関係」はどうなんだろうか。
・ 私は単なる「生徒数の違い、規模の違い」「専門性の適用の深さの違い」「生徒が幾分大人に近い」等々違いはあるのだが、給与処遇は中学と高校では違いはない。それに大体教員免許は「中学と高校の両方の免許」を保持しているのが普通だ。
・ しかし世間一般的は「小学校の校長先生と高等学校の校長先生ではどちらが格が上」と思っているのであろうか。「高校の校長が一段上」と思っているのかとも感じられる「ふしはある」のだ。
・ とにかくこの問題は「微妙」であるし、「いい加減なことは言えない」。このテーマはもっと勉強したいと思っている。「専門性の楽しさでは高校、生徒対応の楽しさでは義務教育」しかし、いずれも「それぞれの難しさ」がある。「高校は大学に近いから偉い」ということではなかろう。
・ 本校でも中学と高校は全く差が無い。1円の差もない。正直に言えば今理事長としては「中学の方が気にかかる」、校長としては「高校のほうが気にかかる」とでも言えるか。言い換えれば「経営的には中学、校務運営的には高校」ということである。
・ 昨夜のこともあり、久しぶりに「中学校の職員室」に入った。「とても明るく綺麗になった」感じだ。「スッキリ」している。教室を回った。生徒たちは校長が教室に入ると「キャーと歓声」を上げて迎えてくれる。これでは先生に申し訳ないから何時も指を口に当てて「シーッ」として生徒を制する。
・ 全教室を回ったが皆元気一杯で丁度中間試験の答案用紙を返されて点検していた。あるクラスでは3名の生徒が立たされていたな。騒いでいたに違いない。私はこういうのを見ると「面白く」なるのだ。「先生と生徒の距離」がよく分かる。
・ 高校の試験は今日明けたが中学は二日前に終了している。私は着任以来中学と高校を精神的にも物理的にも「分離独立」させてきた。わかり易く言えば「教員の渡り」を極力廃止してきたのだ。「高校の都合、高校教員の都合で中学への影響を少なくする」ためであった。実態としてその効果が出てきているみたいである。
・ 来年からは「関西大学連携浪速中学校」となり、「浪速高等学校は関西大学パイロット指定校」となる。基本的には大きく変わることはないが「中学、高校が切磋琢磨して良い学園」を作っていくための「戦略」である。今浪速中学校が「元気」であることは間違いなく「栄光への道」を着実に歩んでいるのだ。
・前述した教員もその「熱気」を感じ、「中学校は素晴らしい、全ての先生方が前向きである。ずーと中学校に居たい」とまで態度を急変させた「何かが中学校に生まれてきている」のだと思う。素晴らしいことだ。この先生が中学校で「大きく大きく卓越した輝く教師」に育ってくれる事を念願する。