2009年9月8日火曜日

9月8日(火)平松市長


・ 「こういうパーティには記者は来られない筈だから今の知事の発言など明日の新聞記事にはならないだろうなー」と一緒に出席した理事長職務代理が言うので「記者はどこかに来ていますよ。知事と市長が出席されているのだから、この時期来ないわけがないですよ」と私は答えた。
「案の上」今朝の新聞各紙は昨夜の知事、市長がご出席されたパーティでの発言をある程度詳しく紹介していた。そのパーティとは「大阪府議会議長就任祝賀の集い」で総勢618名と言うから確かに中ノ島にあるリーガロイヤルホテル3階光琳の間が満杯状態であった。
・ 新しく「府議会議長に就任された朝倉秀実先生」は個人的にも長いお付き合いをさせていただいており、「先生が住友電工ご出身、私が住友金属出身」ということもあって何か「親近感」を感じて8年前に大阪府最初の民間人校長に就任したときからの関係がある。
・ 又本校名誉理事長である大阪天満宮宮司、道明寺天満宮宮司もかねてから朝倉先生とはご厚誼があり、このような関係からと3人がこのパーティにお招きを受けたのである。
・ 私は今回の国政選挙であのような「惨敗」ともいえる結果に終わった自民公明与党バックの橋下知事と、民主党バックの、言ってみれば「日の出の勢い」とも言える平松市長の行政両トップが「どのような雰囲気」であるのか大変に興味があったのである。
・ 席はメインテーブルの一つで何時も我々3人はこういう時には並んで同じテーブルなのであるが、今日は「平松邦夫市長と同席」という配置であった。私の丁度真向かいに市長がおすわりになっていたのである。
・ 朝倉秀実後援会長の皮切りの挨拶の次に「橋下知事の登場」である。理事長職務代理は「替えズボン姿にポロシャツ風で茶色の靴」というくだけた雰囲気のスタイルに「ウーン、お祝いの席なのになー」と言われるがこれが「橋下流ですよ」と私は受け答えをした。
・ これに対して平松市長は次期総理と言われる民主党の鳩山代表と東京でお会いになったトンボ帰りだと思うが、何時もながら「隙の無い」お姿であった。縞シャツもネクタイも靴も決まっており一言で言えば「格好良い」のである。大体「男前」だ。
・ 知事の挨拶は冒頭静かに上海に共に出張した朝倉議長との思い出話から入り、徐々に気合を入れて「府庁のWTC移転」問題を切り出す。言われていることは従来の主張の線であるがますます最近の東アジアソウル、上海出張での見聞をベースに「トーンというかテンション」が上がっていた。
・ 知事のお話の中で「都市経営」と言う言葉を始めて使われたがこれは分かりやすかったが、例によって「大阪関西を日本から独立させるような大きな話を議会でやりたい」と9月府議会を完全に意識した「ぶち上げ発言」のオンパレードで傍で聞いている自民党朝倉議長も「苦笑い」である。今日は府会議員全員のご参列と聞いた。
・ この後元関経連会長で住友電工社長会長であった川上哲郎氏が挨拶に立つのだが「静かな語り口」で1990年以降の「日本の精神風土の荒廃」を嘆き今必要なことは地に立った施策であると何か私には「親が子を諭すようなもの」に感じた。
・ 橋下知事の熱気に冷水をぶっ掛けると言うのではないが言外に「一挙に東アジアで勝ち抜くばかりの話ではなかろう,他にやることもあるだろう」と受けとめられないことはない。
・ 「アジテーション」に近い「知事の熱気」と川上氏の「冷静さ」が際立っただけに会場は一種独特の雰囲気をかもし出してくる。議長就任祝賀会の雰囲気ではなくて府会本会議場での知事の基調演説をさらりと交わしたといったところだ。
・ 続いて議長の謝辞があった。何時もながらの「誠実そのもの」の控えめな気配りのあるご挨拶であった。その後当ホテルの総料理長による本日の「メニュー紹介」となる。これが式次第に書いて入っているのは少し驚いたが、最近はシェフが料理内容を説明するのが「当世流」で流行ってきている。これも「説明責任」の一つか。
・ そして本日の真打ち「平松市長」の登場である。地方行政だから自民、民主の政党の枠組みはあまり関係ないとは言っても「民主党の支援で当選した市長」である。今日は圧倒的に多い野党自民党の府会市会の議員諸侯の中で、又先の衆議院選挙で落選した国会議員も来られている中で「孤軍」というような形での参列であった。
・ しかし市長は「ニコニコ」されている。私にはあの「笑顔」がどうしても出来ない。この方は肩に力が入っているのを外に見せない「自然体が出来る」お人なのである。東京で次期総理と言われるトップに例え10分と言えども会うことが出来、盟友が新内閣の官房長官に就任するということがあったからか、私には「市長の余裕」みたいなものを感じたのである。
・ 市長は「とり」を務めて乾杯の音頭を取るのだがご挨拶は極めて分かりやすく声にも張りがあって間違いなくこの日の参列者の中で「存在感」を示しておられたのである。
  従来から府庁移転問題に関しては市長の「本気度」を疑われていたことと無関係ではあるまいがここまではっきりと橋下知事に「エール」を送る市長は極めて「頼もしく」写ったのである。「主客交代」と言ったところだ。
・ 橋下知事もさすがに驚いたと見えて「良くぞおっしゃって頂いた」「良くぞ踏み込んでいただいた」と感謝の言葉を漏らしているが会場に流れる自民党の議員諸侯の冷たい視線は肌で感じたと見えて「完全にアウェーでした」と後で表現している。
・ 市長はテーブルにおける私との会話でも就任後1年半「隠忍自重と見定め」で来たが今ようやく「発信できる環境と経験」が付与されたみたいなことを申されていた。確かにここ最近の市長のご発言は「力強い」ものがある。
・ 私は話しながらこのお方は「“おしん”みたいな我慢の人」だということとこれは橋下知事にも感じるのだが一種の「さわやかさ」というものをお持ちであると感じた。又それに加えて知事の「武闘派」に比べて先天的な「和平派」である。
・ 平松市長に風が吹き始めた。「風車 風の吹くまでの昼寝かな」ではないがいささか落日気味の知事に比べ、「高揚感」を抑えながらも「平松カラー」が徐々に出始めてきたのではないか。
・ そして市長は懇談の最後のほうで「ところで木村先生、ブログ読んでますよ。」と言われたのはさすがにビックリ仰天「ギョッ」としたのである。橋下知事との対比で必ずしも市長を好意的にとどめた記憶が無いだけに「エーッ、」と言う感じである。失礼があればお詫びしなければならない。
・ それにしても自民党の議員諸侯はお元気が無かった。お隣の滋賀県ではすでに自民党が割れ始めたと新聞にはある。中央の自民党本部は恐らく再生出来ないだろうから大阪府政も市政も「府庁移転問題で再編騒動に発展」する可能性が無いとはいえない。
・ 「私は府庁移転に大賛成」である。こんなことは当たり前の話でぐちゃぐちゃ議論しても無駄である。移転を前提として「新たな大阪都市設計と浪速文化」を打ち立てる「千歳一隅のチャンス」である。今こそ「自民党が党再生の切り札」として「イニシアチブを取って欲しい」と思うのだ。私は左右に据わっている友人でもある市会自民党の高野幹事長と前市会議長の多賀谷先生に申し上げた。自民再生の切り札は「保守政党の原点に回帰」することしかない。世界の政治の潮流は「右にスタンスを置きながらの左翼的手法」であるが、西欧ではどれも破綻している。民主党の先行きも平穏ではないはずだ。「ニューライト自民党」の為には府庁移転しかないと思うのである。