2010年3月19日金曜日

3月19日(金)学校の資産
















・ 現在来年度の学業や部活動に対する「生徒支援の特別活動費」を集約している。「予算」を最終決定しなければならない。「生徒が元気な学校は良い学校」であり、「学校会計基準」の基本的考えは「営利企業」ではないのだから「利益を残す」ことではない。
・ あくまで「生徒の為の教育活動と教育環境の整備」に大事なお金を使う義務が公益法人すなわち学校法人にあるのである。また教員のための教育研究などにも一定の比率で支出しなければ「教育の質」が保たれないという視点もある。
・ 従って学校に「お金が有り余っている状態」というのは「おかしい」と感じる感覚が必要である。しかしこの感覚は私立高校には難しいところがあって、理事長の「舵取り」は結構難しいのである。
・ その意味は「新たな施設設備の購入資金」である。我々は「私企業」だから公立学校みたいに全額税金を投入して校舎やグラウンドを買って貰える訳ではない。すべて「自前の資金」を用立てなければならない。
・ このため学校会計基準は「基本金」という考え方があってそこのバランスを見ながら「中長期的な資金調達や配分を考えていくことが経営者の最大の責務」であるとしている。学校はトヨタ自動車と違って生産企業ではないから「新しい組み立てライン」は要らないが「生徒を容れる校舎」は要る。
・ 唯一絶対必要なものは「土地と校舎」である。これさえあれば学校は運営出来るのである。ところが土地は未来永劫使えるが校舎はそうは行かない。一般の家庭の家屋と一緒で年とともに「老朽化」していく。
・ 加えて今日本の学校の抱える校舎問題は公立、私立を問わず「耐震強度の問題」であって未だに「細く長く」と地方自治体は政府の支援を受けて実施しているのが現状である。しかし私立高校はそうはいかない。
・ 大体私立高校にとって校舎ほど「差別化」を図って「生徒を呼び寄せる武器」はないのである。常に「魅力ある美しい校舎」こそが私立の私立たる所以であると私は思っている。このように考えれば現在の浪速の校舎はまことに持って「心もとない」。
・ そういう訳で3年前に着任した時に私は「新校舎建設を宣言」した。教職員は当時「半信半疑」というより「夢物語」と受け止めていたみたいだが着々と進行する準備を見て「現実感」も出てきたのだと思う。
・ 今日の浪速は「新校舎建設で一枚岩」になったのである。この目標が無ければここまで学校が纏まらなかったのではないか。今進めている投資はすべてこの「新校舎建設の前哨戦」なのである。今ある土地に建て替えるのだから、余計に難しいのである。そうかといって「新立地」などはそれこそ夢物語になってしまう。

・ 我々は私立だから収入の道は三つ、まず「生徒保護者からの納付金」、国や大阪府からの「公的助成金」、それに「寄付金」である。学校法人が営利事業を営むことは可能であるがこれは税免除などの特典はないし、私の考えは「すべきで無い」ということである。
・ 「二束のわらじ」「二股」などしてもそれは何ら効果を生み出すものではない。学校というのは「甘くは無い」。特に私学はそうである。「生徒が永続的に来てくれる学校作り」というのは「継続的な熱意溢れる努力」から生み出されるもので「片手間」で出来るような生易しい仕事ではない。
・ 「一意専心」の覚悟が必要である。ますます激しい生徒獲得競争の中にあって本校の教育目標である「文武両道」を目指していくために全精力を傾けることが私立学校においては経営者は言うに及ばず、校長以下全教職員のやるべきことである。
・ そうしないと「自分たちの職場を失う」ということである。「職場を失うか、少々の処遇ダウンを我慢す」方が良いのか誰が考えても分かる理屈である。生徒が少なくなったら自分の給料が減るのも止むを得ない措置なのである。生徒が減少したら教職員の数が減少するのは「自然科学の法則」なのである。
・ その学校を会計的に分析する場合、「資産価値」を見ればよい。手持ち現金が減り、銀行借金が増えていても「資産が増えて」おれば理屈は成り立つ。ところが本校は10年以上にわたってこのような投資は全くして来なかったから資産は何も増えていないのである。
・ 逆に減価償却で資産価値は減少し、手持ち現金も無くなって来ていたのである。この意味はどういうことか。「全ては教職員の給料に消えていた」のである。生徒は減少し、資産価値も減少し、手元流動性預金も無くなっていたのが4年前の会計状態であった。
・ 分かり易く言えば「たこの足操業」だったのである。自分の体を食いながら生きていたのである。しかし今は完全に「反転攻勢」の局面に転じた。「すべて教職員の頑張りの結果」である。本校は今「資産が増えつつ」ある。
・ 「多聞尚学館」を作り、そして今「新武道館」そして「堺の校外グラウンド」を作っている。短期間の銀行ローンと手持ち資金で次々と「10年遅れている学校リフレッシュ」を私は気が狂ったように進めているのである。逆に言えばこれが出来るような「体力」が付いてきたということである
・ 「遅れを取り戻すべく私は必死」なのである。近隣のライバル校は素晴らしい新校舎を有して攻めてきている。正直言って「一刻の猶予も無い」のである。・ 瀕死の重傷であったが本校は間違いなく「急回復」してきた。二度と過去のような病気にかかってはいけない。その要諦は「生徒に向き合うこと」「生徒の面倒を見ること」に尽きる。何回も何回も言ってきたが「目の前の生徒に素晴らしい教育を展開」することは何事にも変えがたい「広報宣伝」なのである。
・ 多くの生徒に入学いただいて保護者から適切な授業料を頂く。そしてそれを適切に分配しながら基本は「教育ならびに教育研究・教育環境の充実」にまず回し、その後「公立そして他の私立の教職員処遇を横にらみ」しながら「生活の糧」を得ていくのである。
・ 私は昨日の「成績判定会議」の後での「職員会議」において時間を取って私の思いを教職員に伝えたのである。「月が替われば新武道館の工事が着工」され、「堺のグラウンドは5月末完成」で着々と進んでいる。「先生方、共に喜ぼうではないか!」。6月には堺グラウンド完成パーティを大々的にやるぞ!