2010年5月14日金曜日

5月14日(金)「土一升・金一升」





























・ 新武道館の建設工事の状況であるが極めて「順調」である。ゼネコンの「南海辰村建設」さんは実力がある。「派手さはないが真面目に誠実に」やって頂いている。この会社に発注して良かったと思っているのである。
・ 現在の工事の状況は本格的工事の前段階であり、「プールの解体」がほぼ終わった。近くには学校があり、又隣地は「墓地」であるが、ここには迷惑をかけないように「慎重に、慎重に」進めてきた。
・ 違法建築でもなければ、しっかりと「行政当局の指導と認可を受けた工事」である。何より本校は近隣区域の住民の「避難場所」として認定されており、従来から地元住民とは「大変関係が良く」、今日まで来ている。今後ともこの関係は継続すべく努力していきたいと思っている。
・ 沖縄米軍基地普天間の辺野古への移転でもあるまいし、他から「とやかく言われる筋合いはない」のであるが、それでも私は近隣には「気を使うように」、担当者には指示を出しているのである。

・ 現在は「既設の防球ネットの移設工事」の真っ最中であったが今朝ほど私は「緊急命令」を出して「一部工事のやり方を変更」して貰った。プールを解体しても建物は既存のグランドに大きく飛び出してくる。
・ これは「設計上止むを得ないこと」ではあったが、私としては「土一升・金一升」の「虎の子の運動場」であり極力土地を残しておきたいと考えるのは当たり前である。体育科の教員も運動場が狭くなることは「身を切られるように辛い」ことだったに違いない。
・ その気持ちが痛いほど分かっていたから、私は「武道館の設置位置」については「内心ではプールの跡地しかない」と決めていた。当初は4階建てでグランドにははみ出さないものと考えていたが、これは「日照権」の問題で不可能であった。
・ それで「仕方なくグランドにはみ出すのを了」としたのである。しかしここに至る筋道については、ちゃんとした「手順」を踏んだのである。私は教員からなる「新武道館建設チーム」を編成した。
・ チーム長にはかねてから目をつけていた「しっかりした仕事をする人間」と評価していた美術科のY教諭を充てて事務室代表も入れた総勢7名のメンバーを決めた。当然メンバーは武道館に入る武道などの専門家が当然主体となる人事となった。
・ 専任教職員で4名、常勤講師で3名の特別チームとなった。そして彼らは「原点に立ち返り」時間をかけて「あらゆるケースを想定」してまず建設位置を私に「答申」してくれたのである。
・ その結果は想定どおり「プールのあるところしかない」という結論であった。「新校舎建設の手順を想定」したらそこしかないのはちょっと考えれば誰でも考えることなのである。しかし私は更に手順を踏んだ。
・ 教員代表である武道館建設チームが十分時間をかけて検討したとは言え、「学校全体の問題」であり、又「浪速の将来を担う若い世代の先生方の意向」もあると思って「全員の意思の確認」を行ったのである。即ちわざわざ「職員会議にかけて」最終的に賛否を取って決定したものである。
・ この結果は反対意見は1票であった。これは水泳部の顧問であったが「当然と言えば当然」である。彼は新校舎建設時には「プールを作って欲しい」と私にい訴えたのである。加えて付帯意見として入試広報室からは「学校にプールがあるかないか」は広報宣伝にも有効であり、「止むを得ないとは思うが将来どこかにプールを新設」することも視野に入れて欲しいとの議論であったように思う。
・ 当然このようなことは私自身考えていたことでもあり、「余人は知らず、元々高校時代は水泳部」であったこともあり「プールには一入の愛着」もあった。言ってみれば私は「泣く泣くプールを解体しその位置に武道館を建てる」ということにしたのである。
・ そして私は「新校舎建設の段階で新しいプールを建設することを前向きに検討する」と教職員に言明したのである。出来るかどうかは現段階では確定的なことは言えないが「トップが頭に入れると発言」した思いは大きい。「私は鳩山総理とは違う」。

・ とにもかくにも「極力、運動場のスペースを残しておきたい」との考えは今でも変わらない。しかし私はこの案が決まった時に「これで住吉の本校では野球、サッカー、ラグビーなどの大型スポーツは出来なくなる」と図面を見て強く感じたものだった。
・ そして今日、プールが解体され武道館の位置関係が目に見えるようになってきて、今防球ネットが移動し始めると今更ながら「運動場が小さくなる」ということを「突きつけられている」のである。昨日夕方運動場を見て私は「ウーン」と唸ったのである。そして少し「悲しい思い」がしたのである。
・ と同時に堺の校外グラウンドを入手しておいて「良かったなー、本当に良かったなー」とつくづくと思ったのである。武道館の位置を決めたのが10月、堺のグラウンドの入手を決めたのが12月だったからこれはまさに「神慮を戴いた」としか考えられない「私の運の強さ」である。
・ そのようなわけで新しい防球ネットの位置は新武道館建設の外装工事が完成し足場を外した時に「出来るだけ可能な限り武道館側に防球ネットを近づけて設置すべき」と緊急指令を出したのである。
・ 工事現場の実態は私の目では余りにも「余裕を持って」防球ネットを本格的に移設しようと工事にかかった段階であったから「すんでのことで間に合った」のである。最も既に工事が完成していても「やり直して貰う」が。
・ 「土地一升・金一升」である。たとえ50センチでも運動場を広く取っておきたいと私は思う。それが「私の責任」である。更に驚くことは弓道場の「矢取道」が1500mmもの幅を取っているのに気がついたのである。早速担当を呼んで再検討を指示した。射た矢を取りに行く通路である。600ミリもあれば十分ではないか。
・ 言ってみれば弓道部の外部からの通用路の幅に合わせて矢取道の幅が決められているのである。そして相手校や審判員、外部からの来客者が射場に至る廊下は台所を通らなければいけないような「信じられない設計」になっており、私は「唖然とした」のである。自分のクラブのことしか考えていないのである。この教員なら大丈夫と思って任せていたが・・・・。

・ この運動場は最後の段階では「人工芝」を張る積りである。そういう時代になっている。大阪府は順次進めており本校もいずれはせざるを得ない。「本校の運動場は今後は中学生主体」となって高校生の大型スポーツは堺の「浪速ふくろうスタジアム」に行くことになろう。
・ しかしそれでもこの土地は無駄な使用は出来ない。将棋の坂田三吉名人との勝負の時にあの有名な文句「銀が泣いている」と言ったというが、私は「プールが泣いている」と言いたい。土地を無駄にしたらプールに申し訳ない。
・ 私は事務長以下関係者に言ったのである。「グランドを自分の土地だと思え。そう思ったら1センチでも無駄な使い方は出来ないだろうが!」と。特に事務の担当、外部のコンサルタント、弓道部の顧問3人には「厳しく指導を加えた」のである。
・ 「業者の声を代弁するような内部コンサルなら不要」である。私が全て監督できないだけに事務も含めた「私のスタッフ」が目を光らせておかないといけない。スタッフが「ボーッ」としているのでは私の役には立たない。事務も外部のコンサルも顧問の教員も「いい加減な仕事ぶり」ではいけない。だから私の血圧が上がるのである。

・ 5月21日(金)に「浪速武道館新設工事地鎮祭」の要領がまとまった。実施主体は建設会社の「南海辰村建設株式会社」さん、地鎮祭の斎主は本校理事長職務代理の道明寺天満宮がご奉仕される。この学校は大阪府神社庁の学校であり本校経営者である道明寺天満宮宮司というのは「ぴったし」である。
・ 鉄筋コンクリート造3階建て、延べ床面積2070㎡の巨大建物であり、工期は平成23年1月20日「引渡し」で進んでいる。一方堺市の校外グラウンドは「工事の佳境」に差し掛かっておりこちらの方は「6月19日に竣工式と生徒の安全祈願祭」を予定している。
・ 「 私はまだまだ倒れることは出来ない」と今朝つくづくと思った。浪速は今や「私の身体の一部」であり、これを無駄にしようとする輩とは「一戦を交える覚悟」は出来ている。「真剣でない竹光の刀で仕事をしている連中の如何に多いことか」。「私は常に真剣で仕事をしている」のである。