2007年7月31日火曜日

7月31日(火)新人事制度

1. 海外組が帰国。アメフト部と顧問先生ががアメリカから、カナダホームステイ一団も元気に戻ってきてくれた。海外はとにかく「テロとの遭遇」が怖い。校長として一安心、これで夏休みに入れる。
2.新人事制度
 ・日本総研の主任研究員と「新人事制度構築」でディスカッション。教員ヒヤリングの結果について詳細報告あり。管理職2名、ベテラン4名、中堅5名、若手4名、女性2名の計17名は私が指定し、層的にバランスをとったヒヤリングであったが、「評価制度」について総じて否定的な意見を述べる者はいなく、今後の詳細検討で有効な多くの観点を得たとシンクタンクの研究員は言う。本校教員の見識を示している。嬉しい限りだ。あるベテラン女性職員が「私にヒヤリングしないのはけしからん」と言って本日自ら意見を述べてくれるそうだ。従って最終的には18名になる。この職員は立派である。新人事制度は教職員が元気を出し「生徒のため、学校のため」に一生懸命働くことが、学校の存続と経営の安定に繋がり、そのことが結果として教職員の生活の安心・安定になることが目的である。心して進めて参りたい。
・ 現在進めている「短期経営安定計画」は3年間、即ち19年度から21年度までとしており、その次の経営計画は「中期経営計画」となろう。中身の中軸は先行して20年度から助走して導入したいと考えている「新人事制度の導入」である。計画期間は22年から平成25年までの4年間、この年は創立90周年となり大きな節目となる。今、私の頭の中には「新校舎建設」が徐々に膨れあがって来ている。近隣諸学校に比べて遅れた分、良い新校舎を早く具体化したいと思うばかりだ。夜中、目が覚めて頭が冴え渡る時もある。地下1階、地上6階くらいのIT武装化した「シティ・スクール」を謳い、屋上からは市内、泉州地域が一望でき、6階には生徒の食堂やカフェテラスを設け、教職員と生徒との懇談室なども設けたい。職員室の机も今のような小さいものではなく、少し大きいものを用意し、左・右・前の机との間には間仕切りの衝立を付けてやりたい。夢は広がるばかりだ。果たしてここまで自分の体力・気力が持つか?しかしここまでは自分の仕事という気もする!本校にとって最大・最重要なプロジェクトになることは間違いない。全教職員の理解と協力を得て推進すべきテーマでもある。
4. 明日から2日間の予定で京都出張。理数科、特進文科Ⅰ類を主体の4泊5日のサマースクールの開校式に出席し激を飛ばす予定。終業式から31日まで学校で70分3こまの特別講習を本日で終え、引き続いて場所を府外に移し、環境、雰囲気を変えて行う宿泊の学習合宿だ。本校の教員は「よーやる。」高く評価したい。この目で実践を観察するつもりだ。

2007年7月29日日曜日

7月29日(日)準決勝で敗退、ベスト4に

1.堺市に住む副校長をお送りがてら「残念昼食会」の名目で本校アルバム作成K写真館の社長の運転する車で社長と副校長を「なかもず」のK回転寿司にご招待。時刻は13時過ぎ。僕も日ごろに比べて食が進まず10皿、副校長は6皿、社長は7皿、それも僕が取ってあげてのことで、社長は最後の1皿の半分を副校長と分けていたから二人は平均6.5皿。これって絶対少ないよ。大の男が6皿くらいなんて信じられない。社長の体重は52K,副校長は58Kというから体重も少ないけれど最低10皿はいける筈。僕なんか、通常,15皿はいける。やっぱり落胆か。しかしK寿司は今一つ、難波のG寿司の方がネタは良い。最も帰りの支払に驚いたが1皿105円というからまあ中身はあんなものか?本日は締めて3人で2415円の格安の昼食で済んだが食後の満足感はない。
2.対金光大阪戦、地力の差である。ピッチャーも打撃力も残念ながら相手が上を認めざるを得ない。浪速後攻、ヒットは1本、これに対して金光11本、得点は5回、7回に1点づつ、9回の表に3点入れられ結果は5対0の完敗となった。浪速は2回裏の攻撃、得点チャンスをスクイズ失敗で潰したのが痛かった。ここで先取点でも入っておれば違った展開になったろうに。それにしても金光、よく打つわ。ポンポン外野に打球が行く。浪速はよく守ったと思う。辻田もよく投げた。立派である
3.大体相手は体が大きい。見ていて全然違うな。でも本校の生徒は体は小さくとも贔屓目にも劣らず賢そうに見えた。私の目にはユニフォーム姿は浪速のほうが色彩もよく高価に見えたな。生徒はよく頑張ってくれた。出口に待ち監督と全員に慰労の言葉、山ほどいる保護者、同窓会に応援のお礼言上。府内190校の中でベスト4は十数年ぶりの快挙。結果に不満はない。試合中に朝日新聞の記者が取材に、「今日勝てば明日の動員とか学校紹介とか校長へのテレビインタビューの事前打ち合わせ」これは完全に吹っ飛びました。球場を後にする。
4.昼食後14時過ぎ学校に到着。早速野球部顧問会議。来年度の体制を決定。O監督に続投を依頼し受諾して頂いた。併せて指導部の体制を強化し来年度につなげることにした。文武両道の学校、シンボルとして来年もドラマを見せて欲しいと願う。
5.15時30分天王寺帰宅。コウナンに行き腰の高い椅子を求める。腰痛対策。姿勢の矯正のため。何事も姿勢が大切。今日の一言でした。夕食はカレーを作ることにした。

2007年7月28日土曜日

7月28日(土)大阪大会ベスト4へ

硬式野球部ベスト4
・遂に6回戦目も勝利し大阪府ベスト4へ。数年ぶりの成績である。
・勝負が決まったあと、副校長に電話し、若し明日の金光大阪との準決勝に勝てば決勝戦に進出。夏の大会では初めてのことであり、全校生徒を決勝戦の応援に繰り出す段取りを指示。明日は日曜日であり連絡が取れないので30日月曜日に[講習]に出てきている生徒を動員して舞洲球場に学校として応援団を出すことを決定した。
・ただ問題は学校からの脚であり、するっと関西のカードを大量購入して生徒に渡すよう話をするも、副校長から後刻電話があり、「明日の対戦相手金光大阪が手配しているバスが段取りデキマシタ!」と弾んだ声。世の中上手くいってるなという感じ。金光大阪は明日以降も勝ちを予測してバスを予約しているとのこと・・・???で、万一本校に敗れれば浪速にバスを回せばよいわと。「なるほど」と私は感心した。
・胃の痛くなるような試合展開、先行の浪速は2回表に3点先取。ところがその後流れは完全に「旭」にあり、1点、又1点と追い上げられる。チームも応援団も何か元気がない。完全にプレッシャーに負けており、旭の方が元気で応援の声援も大きい。どちらが勝っているか分からないような雰囲気。旭は負けて元々、のびのびと振り切って長打も出る。エースナンバー1番の3年生中井は遂に7回の裏2点目を取られ、2年生辻田にスイッチ。辻田、その後の3回、要所を抑え反撃をなんとか絶ち1点差を守りきる。ようやく9回の裏が終えたという感じで、前述したように胃の痛くなるような展開であった。
・しかし勝ちは勝ち。僕は本当に運の良い人間だ。まさか野球まで勢いに乗るとは。嬉しい限りだ。神に仏に素直に感謝申し上げている。明日は10時舞洲球場、強豪金光大阪、若しこれに勝てば30日の決勝戦は中田を擁する大阪桐蔭か。これはすごいことです。大変な出来事です。球場から出てくる監督と選手を出迎えがっちりと握手。「有難う。よく頑張ってくれた。」明日のことはもう言わない。そのほうが良いと思ったからである。
・しかし万博記念公園スタジアム、遠いワ。モノレールを降りても随分と歩かねばならない。スコアボードにはヒット数など掲示されないし、大体内野や外野は芝生や砂地で座る場所がない球場だ。これには驚いた。
・応援の為に麦原帽子を校務員さんが段取りしてくれたが、この炎暑の中、大変助かった。今日の言葉夏の野球応援には麦原帽子が一番。

2007年7月26日木曜日

7月26日(木)大阪府警察学校卒業式

1.大阪府警察学校卒業式
・本日は前からのお約束である大阪府警察学校(ポリスアカデミー)の卒業式に来賓として出席。場所は交野市にあり最寄りの駅は学研都市線「津田駅」である。公務員である警察官の卒業式に民間私立学校長の私が出席できるのは大変名誉であり、大阪府警の進歩性を示していないか!大いに期待して式に臨む。
・感動・感激の式であった。陳腐な言葉では言い表せないくらい「凛とした、間違いなく努力をした人間のみに許される独特の香気を質的に揃った人間集団が醸し出す一こまの劇舞台」であった。式の中で警察幹部、学校関係者が使われる言葉は「教育」ではない、「教育訓練」である。目の前にいる生徒を見たとき、いかに人間にとって訓練が重要かを示している。企業社会の人材育成も訓練である。同じ事を繰り返し、繰り返し体に覚えさせることが全てを醸成していくのだ。頭で考えるとか個性を尊重するとかは基礎基本の体得と努力、努力の精神力を培った後に初めて使える言葉である。改めて我が意を得たりであった。
・府警本部長、学校長始め居並ぶ警察幹部、公安委員会、代表の警察署長、交通安全協会長などに混じって来賓席に座りながら目の前にいる警察官の出来たてのほやほやの「巡査」の行動様式と誇り溢れる顔の中に本校の卒業生が2名いる。さらに3名在学中とのこと。今後本校の生徒には「彼らに続け」と言わねばならない。団塊の大量退職で警察官も質の良い人材を求めており、大学進学ばかりが人生の生き方とは限らない。社会の一隅で大阪府の治安を守り、府民の生命と財産を守る仕事ほどやりがいのある仕事はあるまい。
・式終了後グラウンドで「本部長視閲」という団体装備訓練や歩行訓練を見させてもらうべく同伴させて頂いたがこれまた素晴らしいものであった。その後昼食をごちそうになり多くの警察学校警察官の敬礼の中をくぐり抜け学校を後にした。一つの完成されたキャリア教育の形を見た満足感で一杯であった。
2.硬式野球
・帰りの道すがら副校長から電話が入る。3対0で春日丘を下したとのこと。これで大阪府ベスト8である。「すごいことになった。」「これは大変なことになってきた。」
・午後3時過ぎ校長室に部顧問が飛び込んでくる。準々決勝は28日12時10分、万博球場で興国と旭の勝者と当たると。選抜大会で過去2回甲子園にコマを進めたこの野球部の顧問の顔は紅潮し「こんなくじ運は初めてですよ。」と。私も些か興奮し「えーい!この際、桐蔭を倒して甲子園に行こう」と気合いを入れる。
3.某私学の大学合格者数水増し(マスコミの言葉)事件とその後
某大手新聞社及び府の私学課から府内私立高校全てを対象にアンケート調査依頼が来ていた。それよりも硬式野球の事が頭から離れない。もし「甲子園」に行くような事にでもなれば「どうなるのだろ?」「校長は何をするべきか?」まったく想像がつかない。今、頭を整理しつつある。寄付金をどうやって集めるか?これが校長のテーマであろうが、どれくらいお金が必要なのか?さっぱり想像もつかない。これは困った。

2007年7月25日水曜日

7月25日(水)天神祭

天神祭り
1.大阪天満宮の寺井種伯宮司は大阪府神社庁長で東京神社本庁の役員である。本校の実質的経営母体の財団法人大阪国学院の理事長でもある。その関係から本学院学校法人大阪国学院の有力理事である。社家の系図を見ると初代寺井種明宮司から現宮司まで17代を数え、大阪を代表するお顔のお一人である。このお方から正式な浪速勤務のお誘いを受けたのが昨年12月、このようなご縁から学校法人大阪国学院の名誉理事長を私から強くお願いし、お引き受け頂いた。以来物心両面のご支援を頂いている本校にとってとても大切なお方である。 自分としてはこのお方のご期待にお応えしなければならない義務があるのである。
2.今日25日は日本三大祭りの一つ「天神祭」の本宮祭。千年の歴史を誇る水と光の祭典であり、浪速の夏の風物詩である。こういう場合「大阪の夏」とは言えないわなー。「浪速の夏」の方が良い。ご神霊を乗せた御鳳車船を始め100隻を超える船渡御の供奉船の船団が道真公のお誕生日を祝うという。20時頃には大川で5000発の花火が打ち上げられ夜空を華麗に彩るというお祭りの内容である。
3.昔小学校か中学校、もう忘れてしまったけれど、大阪の祖父に連れられて橋に上で見た、かすかに記憶に残るお祭りである。このたび宮司よりご招待を頂き、別火船というご神霊に最も近いお船に乗せていただくことになった。招待券は2枚あり、浴衣姿の妙齢なる婦人同伴ともいかず、無粋とは知りながら事務長を連れて乗船したのが18時。野暮な男、二人組の屋形船乗り組みであった。
宮司は御鳳車船でお祭りをご斎行せねばならず、宮司令夫人がホステス役で招待客を歓待してくれた。夕食、飲み物のサービスがある。
4.行き交う供奉船は「打ちましょう」の掛け声で始まる「大阪じめ」で祭りを、いやがおうにも盛り上げる。各種団体、企業、マスコミ、地元商店街、文楽船、天満天神繁盛亭のお船もあった。即ち講といわれる仲間内のお船である。今年は天神祭も国際的となり「タイ国」が一艘しつらえている。色とりどりの衣装に身を固め、歌舞音曲と花火の音がハーモニーとなって大川の周辺にこだました。船から見る両サイドの岸辺は人、人、人である。100万人の人出というから、今日お船に乗っているのは一隻50人として5000人か?確かにお船に乗れるのはプラチナチケットかも知れない。
5.神社奉仕で本校の生徒も今この雑踏の中で60人が汗を流して頑張ってくれている。付き添いの教員は本校でも有名な先生である。お年は自分と近いが私よりもまだ若く感じる先生だ。雰囲気だけですぐ分かるのだが今どこにたっておられるのか?無性に生徒と先生がいとおしくなってくる。学問の神様、菅原道真公天神様、どうか浪速の生徒と教職員にご加護とご神徳を与え給え。

2007年7月24日火曜日

7月24日(火)野球応援

1. 伊勢での3日間は結構体に応えている。昨日はそうでもなかったが、一夜明けると体に応えているのが分かる。それでも忙しい一日になった。
2. 留守中の案件を副校長から聞き諸件の調整を図る。夏休みであるが仕事は多い。
3.インタビュー
・ 塾J誌  10時30分
・ 教育J社 15時30分
着任後初めて受ける教育関係者のインタビュー受け
私の経歴はすでに十分調べ上げており、興味は当然、「公立と私立の教員の差異について」である。どのようにコメントしたかは此処では書かないが、今後まだまだ出てくるものと考えられる。いずれ明確に整理し論述する必要があるとは思っているが、まだ早い。もう少し観察と考察の時間が要る。
4.今日のメインは硬式野球の応援
・12時30分舞州のスタジアム 対 阪南大高校戦 結果 1対0で勝利
・ 少ないチャンスをものにして1回裏の攻撃で1点先取。これを守りきって辛勝。2年生ピッチャー辻田の下手投げが冴え、要所を押さえる。守備陣も2回のエラーはあったが再三のピンチをゲッツーで守りきり、ヒット2本で1点。対して相手のヒット数は6本で再三のチャンスを潰す。相手監督の作戦も今一つ平凡と見えた。こういう試合と勝利もあるのだという典型的な高校野球。これで4回戦突破。次は明後日公立の春日丘戦。これも「勝てるだろう」と思っているが、残念ながら自分は応援には行けない。大阪府警本部の警察学校の卒業式に来賓として出席せねばならない。頑張って欲しい。
・ 偶然オリックスのルーキー大引選手が母校応援に来てくれており挨拶に来てくれた。良い顔をしていたなー。スター要素を有する立派なプロ野球選手だということが一目見て分かった。野球部員の保護者、ほとんどがお母さんであるが大引選手をうっとりした顔で見ていた。ツウーショトを撮る。この写真使っても良いのかなと周辺に聞いたら、「ユニホームを着ていないから大丈夫ですよ」と。ハンチングを被っていました。格好良かったです。後援会を作ってやらねばならないなとふと思った。
・それにしても学校長の印の名札を付け高校野球を、それも自分の学校の応援に来れるなど想像さえしていなかったが、公立高校に引き続いて、校長の身分で又観戦できるとは・・・。それも甲子園に出場した強豪と言われる学校の校長として。この気持ちは住金の連中には味わえないわなー。

2007年7月23日月曜日

7月23日(月)浪速第一の行事「伊勢修養学舎」

浪速第一の行事と位置づける・・・伊勢修養学舎
1.宇治山田駅16時28分発の上本町行き近鉄特急に乗る。第1班を13時に神宮会館前で見送り、14時40分新たに到着した第2班の開講式で挨拶、その後校長の一こま50分授業「浪速生への期待」を済ませ、伊勢市を後にする。「伊勢神宮」にこもりきり、浸りきった3日間であった。
2.今後この「伊勢修養学舎」を本校第一の学校行事と位置づける。修学旅行とか体育祭とか文化祭とかの行事と比べべくもない。問題にならないくらい大切な行事であることを自らの完全体験で確信した。今回で54回になるがこの行事を残してくれた54年間の先達に心から感謝する。勿論今日風に変えても良い部分はあるが問題はその精神である。まさに不易と流行のテーマである。決してこの行事はなくさない。むしろレベルアップさせていくことを決意した。
3.生徒には難業苦行で難しい部分もあったかも知れないが将来彼らが職を持ち、家庭を保ち、人生を生き抜いていく中で「必ず思い起こす体験」になることは間違いない。このことこそが重要である。北海道や沖縄に飛行機で飛び、海や野原での体験学習も意味ないことではないが、この「お伊勢参り」で感じる日本文化の原点、古事記、日本書紀に記述される歴史観から今日を体系的に捉えることのできる神社神道、伊勢神道の教えの中から現代人が忘れてはならない「浄明正直」の精神が実は本校の校訓そのままであり、この精神の踏襲こそ、本校教育の道であるという確信を得たことが自分には大きすぎる成果であった。
4.浪速を選択してくれた生徒は「運が良い。なぜならこのような立派な学校行事を有している学校」だからである。今後保護者にもその意義を伝えて参りたい。今回評価すべき他の点は教職員が見事に対応してくれていることをこの目で確認できたからである。間違いなく公立の教員には出来ない業である。この半年間、じっくりと観察してきたが私学と公立の教員の幅の差を今回完全に認識した。いずれこのテーマは論文にしなければならない。
5.思えば昨年の今頃はアメリカから帰国し、思い立って「四国88ヶ所巡拝・・魂の旅」の準備をしていた。その自分が仏教とはまったく別次元の神道系の学校の責任者になり、伊勢の内宮、外宮、他すべてのお社に3日間参拝し、五十鈴川で禊を連日行い得たことで自分自身の研修がなされたと考えている。生徒の行事だけではなくて実は自分自身の最出発のための行事であったのだ。「神も仏も有難きかな」である。
6.実に満ち足りた気持ちの電車の2時間であった。前任校に赴任する前一時期居住していた住友金属の管理職寮がある山本駅を過ぎ、多くの生徒を数えた八尾駅を抜け電車は4年間通った鶴橋駅に停車。降りることなく終点上本町に到着。高安も山本も八尾も鶴橋もすべて素通りの駅になった。完全に住友金属からも府立高校旧5学区およびそのトップ高の地理的関係からも決別した瞬間であった伊勢からの戻りの道筋は実は自分にとって新たな出発の産道であったのだ

2007年7月20日金曜日

7月20日(金)1学期終業式

1. 終業式
・ 1学期の終業式。何時も感じるがこの日は生徒も先生も良い顔をしている。内心「ホッ」としているのであろう。生徒には様々なことを伝達し指導した。
・ 特に今回のハイライトは学院神社の前にて新たに定めた「神社拝詞の奉唱」浪速生活の綱領」を全生徒で読み上げたことだ。監修でお世話になった道明寺天満宮の南坊城宮司にもご出席頂き、観察ご指導を頂いた。「最初にしては良い出来でした。」とお誉めを頂き、新しい浪速の神道教育(徳育教育と捉えている)の歴史が本日スタートしたことになる。
・ その後3年生だけ中庭に残り校長、担任を囲んで卒業アルバムの記念撮影。しかしどことなく3年生は物静か・・。「分かるなー、この気持ち!」最後の夏休み、大学受験、段々と近づく卒業、恐らく夏休みといっても3年生には嬉しくはないだろうな。それに比べ1,2年生の嬉しそうな顔といったら・・。
2. 職員会議
・ 理事長・校長として「1月以来の経営的総括」「4月以来の校務運営の総括」を行い、「成果と課題」を明らかにした。教職員に対し厳しく指導する点は具体例を挙げて言及した。そして最後に心から「理解し頑張ってくれた。有り難う。」と感謝を申し述べた。本当に正直な8ヶ月をかけて得た自分の所感である。
・ 併せて忙しいだろうけども時間を作って「長期リフレッシュ休暇」・・・本年度から制度化した本校独自の制度で、8月7日から18日までを完全休校日にしたものである。・・・を活用して2学期以降の英気を養って欲しいと申し添えた。
・ この長期リフレッシュ休暇の意味は大きいと考えている。元来夏休みは生徒の夏休みで先生の休みではない。勤務日である。ところが本校では実態として先生の中には生徒と同じように夏休みを取っておられる事例もあった。しかし伊勢修養学舎、京都でのサマー宿泊学習合宿、入試問題作成、本年からお盆明けに始まる3年生授業など教職員の夏場負担を勘案し休養期間を制度的に定めた正規の休暇日が長期リフレッシュ休暇である。教員は胸を張って堂々と休んで欲しい。
3.各学年主任より生徒の1学期成績の報告
 ・3年生学年主任から「3年になって学業成績が伸びてる生徒が増えてますね。」との嬉しい報告・・それにくらべ2年生、1年生はもっと頑張らさせなければ、、、。ため息がでる。
4.明日より始まる「伊勢修養学舎」の最終打ち合わせ  23日まで伊勢神宮会館に宿泊
5.8月25日 天皇皇后両陛下の長居世界陸上「行幸啓」の奉迎参加の最終調整
 ・ 生徒、保護者に奉迎行事協力依頼文

2007年7月14日土曜日

7月14日(土)業務メモ

1.部活動その1
・部活動については色々と言いたいことがある。とても2回や3回で書き尽くせるものではない。従って「その1」とした。
・ とにかく本校は部活動、特に運動クラブの活動が素晴らしいし、活性化している。ただその力は全国レベルと地方予選レベルとの二つに分かれる。今後一つ一つ論評していきたい。
・ 私は部活動を支援する。当然のことだがイメージとして「進学シフト」に偏ると思われていないか、その懸念があるので余計に「部活動支援」をことあるごとに言っている。当たり前のことだ。個人としては「文武両道」学校としては「文武両立」が基本である。余りにも進学シフトから離れていたので今集中して「進学シフトの整備」をしているところであるが、1月着任以来部活動支援は積極的に対応してきた。これは具体的にはどれだけ「金銭的支援」、「教員の勤務への配慮」をしたかであろう。
・ それにしても先生方は「これほどまでに部活動に熱心なのであろうか?」前任の公立トップ校でもそうだった。配転希望覧には一言「・・・部のあるところ」と書いているのだ。教科指導力の高い素晴らしい先生でもこうだ。私の感じる学校七不思議の一つだ。休みなどなくても平気で家庭は大いに迷惑を被っているだろう。前術した公立の先生はある日帰ったら「ベッドの上に・・・ボールが一個」置いてあって、奥様は実家に帰る旨の置き手紙があったそうだ。この話はまだ続く。なんと、その先生は手紙をそのままに放置して「合宿」に出かけたそうだ。結局諦めて奥さんは後日自宅に戻ったという。奥様から直接聞いた話だから間違いはあるまい。
・ 本校でも部活動に熱心な先生は多くいらっしゃるが、部活動顧問先生の顔を見る度に何時も前述の話を思い出す。体育の先生はこれが専門だから分からないでもないが、他教科例えば数学や英語の先生が教科指導以上に部活動に熱心?というのが私には若干理解を超えて面白いのだ。部活動指導はどうも麻薬みたいなもので一度快感に浸れば抜け出せない危険性があるのではないか?素直に言うことを聞く生徒、自衛隊的な行動規範、勝負の勝ち負けの快感、確かに面白そうだ。もし自分も高校の先生になっていたら恐らく「水泳部の顧問」で明け暮れていたかも知れない。副校長先生は何時も私に言う。「運動クラブは先生、要注意!、限界を時に超える恐れがありますから」と。言い得て妙である。
2.硬式野球府予選   本日雨の為、18日に順延、 グラウンドに出て部員を激励  
3.PTA広報委員会12名の役員との懇談会 
PTA機関誌「奈迩和」の校長インタビューを兼ね、昼食会。
4.野球の応援に行けなくなったので午後書道  “浪速”の字は大分上手く書けるようになったが“国学院”の国の字が難しい。色々トライしたが結局「楷書体」とした。

2007年7月13日金曜日

7月13日(金)その2 「伊勢修養学舎」

伊勢修養学舎
1.本校には他校にない独特の言葉が多くある。先にブログに書いたが「神社奉仕」というのもあった。「春季例祭」「秋季例祭」「奉告祭」などもある。これらの中で異彩を放っているのがこの「伊勢修養学舎」である。これも着任当時は何のことかさっぱり分からなかった。
2.本校の学院神社は伊勢神宮のご祭神と同じであり学院神社の真東に神宮がある。学院神社にお詣りすることは自動的に「伊勢神宮に遙拝」していることになるのだ。即ち一年に一回本家本元の大神宮(伊勢神宮のこと)に学校として参拝する行事が「伊勢修養学舎」である。
3. 要は新入生を迎えて1学期終了直後、全員を伊勢神宮に連れて行くというものだ。神宮会館を宿舎として3日間続く。小さな修学旅行である。内容がすごい。内宮、外宮参拝は当然として聖俗界を分けるという宇治橋の下を流れる清流「五十鈴川での禊ぎ」というのがある。朝早く生徒全員水着姿で聖なる川にて禊ぎをしてから内宮にお詣りするのだ。ネットの五十鈴川を検索すると本校のこの禊ぎが記述されているくらいもう有名になっている。その他神楽奉納、風日祈宮・荒祭宮・猿田彦神社参拝、夜は夜で神社拝詞の講義や書写がある。スケジュールは過密でさえある。
4.共学にしてから女生徒への対応に困っているらしく、女生徒には五十鈴川の禊ぎはないとのことだが、私は「工夫して、考えて欲しい。」と言っている。女生徒には別途着物の着付け、礼儀作法というのがあって、これは男性教員には出来ないので大阪の神社の女性宮司や女性禰宜さんに頼んでいる。今年は女生徒も増え、4人の方にお願いした。
5. 神社神道の精神を建学の源としている学校だけあって伊勢神宮司庁の有り難いご配慮があり、通常入れない「御垣内」という内部まで入れる。今年は7月21日近鉄上本町から全員電車で出発、私も3日間、フルアテンドし、五十鈴川にて禊ぎをするつもりだ。けがれを取り除かなければならない。
6.周年誌などを読むと多くの卒業生が強く印象に残っている行事であり、私もこの行事は大切にしたい。それにしても学年主任をはじめ教職員がよく対応してくれている。有り難い事だし本校教員の見識の高さを示している。実は組合教員を中心にして天皇家に繋がる伊勢神宮の参拝には何かあるのかと想像し、場合によっては、「一戦覚悟」と思っていたが、それはなさそうだ。内心の自由は認めるがこれは学校行事だ。回数も既に50回を超え、若い教員がとやかく言う話ではない。彼らが生まれる前からやっていることだ。これは建学の精神そのものである。
7.尚 今年から中学生は中止とし高校1年生で外部入学生と同時に行うこととした。その代わり中学生には同時期に「学習合宿」として宿泊学習を行事に入れた。2回も行かなくて良い。浪速中学から他の高校に行く子どもには機会が無いではないかという意見には賛同できない。浪速高校を捨てて他の高校に進学する浪速中学生を我々は想定していない。

7月13日(金)業務メモ

1.10時 同じ住吉区にあるS大社 M宮司を表敬訪問
 ・本学の理事会「相談役」をお引き受け頂き、ご挨拶に参上。何時もながらお元気でご高齢にもかかわらず体全体からパワーが溢れておられる。尊敬してやまない先達である。二人が話し始めると話が途切れることはない。宮司であり、大学教授、、研究者、又恐るべき経営者でもあられる。良い方を浪速の相談役にお迎えできた。あらゆる面で本校の為になる方である。
2. 中学校訪問
 ・大阪市立阿倍野中学校
 ・以上にて阿倍野区にある5つの公立中学校全てを訪問。大変勉強になった。これで住吉区と合わせて相当の情報とネットワークが構築できた。それにしても中学校の校長先生とのお話は面白く興味が尽きない。内容をこのブログに書けないのが残念である。
3.カナダより
 ・英語集約コースのカナダ研修旅行組から「無事到着」との知らせと写真がメールで到着・・・ホームページの保護者通信にアップしているのでご覧になりたい方はどうぞ。
・ 校長日記も結構保護者には読まれているみたいであるが、せっかくホームページに学校からの保護者向け通信を開設しているので、こちらも是非どうぞ。学年主任とか生活指導主事とか教科長からの講習予定とか重要な情報が満載されている。このようなサービスをしている学校はそうは多くない。
・ アクセスの仕方も連絡しているはずであるがPTA役員でも知らない人がいる。さ程情報・連絡の徹底は難しい。
4.正門工事進捗
 ・雨で2ないし3日ほど工程が遅れているとのこと。
・ 業者の持参した門壁用のタイル、吹きつけ材、敷石などの色見本で本日配色コンビネーションを私が決定した。後世「センスが悪い」との批判は全て木村にある。
・ それにしても表札の字が上手く書けない。昔は書道も好きでもう少し上手く書けたのに、パソコンのせいであろうか、字が上手く書けなくなった。苦戦している。
・ 阿倍野中学校の真横にはライバルM学院があり、中学校訪問の帰り、表札の字体をひとしきり眺めてきた。あれには負けないように書かなくては・・・。

2007年7月12日木曜日

7月12日(木)学院神社拝詞と浪速生活の綱領

1.朝、阪和線事故 幸い本校の生徒に危害はなかったが、約160名の生徒の登校時刻に影響があり、校時を変える。
2.中学校訪問
・10時30分 大阪市立昭和中学校
・14時00分 大阪市立文の里中学校
3.剣道部を激励
・近畿高校剣道大会に出場する生徒9名に対して激励金を校長室にて手渡しハッパ。
4.「学院神社拝詞」と「浪速生活の綱領」最終完成
  ・大阪府神社庁が実質的な経営母体であり、学校法人の理事長は神社界と公私にわたるお付き合いが深くなる。当然公式行事にも来賓として出席する機会は多く、ある時、財団法人大阪国学院の卒業式で神職の方々が「敬神生活の綱領」を全員で奉唱している場面に出くわし、その言葉と形に感動した。
・ 又ある時仏教系の私学で生徒が「般若心経」をこれまた奉唱していることや、別の女子校では時限が全て終わったとき「お数珠」を出して校訓らしきものを校長先生以下唱えている形にも心動かされていた。私学らしい存在感を感じたのである。
・ そのような背景から本校でも何か形ある学院神社の新しいお詣りの方法がないかと考え、2ヶ月かけて得た結論が「拝詞」と「綱領」の作成である。単に神社に向かって拍手を打つことだけから一歩進みたかったのである。神道科の先生にお願いし、神社庁にも監修をお願いして遂に出来上がった。ホームページ理事長・校長の言葉に全文を載せている。
・ 特に拝詞については高校生には難しいのではないか等々様々な意見があったが、神道科の授業では特段問題はなかったと担当の教諭は言う。最初に試みる日は7月20日の終業式とした。1500名の生徒が声を揃えて奉唱することになるのだが、果たしてどのようなものになるのだろう。一度に上手く行くはずもない。焦らず手直ししながら最終完成すれば良いと思っている。
・ 中央レベルでも徳育とか道徳教育の復活とか議論されているが本校は神道科の課程がある。今後とも中身を充実させていきたい。これがあって初めて教科指導も部活動指導も成り立つものだと思っている。本校教育の真髄をしのばせている積りである。
5.PTA役員との夏の懇親会  天王寺のレストランにて  大いに盛り上がる。

2007年7月11日水曜日

7月11日(水)業務メモ

1.来客
 ・10時30分 大阪府警察学校O警部補
  今月26日の警察学校卒業式に来賓として出席して欲しいとのこと。府警本部長と警察学校長の正式依頼文を持って来校。木村個人指名は府警幹部の強い希望であったと言われる。数ヶ月前に電話で非公式依頼はあったが今日は公式依頼とのこと。
・ 警察学校の卒業式は年4回あり、内2回が大学卒業生対象、2回が高校卒業生対象とのこと。高校の時は公立高校の校長が一人代表出席であったが今回から私学の校長にも依頼することにしたとのこと。その最初が浪速の校長である。3名の外部来賓のトップ席次である。後は防犯協議会の会長、交通安全協会の会長である。実際私学の生徒の比率も高く、浪速の生徒も今回の卒業生140名強の中で2名いる。
・ 名誉な嬉しいことで喜んで出席するとお答えした。式次第は高校とほとんど似ている。違うのは式次第が終了後グラウンドで「本部長視閲」というのがあって通常点検と分列行進を本部長が視察されるのを陪席できるものらしい。楽しみである。しばらく警察学校と普通の高校との生徒気質、保護者、教育議論等に花が咲いた。
2.来客
・ 11時30分 古くからの友人2名 昼食を共にする。歓待の意を表すべく、土用の丑の日も近く「うなぎ弁当」とした。
3. 関西国際空港へ
・ 英語集約コースの2年生22名(男子7名、女子15名)がカナダに3週間のホームステイ研修旅行に出かける。付き添い教員2名。15時から空港会議室にて結団式。校長の海外経験を話し送り出してあげた。「自分の命と財産は自分で守れ」「異文化を学べよ」「思ったように行かないことが普通、それを楽しみにせよ。我慢せよ。」
・ 生徒から答辞、英語でスピーチしてくれた。当方も答えて英語でスピーチ。大いに盛り上がった。バンクーバーからカルガリに。懐かしい場所だ。今19時30分、離陸して水平飛行に入り、機内は飲み物のサービスの時間か、そのうちに機内食が出るだろう。トラブルなく無事に帰ってきて欲しい。
・ 全保護者も見送りに来ておられたが子供と離れる寂しさか「半泣き顔」、生徒は友達とただきゃきゃ笑って喜んでいるだけ。親などそっちのけであったな。

2007年7月10日火曜日

7月10日(火)業務メモ  学校の名前

1. 試験が昨日で終了するも各学年は本日も6限一杯の授業。隔世の感がする。先生方ご苦労様、有難う。生徒には試験問題を返却し、丁寧に説明してやって欲しい。20日の終業式まで最後の直線400メートル、生徒も教職員も頑張ってくださーい。
2. 来客
 ・S大社の宮司のご紹介として「徳育」を主体にした教育振興活動をしている団体の大阪の役員の方4名、本校を訪問、校長と面談。研究会への参加依頼。
3.訪問
 兼ねてからの希望であった鶴見区に本社を持つ大阪を代表する教材販売会社というより外部試験の実施会社I社のK社長を表敬訪問。浪速への支援をお願いした。立派な方であった。だから社員の教育も行き届いている立派な会社であった。気持ちの良い外部訪問でした。
4.学校の名前の変更・・・その後
 ・管理職朝会でこの話を持ち出すも誰も本気にしないし、考えようともしない態度であったなー。ただ一人こういう意見があった。時々、「浪商」と「浪高」と間違われることがあるという。この経験は僕にもある。「タクシーなんかで言われるとムツ」とくる。
 ・ブログを見ている外部の浪速応援団から「絶対変えては駄目」と強いご指導があった。「名前を変えるとは書いてないのだがなー」誤解を招いてはいけないのではっきり書いておきたいが、恐らく僕の時代に学校の名前を変える気はまったくありません。ご安心ください。少なくとも「浪速」という大阪の別名を捨てる気はまったくありません。「浪速」という言葉に愛情を持っています。「浪高」って語呂が良いではありませんか。あるとすれば「浪速総合高校」とか「浪速国際高校」とか「浪速文理科高等学校」とか、これらは次の時代にあるかも知れませんが・・・。

7月9日(月)業務メモ

1. 本日の新聞スポーツ欄
オリックスのルーキー大引啓次選手がトップ記事。浪高出身。法政大学の名キャプテンからドラフト指名でオリックスへ。開幕戦から一軍選手。走攻守揃った期待の星、一昨日は待望の1号ホームラン、翌日も試合を決める決勝打。楽天のマー君こと田中投手との新人王争いと記事には。嬉しい限りだ。本校時代も人間性が大変よく、勉強も出来たとのこと。住吉区の伝統ある神社の子息、入団後契約金の一部を後輩のためにとご両親が学校に来られて寄付をしていただいた。このようなことは初めての経験で感動した。
・ 直木賞作家の藤本義一先生、落語家の笑福亭鶴瓶師匠、俳優の赤井英和氏、パーソナリティの林家ペー氏に加えて又スター登場だ。
・ 野球部諸君、大引に続け。この7月14日、夏の大会、府立住吉高校と第一戦目。必勝のこと。応援に行くぞ。
2. 期末試験終了
校内で行きかう生徒の顔が皆、良い顔をしている。嬉しいのであろう。後は夏休みを待つだけか。しかしそうは問屋がおろさない・・・特に3年生には。
3. 11時20分 「3年生対象教育講演会
・ 講師 府内でも有名な教育者で私学経営の理事長・校長先生
・ テーマ「受験生にとっての夏休みの過ごし方」
生徒は極めて真剣にお話を聞いていた。初めての試みであったが中身もよく成功であったと言える。
4.校務運営委員会
 ・「新人事制度の検討」をアウトソーシングして「日本総研」に
・ これにて大筋の改革項目はすべて手についたことになる。後は海図通りに航海を続けるのみ。ますます良い学校にするぞ。未来永劫続く浪速の生徒と教職員の為に。
5.夕刻
 ・某有名塾の理事長先生とアポイント。新聞紙上を何時も飾っている先生。実は私の前任校の卒業生。年は5歳上。同席は入試広報室の主幹。
 ・面白かったし、大変為になった。良いアドバイスを多く戴いた。 しかし困った。「学校の名前を変えろ」と言われる。今までもこういう方は結構多くおられた。皆さん大阪学芸高校、開明高校、清明学院等名前を変えて成功した例を言われる。考えてみるかなー?反対多いだろうなー。大体僕はこの「浪速」という名前を気に入っている。しかし「それが古い!」と言われるのだ。

2007年7月7日土曜日

7月7日(土)七夕・土曜日

土曜日
・ 中央の教育再生会議で土曜日復活論や活用論が大きく喧伝されている。今後どのように展開していくのか注目しているが個人的には「そう簡単には行かないだろう。」と見ている。公立が平成14年度完全週5日制に移行したときでも本校は多くの私学と同じく土曜日にも授業を継続することにし、なんらこの方針は現在のところ変更がない。この「土曜日の授業は公立学校との大きな差別化の一つ」である。
・ 公立志向の高い大阪の教育環境の中で私学への就学の比率は統計的にどうも30%程度がここ十年単位の実績である。これは私学優位の東京の数値50%から見ると相当厳しい値で少子化の中で中学3年生の30%を府内90校の私学が「取り合う」構図である。入学してくれた浪速の生徒は「宝物」である。大切に教育しなければならない。
・ いずれにしても私学教職員の土曜日の勤務はしんどい。個人的には企業時代を入れて土曜日は休みであった。もちろん公立高校勤務時代もあれこれ土曜日に行事や仕事がありゆっくりと静養というわけには行かなかったが、私学に勤務し始めてまったく様相が異なった。土曜日は完全に、そして隙間無く仕事が入っている。日曜日がこれほど待ち遠しく安息の休養日に感じるとは思ってはいなかった。当初体が慣れるに時間がかかった。
・ 本校は私が着任して仕組みを変更するまで教職員はすべて週一回半日研修で実質学校に出てこなくても良い研修制度があったが、法的整理や実際問題、時間割を組む難しさと自習時間が多く発生する危険性の為、廃止することにした。しかし自分のことに置き換えてみると肉体的には相当しんどい。これは身にしみて体感した。しかし頑張って貰わねばならない。私学勤務者の宿命である。本校のみ生徒も教職員も土曜日の授業をやめるという状況にはない。
・ それにしても土曜日は忙しい。一つの理由は生徒募集に関わる対応行事が多い。公立学校と根本的に異なるところである。それにPTAとの会合も微に入り,細にわたって対応している。実行委員会はなんと6回もある。その他役員会だけで年間5回もある。PTA総会は年2回。すべて公立のほぼ2倍以上である。
・ 今日の土曜日など朝から大変なスケジュールでどれも本校にとっては重要なものばかり。「頑張るぞ!明日の日曜日を楽しみにして!」
     10時 PTA女性役員
     13時 ある生徒の保護者、ご夫婦で進路に関して校長面談希望
     14時 来年度入学希望の生徒・保護者対象学校説明会
     14時 PTA役員会、実行委員会
     16時 改築中の正門門柱の表札用の文字を毛筆で練習
   その間、数えてみると今日は述べ21名の教職員が報告、相談、決済等で入室。土曜日にこのように「仕事をしているという実感」はここ30年無かったなーとつくづく思う。土曜日にゴルフをまったくしなくなってもう6年になる。日曜日にゴルフなどに行く気にはなれない。

2007年7月6日金曜日

7月6日(金)「神社奉仕」

1. 「神社奉仕
・ 最初この言葉「神社奉仕」というのを聞いたとき、一体何のことかと思った。要は7月になると府内各神社は「夏祭り」シーズンとなり、今日の少子化時代、担ぎ手というか地元の氏子も少なくなり、神輿、山車、山鉾巡行、船渡御など「人手」が完全に不足状態で、やむを得ず「本校の生徒に手伝って欲しいという役務の依頼」を受け、学校側は「神社奉仕」という言葉を使って生徒の募集をするのである。
・ 正直最初は「何?ムムツ・・・」と来るものがあったが、考えてみれば夏休み、それも短期間で済む話であり、神社庁の支援を受けている本校としたら「直接的に神様にお仕えする良い機会」と考えるのが妥当と考えた。肝心の生徒の希望者が多い。昼食付きで(場合によっては夕食も)一日8000円くらいの奉仕料が神社から出される。
・ 校長としては願うのは「生徒の安全な帰還」だけであり、保護者の同意書を頂くことと、今年から法人で災害保険に加入することとした。かくして今年も6神社に述べ180人以上の生徒を送り出すことになる。
・ 担当の教諭ももちろん当て嵌めているが、しんどい仕事だと思う。生徒を集め、点呼し、白装束に着替えさせ、行動を見張り、弁当を渡し、又点呼し、最後に手当を渡し、帰らせるまでは緊張の連続らしい。理事長として何らかの配慮してやらねばなるまい。又神社側からの感謝状も考えて頂くか。
2.11時  大阪私立松虫中学校訪問
3.15時  TOEIC社 U氏他来校 打ち合わせ 同席 I教諭、Y教諭、K教諭
 ・ 要は英検はもう時代遅れだ、時代の風はTOEICだということを最近とみに耳にして本日直接お話を聞く機会を作った。
・ 高校英語教育におけるToeicの果たす役割について再度校内の英語教師と議論を深めていく必要がある。一つの抱えていた課題についてこのように自分の目で耳で直接確認して行くことで次のステップに進める。このやり方は理系の人間の習性であろうか。
今日は一つのテーマで本校英語教員の考え方も聞けて大変良かった。

2007年7月5日木曜日

7月5日(木)業務メモ

1. 本日夏季賞与支給日
・ 教職員は評価してくれているであろうか?少なくとも対前年度、ベースは上がっていることを承知して欲しいと思っている。昨日ある教諭は「今回は家内が喜ぶような形と内容で、年末は年末で定額分がプラスされ、理事長はよく考えているわ!」と言っていたが、彼は分かっているのだ。家内が喜ぶという意味、一般の人には理解できないだろうなー。昨年夏分と個人別に比較したが、全員ごっぽり増えている。妻帯者の奥様は特に喜んでくれるだろう。
・ 「大阪私学経営者協会の本年度調査資料」がここにある。回答済み50校の内、賞与について:
    昨年度と同じ支給率・額とおり・・・・・・21校
    削減する・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19校
    増額する・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1校
    その他・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9校
  即ち 浪速は増額の学校であるということを評価して欲しいのだ。
2.本日より中学校訪問再開   今回は「阿倍野区5校」が対象
 ・11時 大阪市立阪南中学校 生徒数極めて多いマンモス校
3.中学1年生のその後
 ・入学式において共学初年度のお祝いとして、女生徒がブラスバンド部に入ってくれたら楽器を、男子生徒は囲碁部に入ってくれたら碁盤と碁石をプレセントすると全員の前で約束し「大いに笑いを取った校長の約束事」であったが、その後、その結果はどうなったか?
    女生徒23名中 7名の加入   男子生徒 囲碁部 ようやく1名確保
・ 特に囲碁部は顧問の先生の努力でやっとこさ、遂に先週1名確保。しかし囲碁は人気がないな。これでは中国、韓国に負けるわなー。
・ 面白い話がある。囲碁部の、この出来たてほっかほっか部員のこの生徒、校長室で貰った囲碁盤と碁石(高島屋の袋に入れて)をクラスに持ち帰り、「貰った、貰った。家に持って帰って良いと言われた。」と皆に見せびらかしたのではないのかな?1時間もしない内にブラバンの女生徒3人が血相変えて校長室に来て、「先生、楽器は卒業の時返さなあかんの?」「囲碁部は完全に貰ろたと言ってるー。」「ブラバンにはどうして呉へんの?」と言うのだ。女生徒は活動的でパワーがある。この話、どういう結末に終わったかは書かないことにしよう。

2007年7月4日水曜日

7月4日(水)期末試験始まる

1. 期末試験
・ 本日から期末試験、中学は3日間、高校は5日間である。形はまったく公立と同じであり、どことなく試験が始まると生徒も教員も緊張感が出てくるところが自分は好きだ。学校独特の雰囲気である。
・ 「試験」といったり「考査」といったりするが、自分は考査という言い方が好きだ。教師にとってその腕の最大の見せ場と言えよう。自分が授業で教えたことがどこまで生徒に理解され会得されているのか、自分の手で確認できる、まさに「教師冥利」を感じる時だと私は思う。校長には味わえないものだ。
・ 従って問題の内容は極めて重要で、これを「問作(問題作成)」と言うことを前任校で教わった。古い伝統校や進学校では若い教員は簡単には問題など作らせてもらえなかったそうで、ベテラン教師から「今度一つ作ってみるかね?」などと言われたら若い教師はとても嬉しかったそうで、ようやくその学校の教師として認められたと思うらしい。「考査委員会」などがあって担当教師が持ち寄り最終的に決める手順も文化として根付いている。
・ 翻って本校では正直に言って今ひとつ「問題制作・取り扱い」に緊張感が足りないと感じており、厳しく副校長に指摘している。その事例は多くある。「過去問」「偏向した問題」「やたらと難しくて生徒が希望をなくすような問題」「穴埋め問題(括弧の中を埋めよという形の問題・・虫食い問題ともいう)」などがあれば言語道断である。
・ 本校で実際にあったわけではないが、取り扱いも担任によって差があり、クラスによって不公平とクレームが付くようになっては問題である。問題用紙や答案用紙の管理は厳重が上にも厳重にしなければならない。このような文化が入試問題にも影響してくる。入試問題に塾や参考書の類似問題や複数解答がある問題、漏洩、解答用紙のミス等は本校の恥となり生徒や保護者、中学校、塾の信頼を一挙に無くする。理事長・校長として校内、入試問題に関してはその取り使い結果について厳しく結果を問うことを全教員には何回となく言明しているところだ。事が発生してからでは遅い。要は当たり前のことを当たり前にして欲しいということで別に難しいことを言っているのではない。
2.「クールビズ」に移行
 ・月曜日の校務運営委員会で図ったが本日4日より男子教員のネクタイ着用は不要のクールビズに移行した。前にも書いたが本校の教員はおしゃれの先生が多い。かえってクールビズでのおしゃれは難しいと思うが先生方はどのように工夫されるのか?
 ・早速高校の副校長先生も本日の管理職朝会は半袖シャツ、ノーネクタイで来られた。元々ハンサムでスタイルの良い先生であるが今日は特別格好良かった。教員も多くがネクタイを外しているそうだ。副校長曰く「赤いシャツの先生がいますよ。」と言うので漱石の「坊ちゃん」にも赤シャツ先生はいるではないかと弁護しておいた。果たして誰だろう?

2007年7月3日火曜日

7月3日(火)教員とのアフター5

教職員とのノミニュケーション
・ 教職員と飲むことほど愉しいことはない。もともとお酒は好きで気心の知れた連中や部下と飲むのは住金時代から好きだった。学校においてもこれだけは間違いなく実践できている。公立の校長時代とはくらべものにならないくらい回数は多い。それだけ私立の教員は面白いということか。教職員からすれば「理事長からのお誘いは迷惑行為」かも知れないが、単身赴任が長く、一人で晩飯を食べることには慣れてはいるが、時には大勢でわいわい言いながら「人のうわさ話」を肴に教職員と飲食することほど楽しいことはない。誘いを受けてくれるのは本当に有り難いし、嬉しい。
・ 言い換えればポケットマネーで自らキップを買い、それを配りまくって人を集める木村寄席の席亭としての観客集めかも知れない。理事長の人間性などを理解してもらう効果などは一切期待はしていない。自分の評価はあくまでその仕事ぶりでしかないと考えている。しかし私が持っている一人一人の人物観が酒席の人々の情報で変化していくのが面白い。あの先生はブランドの腕時計にはうるさいとか多くの情報に触れるということだ。しかしそれらは単なる情報に過ぎないということであり、これらの話は酒席だけの話に限定し翌日以降は話題にもならない。僕の口癖「ここだけの話だ。」はもう有名になっているらしい。
・ 僕のスタイルはこうだ。とにかく、腹一杯飲み、食べる。それも相当の早いスピードでいく。どの教員もついてくるのが精一杯という感じだ。飲み食いに時間をかける奴は大体仕事ができないと昔から相場は決まっていると信じ込んでいるので、それだけ始末が悪いのだろうが、これだけは直さない。大体1時間30分くらいで終わる。それに決して2次会などには絶対行かない。レストランの入り口でバイバイする。後は家で寝るのが趣味ときている。
・ 昨日も6名の教諭と楽しい一時を過ごした。内2名は初めてのメンバーであった。中でもう数回飲んでいる若い一人は何時も楽しい酒で、同じことを何時も言う。理事長の改革で良かったのは理事長・校長室の横に特別会議室を作ってくれたこと、それに校務運営委員会を水曜日から月曜日にしたことだそうだ。来客の部屋がなくて恥ずかしかったとか、運営委員会のメンバーは水曜日の放課後講習に入れられなくて困っていたことなどしみじみ語るのが面白い。様々な評価があるのだなと思う。しかし理事長はこの半年、他にも良いことは一杯しただろうが・・・。

2007年7月2日月曜日

7月2日(月)一斉参拝

・一斉参拝
  本校には「一斉参拝」というのがある。毎月1日か、月の最初の登校日に全校生徒が学院神社の前に参列して校長の礼拝に合わせて二拝二拍一拝の正式参拝をする。神社神道の精神をもつ学校だから、いわゆる神社が通常行う「月次祭」に相当するものである。学院神社に顔を向けるとそのまま真東にある伊勢神宮を遙拝することにもなる。八百万の神々に感謝し、決意を新たに勉学に、日常生活に、部活動に励む気持ちを新たにする為のものである。この後校長の講話が10分程度ある。通常校長の話というのは始終業式くらいしかないが、この機会はなかなか良いもので生徒もお詣りしたあとからか、静かに言うことを聞いてくれる。市内の有名な某私学では校長が毎日講話をするということであるが、本校はこの一斉参拝と月度中間に「朝礼」というのもある。これは部活動成績の披露や校長訓辞などが主体で似たようなものである。かかるものは公立には無く、私学特有のものであろう。建学の精神を守る基盤ともなっている。私はこれらの行事を大切にしている。今日の一斉参拝では・授業の大切さ・通学、下校時の態度について生徒に訴えたところである。
・ 月曜日は特に忙しい。終日落ち着く暇もないが極力ちょっとした合間をみて打ち合わせ、報告受け、指示、調整が入る。この間寸時を見計らって資料作りやメールをする。
今日は校務運営委員会もあった。特段大きな議題はないがクールビズの方針を伝えた。驚くくらい本校の教職員の服装は立派であり、おしゃれの人も多いが9月まではノーネクタイでも良いと言うことだ。当然生徒にもネクタイは自由とした。
・来客 PTA副会長3名、某コンサルティング会社の主任研究員。
着任以来丁度6ヶ月が経過し7ヶ月目に入った。過ぎし半年を憶うと些かの「心地よい疲労感」を感じる。消耗した疲労感ではない。戦場に乗り込み動き回った上、今ようやく手にした安寧の場所と時間を手にしたが故に感じる心地よい倦怠感に近い。