・ 修学旅行に行っている高校2年生の学年主任は現在北海道に行っているが今朝副校長にメールに写真添付で「修学旅行便り」が送られてきたそうだ。そうなのである。この先生はこういうところがある。いわゆる「面倒見」と言うか「こまごまと世話」を焼いて呉れる先生なのである。
・ 「ネットにも強く」、何時も話題の事案事件などはすぐに「インターネット」で検索し報告を上げてくれるから私は大変に助かっているのである。「北海道、東京、沖縄とも極めて順調に初日が終わった」そうだ。
・ このように学校を遠く離れた行事には「センターとなる教員の力量」が問われる。今回も安心して任せられる教員をそれぞれのグループに配置しているので安心である。ただ昨日新大阪駅や関西空港で生徒に対応している教員の数を観察すると「多くはない」なと感じたのである。
・ 大体公立学校の修学旅行の付き添い教員の数は「生徒40人に教員1.5人」と言うのが「通り相場」で、私も費用のことを考え、今回もこのようにしたのであるが国内旅行はまだしも「秋の海外となると少し心配」になってきたのである。
・ 何しろアメリカ、フランス、ドイツと超大国、先進国、大都会であるし、言葉の問題もあるから、国内旅行基準は通用しないと考えを改めたのである。昨日学校に戻ってすぐにこの4月に下見旅行に行く教員の数を「フランス下見で1名増強」したのである。本番も付き添い教員の数は増やさねばならないだろう。
・ 私は何時もと同じように学校に出て数件の事務処理や指示等を済ませて8時15分に関西空港に向かった。府南部の学校だから感覚的には伊丹よりは関空の方が近い気がする。40分で到着した。
・ フライトはJAL系のJTA083便(日本トランスオーシャン航空)で「石垣空港に直行する便」である。一日に一便しかない。10時05分の離陸だからそれまでは日航のラウンジに立ち寄って時間を過ごした。フライト時間は2時間40分くらいだった。
・ たった一人の旅立ちであるが「慣れたもの」で全く問題ない。生徒たちは昨日神戸空港から那覇空港に飛び立った。初日は沖縄本島である。到着後は「沖縄ワールド」見学で玉泉洞、琉球王国、エイサーなどの体験見学で楽しんだはずである。
・ ホテルは南西観光ホテルだから悪くはないが一流でもない。ただ国際通りに面した至便なホテルである。夕食は「和琉料理」と聞いた。沖縄料理のオンパレードだという。デザートまで沖縄果実のゼリーと冊子にはあったが、果たしてどのようなものだったか。今日教員に確認したら食事全般が「今一つ」だったという。「ウーン」。
・ 私が関空に到着した頃には朝飯はホテルのバイキングでその後「ひめゆりの塔」を見学してその後「国際通り」での自由散策を楽しみ昼食を友達と楽しんでいることだろうと思った。その後生徒たちは那覇空港から石垣空港に飛ぶ。飛行機は2便に分かれて飛び立っている。
・ 丁度この少し前に私は関空から石垣空港に飛んでいたことになる。生徒よりは一足早く石垣島に降り立ったのである。生まれて初めての土地であった。何と気温は27℃で暖かい。「初夏の気候」である。
・ 生徒たちは17時頃「日航八重山ホテル」に到着するのでそこで出迎えたいと考えていたのである。それまでは時間が有り周辺の観光めぐりをして生徒たちを待ったが、飛行機の中では最初から最後までぐっすり眠り、とにかく昼食であった。
・ 勿論こういう場合は「郷土料理」でなければならない。今回の現地トラベル会社の人は八重山料理の専門店に連れて行ってくれた。とったのは「八重山弁当」で1380円、もずく、豚の耳の線切り、八重山そばなどの組み合わせで「まあ、こんなもの」という感じである。
・ 石垣島はいわゆる「八重山諸島」の中核の島で人口は5万人弱。八重山諸島はこの石垣島、竹豊島、西表島、黒島など大小9個の島々で構成されており最も南西が与那国島である。この石垣島は今日では「有名なリゾート地」として開発がなされている。
・ 時間があったのでまず有名な「川平湾」を観光した。川平は「かびら」と読み、サンゴで超有名な石垣島随一の景勝地である。エメラルドブルーの海に小舟のように浮かぶ緑の小島で日本百景に選ばれているとか言う。
・ サンゴ礁を楽しむのは「グラスボード」というのを使って海の底を覗き込むのであるが太陽の光によって次々と色を変える海の色とマッチしてまさに「神秘的」であった。ただ津波の影響か、透明度は今ひとつであった。
・ その後は「石垣焼きの窯元」を見学した。焼き物好きだからすぐ買いたくなってしまう。結局「尺ものの角皿」を一つ求めた。サービスしてくれたがそれでも結構高価であった。仕方がない。記念だ。
・ 驚いたのは修学旅行用の体験陶芸が有名で焼きあがった生徒の作品を社長さんはPRするのである。裏には和泉高校や羽曳野高校のだれだれと名前が彫ってあったのである。昨年の12月15日と16日であった。「石垣島は今や大阪府立高校の修学旅行の人気スポット」だったのである。
・ 予定通り生徒は日航八重山ホテルに到着。私はホテルの玄関で出迎えてあげたのである。「歓声、歓声、又歓声」であった。生徒は元気であった。どうも昨日のホテルは今一つみたいだったみたいで「今日のホテルは昨日よりは良いぞ」と言いながら出迎えたのである。
・ 18時30分から夕食であったが結婚披露宴に使う大広間で今日は丸テーブルの中華料理と聞いた。そこで私は一言しゃべる機会を与えられたが、それは必要なしと判断した。ここまで来て校長の話でもあるまい。
・ 秋の修学旅行において海外が駄目な生徒には石垣島周辺が良いのではないかと自ら確認のために来ているのであって付き添いが主目的ではないからである。付き添いには能力高い先生が6人も来てくれているから十分である。
・ 「ネットにも強く」、何時も話題の事案事件などはすぐに「インターネット」で検索し報告を上げてくれるから私は大変に助かっているのである。「北海道、東京、沖縄とも極めて順調に初日が終わった」そうだ。
・ このように学校を遠く離れた行事には「センターとなる教員の力量」が問われる。今回も安心して任せられる教員をそれぞれのグループに配置しているので安心である。ただ昨日新大阪駅や関西空港で生徒に対応している教員の数を観察すると「多くはない」なと感じたのである。
・ 大体公立学校の修学旅行の付き添い教員の数は「生徒40人に教員1.5人」と言うのが「通り相場」で、私も費用のことを考え、今回もこのようにしたのであるが国内旅行はまだしも「秋の海外となると少し心配」になってきたのである。
・ 何しろアメリカ、フランス、ドイツと超大国、先進国、大都会であるし、言葉の問題もあるから、国内旅行基準は通用しないと考えを改めたのである。昨日学校に戻ってすぐにこの4月に下見旅行に行く教員の数を「フランス下見で1名増強」したのである。本番も付き添い教員の数は増やさねばならないだろう。
・ 私は何時もと同じように学校に出て数件の事務処理や指示等を済ませて8時15分に関西空港に向かった。府南部の学校だから感覚的には伊丹よりは関空の方が近い気がする。40分で到着した。
・ フライトはJAL系のJTA083便(日本トランスオーシャン航空)で「石垣空港に直行する便」である。一日に一便しかない。10時05分の離陸だからそれまでは日航のラウンジに立ち寄って時間を過ごした。フライト時間は2時間40分くらいだった。
・ たった一人の旅立ちであるが「慣れたもの」で全く問題ない。生徒たちは昨日神戸空港から那覇空港に飛び立った。初日は沖縄本島である。到着後は「沖縄ワールド」見学で玉泉洞、琉球王国、エイサーなどの体験見学で楽しんだはずである。
・ ホテルは南西観光ホテルだから悪くはないが一流でもない。ただ国際通りに面した至便なホテルである。夕食は「和琉料理」と聞いた。沖縄料理のオンパレードだという。デザートまで沖縄果実のゼリーと冊子にはあったが、果たしてどのようなものだったか。今日教員に確認したら食事全般が「今一つ」だったという。「ウーン」。
・ 私が関空に到着した頃には朝飯はホテルのバイキングでその後「ひめゆりの塔」を見学してその後「国際通り」での自由散策を楽しみ昼食を友達と楽しんでいることだろうと思った。その後生徒たちは那覇空港から石垣空港に飛ぶ。飛行機は2便に分かれて飛び立っている。
・ 丁度この少し前に私は関空から石垣空港に飛んでいたことになる。生徒よりは一足早く石垣島に降り立ったのである。生まれて初めての土地であった。何と気温は27℃で暖かい。「初夏の気候」である。
・ 生徒たちは17時頃「日航八重山ホテル」に到着するのでそこで出迎えたいと考えていたのである。それまでは時間が有り周辺の観光めぐりをして生徒たちを待ったが、飛行機の中では最初から最後までぐっすり眠り、とにかく昼食であった。
・ 勿論こういう場合は「郷土料理」でなければならない。今回の現地トラベル会社の人は八重山料理の専門店に連れて行ってくれた。とったのは「八重山弁当」で1380円、もずく、豚の耳の線切り、八重山そばなどの組み合わせで「まあ、こんなもの」という感じである。
・ 石垣島はいわゆる「八重山諸島」の中核の島で人口は5万人弱。八重山諸島はこの石垣島、竹豊島、西表島、黒島など大小9個の島々で構成されており最も南西が与那国島である。この石垣島は今日では「有名なリゾート地」として開発がなされている。
・ 時間があったのでまず有名な「川平湾」を観光した。川平は「かびら」と読み、サンゴで超有名な石垣島随一の景勝地である。エメラルドブルーの海に小舟のように浮かぶ緑の小島で日本百景に選ばれているとか言う。
・ サンゴ礁を楽しむのは「グラスボード」というのを使って海の底を覗き込むのであるが太陽の光によって次々と色を変える海の色とマッチしてまさに「神秘的」であった。ただ津波の影響か、透明度は今ひとつであった。
・ その後は「石垣焼きの窯元」を見学した。焼き物好きだからすぐ買いたくなってしまう。結局「尺ものの角皿」を一つ求めた。サービスしてくれたがそれでも結構高価であった。仕方がない。記念だ。
・ 驚いたのは修学旅行用の体験陶芸が有名で焼きあがった生徒の作品を社長さんはPRするのである。裏には和泉高校や羽曳野高校のだれだれと名前が彫ってあったのである。昨年の12月15日と16日であった。「石垣島は今や大阪府立高校の修学旅行の人気スポット」だったのである。
・ 予定通り生徒は日航八重山ホテルに到着。私はホテルの玄関で出迎えてあげたのである。「歓声、歓声、又歓声」であった。生徒は元気であった。どうも昨日のホテルは今一つみたいだったみたいで「今日のホテルは昨日よりは良いぞ」と言いながら出迎えたのである。
・ 18時30分から夕食であったが結婚披露宴に使う大広間で今日は丸テーブルの中華料理と聞いた。そこで私は一言しゃべる機会を与えられたが、それは必要なしと判断した。ここまで来て校長の話でもあるまい。
・ 秋の修学旅行において海外が駄目な生徒には石垣島周辺が良いのではないかと自ら確認のために来ているのであって付き添いが主目的ではないからである。付き添いには能力高い先生が6人も来てくれているから十分である。