・ 昨日の朝、「修学旅行付き添い教員の団長各の先生方」が打ち揃って「報告にきてくれた」。素晴しい態度である。こうでなければならない。「誠に立派」である。「報告書」は別途遅れても良いが何はともあれ、組織のトップに「かくかくしかじか」でしたという帰着後の報告は「組織人として必要不可欠な行動」である。
・ その後1年生の学年主任と担任が進路指導部長と打ち揃って入ってきた。某生徒の転科転コースに関するもので、「入室から退室するまでそれは見事な事態の報告と態度」であった。立派であった。私はそれらからその教員の要望を聞き届けてあげたのである。嬉しそうであった。
・ 30前後の若い専任教諭が居る。大学卒業後様々なことをして海外に自主留学したりして数年前に本校に常勤講師として職を求めた。「前歴は教員ではないから給与は大幅に低い」。しかしこの教員を私は観察して「見所がある」と思い専任教諭に採用した。
・ その後この教諭は結婚し、家計も大変だろうと考え、3回にわたり「特別昇給」をし、この4月で22歳の新卒扱いとして昇給してきたと同じ給与になるようにした。私はこの教員の何処を買っているか。「礼儀正しくやることは陰日なた無くしっかりと自分の仕事をする」「要らぬことは言わない」「報・連・相」がなされているなどの「部下としての信頼性」である。
・ 昨日「中学1年生が2回目の多聞尚学館の学習合宿に行く」と教員打ち揃って出発前に挨拶に来た。これは立派であるがこのときに宿泊する女生徒の部屋の「目張り」はどうしたと質問した。答えが無かったので厳しく指導した。
・ これは前回学習していることである。間違って女生徒が寝ている寝室を男子生徒が窓ガラス越しに覗いたりしたらどうすると指導したのである。この日私は16時過ぎに生徒の激励に多聞に出かけたところ、付き添いの女性教員が学校のカーテンを持参して当座の対策を取ってくれていた。このように洩れても「トップの意を受けて直ぐ対応する」ようになったことが嬉しい。
・ 3年経ってようやく「教職員の言動が社会一般と同じように洗練されてきた」と言える。だから逆に「横柄な、不遜な、傲岸な態度をしているような者を見ると腹が無性に立つ」。1回や2回は我慢するがそれも限界がある。例えば、理事長は友達だみたいに振舞ったり、つんのめって踏ん反り返り、ポケットに手を入れて理事長と話をするような者は「言語道断」である。
・ 事務室の事務長補佐などは朝の朝会でも決して事務長が据わるより先には席に着かない。私のほうが席についてから椅子に据わる。「見上げた心がけ」である。又校務員さんはもし靴の底が汚れていたら靴を脱いで私の部屋に入ってくる。
・ それは私の部屋はいつもお客が居たりするから、まして自分が毎日掃除する部屋だから汚さないように注意しているのである。「頭の下がる思い」である。大体理事長・校長を前にして「どのような対応態度であるべきか」など学校の先生に今更教えるようなことでもなかろう。
・ 自分は誰に雇用されているのか、さっぱり理解できていないのではないかと思えるような教員がたまにいるが、「それではまずい」のである。圧倒的に改善されてきたから未だに態度に問題がある教員が居ると「目立って」仕方が無い。
・ 似合いもしないのにひげを生やし居酒屋に飲みに行くようなスタイルで何かといえばすぐ時間給を取ってとにかく学校に居たくないのではと思えるような教員がもし居たら、就業規則違反とは言わないが、「管理者の心象は極めて悪い」。そういうタイプの人間に重要な仕事は任せられない。どの組織でも同じことである。
・ 「自分の興味や関心を優先」し、年休の限度20日を過ぎて消化し、何か学校の教員の仕事は第二番目という感じの教員などはいなと思うが、居たらもう教員は辞めたほうが良い。又そういう教員に限って「自分はよくやっている」と思い込んでいる面がある。
・ 自分はよくやっているとかは本人の口から言うものではない。管理者がそして他の人が言うべきもので「自分は出来る。自分は頑張った」などとはどちらか言うと教員文化にはない。ところが私立学校には時々いるのかとびっくりしたものである。
・ 私は異常なくらい気を使う面がある。私の「部屋の匂い」を来訪者に感じて貰いたくないから大体「お香」を焚いてお迎えするようにしている。出勤前は毎日365日朝風呂に入って頭からつま先まで洗う。そしてひげを剃る。
・ 60歳を超えると「加齢臭」を用心しているのである。毎朝下着を替え、体には男性用のローションを軽く振りかけて家を出る。小さい時から「男子家を出れば七人の敵あり」と教えられてきた。何処で倒れても恥ずかしくない下着にしておくように母に言われて育ってきた。
・ だから部屋に入ってくるなり「口から洋服からタバコの臭いを発散」させているような人間は信用できないのである。「口を漱いで入って来い」といいたいのである。「マウスウォッシュ」が売れているのは社会がそのようになって来ているということである。
・ 理事長招待で食事に連れて行ったところ、靴下から猛烈な臭いがするような若い独身の先生は堪らないのである。二度とごめんとなるのである。
・ 「 私は教職員と友人関係になる気はない」。私がリタイアした後は別だ。先生方もそうであろう。それで良い。私がこの学校の教員からスタートして校長になったのであればまだしも、落下傘で降り立った私はこの学校初めての理事長・校長の職位としてスタートした。目的は唯一つ、「学校を変える」ことであった。
・ それも本格的な理事長で、名誉的理事長ではない。朝は6時40分から夕方5時までの「フルタイムの理事長」である。全権限を有した最高経営執行者なのである。どうも本校の教員は今まで校長の存在しか知らなかったみたいであり、理事長という職位を知らなかったみたいである。
・ 最初着任した時多くの教員と面談を理事長室で行ったが「この部屋に入るのは初めて」とよく言われたものである。たまたま私が理事長校長だから何時も接しているがもし校長が別に居れば理事長が直接教員と話をする機会などは多くは無いだろう。
・ 組織論で言えば「兼務職の場合」は上位職で呼称するのが一般的である。生徒は別である。生徒には校長一本である。しかし教職員には「理事長」である。鳩山総理が官房長官兼務としたら鳩山官房長官とはいわない。あくまで総理である。
・ 何が大切かと言っても「礼節・礼儀・マナー」ほど大切なものはない。それは組織や社会が上手く行くための「潤滑剤」である。個人が偉いのではなくてその職位が大変なのである。職位への敬意であろう。
・ 一時期閣議で総理を迎えるのに据わったまま迎える非礼が大きな問題となった。あれ以後テレビで見ていると閣僚は起立をして総理を迎え総理が着席してから据わっている。あのアメリカみたいな国でも大統領に対する国民や役人、マスコミなどの対応は「あるべき対応を心得て」いるのである。
・ その後1年生の学年主任と担任が進路指導部長と打ち揃って入ってきた。某生徒の転科転コースに関するもので、「入室から退室するまでそれは見事な事態の報告と態度」であった。立派であった。私はそれらからその教員の要望を聞き届けてあげたのである。嬉しそうであった。
・ 30前後の若い専任教諭が居る。大学卒業後様々なことをして海外に自主留学したりして数年前に本校に常勤講師として職を求めた。「前歴は教員ではないから給与は大幅に低い」。しかしこの教員を私は観察して「見所がある」と思い専任教諭に採用した。
・ その後この教諭は結婚し、家計も大変だろうと考え、3回にわたり「特別昇給」をし、この4月で22歳の新卒扱いとして昇給してきたと同じ給与になるようにした。私はこの教員の何処を買っているか。「礼儀正しくやることは陰日なた無くしっかりと自分の仕事をする」「要らぬことは言わない」「報・連・相」がなされているなどの「部下としての信頼性」である。
・ 昨日「中学1年生が2回目の多聞尚学館の学習合宿に行く」と教員打ち揃って出発前に挨拶に来た。これは立派であるがこのときに宿泊する女生徒の部屋の「目張り」はどうしたと質問した。答えが無かったので厳しく指導した。
・ これは前回学習していることである。間違って女生徒が寝ている寝室を男子生徒が窓ガラス越しに覗いたりしたらどうすると指導したのである。この日私は16時過ぎに生徒の激励に多聞に出かけたところ、付き添いの女性教員が学校のカーテンを持参して当座の対策を取ってくれていた。このように洩れても「トップの意を受けて直ぐ対応する」ようになったことが嬉しい。
・ 3年経ってようやく「教職員の言動が社会一般と同じように洗練されてきた」と言える。だから逆に「横柄な、不遜な、傲岸な態度をしているような者を見ると腹が無性に立つ」。1回や2回は我慢するがそれも限界がある。例えば、理事長は友達だみたいに振舞ったり、つんのめって踏ん反り返り、ポケットに手を入れて理事長と話をするような者は「言語道断」である。
・ 事務室の事務長補佐などは朝の朝会でも決して事務長が据わるより先には席に着かない。私のほうが席についてから椅子に据わる。「見上げた心がけ」である。又校務員さんはもし靴の底が汚れていたら靴を脱いで私の部屋に入ってくる。
・ それは私の部屋はいつもお客が居たりするから、まして自分が毎日掃除する部屋だから汚さないように注意しているのである。「頭の下がる思い」である。大体理事長・校長を前にして「どのような対応態度であるべきか」など学校の先生に今更教えるようなことでもなかろう。
・ 自分は誰に雇用されているのか、さっぱり理解できていないのではないかと思えるような教員がたまにいるが、「それではまずい」のである。圧倒的に改善されてきたから未だに態度に問題がある教員が居ると「目立って」仕方が無い。
・ 似合いもしないのにひげを生やし居酒屋に飲みに行くようなスタイルで何かといえばすぐ時間給を取ってとにかく学校に居たくないのではと思えるような教員がもし居たら、就業規則違反とは言わないが、「管理者の心象は極めて悪い」。そういうタイプの人間に重要な仕事は任せられない。どの組織でも同じことである。
・ 「自分の興味や関心を優先」し、年休の限度20日を過ぎて消化し、何か学校の教員の仕事は第二番目という感じの教員などはいなと思うが、居たらもう教員は辞めたほうが良い。又そういう教員に限って「自分はよくやっている」と思い込んでいる面がある。
・ 自分はよくやっているとかは本人の口から言うものではない。管理者がそして他の人が言うべきもので「自分は出来る。自分は頑張った」などとはどちらか言うと教員文化にはない。ところが私立学校には時々いるのかとびっくりしたものである。
・ 私は異常なくらい気を使う面がある。私の「部屋の匂い」を来訪者に感じて貰いたくないから大体「お香」を焚いてお迎えするようにしている。出勤前は毎日365日朝風呂に入って頭からつま先まで洗う。そしてひげを剃る。
・ 60歳を超えると「加齢臭」を用心しているのである。毎朝下着を替え、体には男性用のローションを軽く振りかけて家を出る。小さい時から「男子家を出れば七人の敵あり」と教えられてきた。何処で倒れても恥ずかしくない下着にしておくように母に言われて育ってきた。
・ だから部屋に入ってくるなり「口から洋服からタバコの臭いを発散」させているような人間は信用できないのである。「口を漱いで入って来い」といいたいのである。「マウスウォッシュ」が売れているのは社会がそのようになって来ているということである。
・ 理事長招待で食事に連れて行ったところ、靴下から猛烈な臭いがするような若い独身の先生は堪らないのである。二度とごめんとなるのである。
・ 「 私は教職員と友人関係になる気はない」。私がリタイアした後は別だ。先生方もそうであろう。それで良い。私がこの学校の教員からスタートして校長になったのであればまだしも、落下傘で降り立った私はこの学校初めての理事長・校長の職位としてスタートした。目的は唯一つ、「学校を変える」ことであった。
・ それも本格的な理事長で、名誉的理事長ではない。朝は6時40分から夕方5時までの「フルタイムの理事長」である。全権限を有した最高経営執行者なのである。どうも本校の教員は今まで校長の存在しか知らなかったみたいであり、理事長という職位を知らなかったみたいである。
・ 最初着任した時多くの教員と面談を理事長室で行ったが「この部屋に入るのは初めて」とよく言われたものである。たまたま私が理事長校長だから何時も接しているがもし校長が別に居れば理事長が直接教員と話をする機会などは多くは無いだろう。
・ 組織論で言えば「兼務職の場合」は上位職で呼称するのが一般的である。生徒は別である。生徒には校長一本である。しかし教職員には「理事長」である。鳩山総理が官房長官兼務としたら鳩山官房長官とはいわない。あくまで総理である。
・ 何が大切かと言っても「礼節・礼儀・マナー」ほど大切なものはない。それは組織や社会が上手く行くための「潤滑剤」である。個人が偉いのではなくてその職位が大変なのである。職位への敬意であろう。
・ 一時期閣議で総理を迎えるのに据わったまま迎える非礼が大きな問題となった。あれ以後テレビで見ていると閣僚は起立をして総理を迎え総理が着席してから据わっている。あのアメリカみたいな国でも大統領に対する国民や役人、マスコミなどの対応は「あるべき対応を心得て」いるのである。