2010年4月10日土曜日

4月10日(土)春季例祭





























・ 今日は「春季例祭」の日である。朝二コマ使って正式に「学院神社」への参拝をしたのである。昨夜の「合祀祭」とセットのものでその翌日に行われる。「春の祭」は新入生を迎えての「奉告」と教職員も生徒も健康で明るく無事に学校生活が送られることを願い、そして「本校のいやさか」を祈念し、更にこの1年間の努力を見守って欲しいと「誓い」を込めて行われるものだ。
・ 神社庁の顧問で本校の理事長職務代理である道明寺天満宮宮司も参加されて玉串奉奠をして頂いた。お祭りの斎行は「大阪府神社庁」から正式の神職が派遣される。今回は座間神社のご担当であった。例祭が終われば「直会」と言って神に供えられたものを頂く。
・ これは「神の魂」の入ったものを神様と共に頂くという神道では意味ある行事であるが本校では生徒に「ノート」などが配られる。教職員には「寿司弁当」が「直会」として振舞われる。
・ このようにして徐々に霧雨のように頭から体全身に「本校のアイデンティティ」を生徒は浴びながら「浪速世界の理解を深めていく」のである。そして次の神道行事は秋の例祭であるがこれは「浪速祭」とドッキングしており春季例祭と「味わい」が少し異なる。このことは又秋に。

・ 2限を使って例祭を行い、後の「2こまは授業」である。ただし今年から始めた「選択性授業」である。特に高校2年と3年は既に準備しているが新1年生は英・国・数を順番にやっていく。中間試験までこの形で行きその後は生徒の力量と希望を見ながら柔軟に対応していくのである。
・ この「土曜日総合選択性」は今年から始める画期的なもので生徒と教師が「やりながらより良いものにしていく」必要がある。そして「多聞尚学館組」は午後千早赤阪村に出発して徹底的にしごかれる。この「」というのが大切である。
・ 特に今回は「理数科と1類の1組の生徒」で今年入学した中でも偏差値の高い層である。再度中学卒業レベルの「国語、数学、英語の入試問題レベルを70分試験で3科目本番試験」を行いそれを徹底的に分析し、今後に活かすという作戦で私は3人の先生に特別な問題作成を指示し自ら確認した。その後R2、R3にも適用し3年間のトレースを行うのである。
・ 「スポーツ選択の生徒」は体育と言うことになる。まだ武道館や堺のグラウンドが出来ていないので中途半端であるが、生徒は場所など何処でも良くて学校の回りを走り回っている。「青春のエネルギー」が有り余っているのである。

・ このように「学校行事」が粛々と進行していく中で去年の今頃は5月の「海外修学旅行」の準備が本格化していた。明確に思い出す。結局は「新型インフルでパー」になったが、初の海外修学旅行ということで大変だった。
・ 又昨年の今日は第一回「週末スペシャル」のチームが夕方5時学校を出発した日でもあった。3年生の数学と日本史選択の2クラスであった。受験科目であるからH先生以下真剣に取り組んでくれ結果として外部模試で素晴らしい偏差値を取ってくれた。これも昨年の思いである。
・ このように学校と言うのは「行事を主体」にして「時を刻んでいく」のである。だから私がこのブログで何回も書いているように「行事を固定化」したら、そこからは何も変革が期待できなくなるということである。
・ 「ちょっとでも変えることが秘訣」である。変えれば新鮮さがまだ残る。「よどみに浮かんでいては腐っていく」。水は少しでもながれておれば腐敗することはない。この意味は「変える」ということである。
・ 「変える事と変えないことをしっかりと認識することが大切」である。これを「不易流行」という。去年と違って新しく「土曜選択講座」が誕生した。これも変化の一つである。
・ 学校には去年「話しのかけら」もなかった「新武道館や堺のグラウンド」が既に工事に入っている。極めて大きな変化である。この変化さえあれば「生徒や保護者は本校を見つめてくれる」。私はこのことを信じて疑わない。
・ 昨日以下のようなことがあった。中学校が「サツマイモ」を「多聞農園」に植えに行くと言うのである。昨年「ジャガイモ」で失敗した。今度はサツマイモというのである。大体サツマイモは地元の人たちが「土壌が適さない」と言って誰も植えつけていないものをまたやると言うのである。私は開いた口が塞がらなかった。
・ それに植えつけ、草抜き、草抜き、収穫と「都合4日間もこの栽培体験で日数が取られる」。それも終日である。間が開いているから誰も何とも思わないが連続で1週間の内4日から5日もサツマイモの世話に行ったら「私は気が狂う」だろう。恐らく保護者も怒り心頭になる。「お百姓にするために浪速に入れたのではありません」と。
・ 中学には「運動会」「金剛山登山」と新たに行事を増やしている。どこかの行事をカットしなければ浪速中学校は「行事ばかり」ということにならないかと私は詰問したのである。
・ 栽培体験に替わるものとして「栗の木」を10本も植えた。「さくらんぼの木」も3本植えた。草取り、消毒などの作業を主体に「果樹の育成」であれば日数は多くはかからないし、「多聞での学習時間も取れる」のではないかと言ったのである。
・ 学校の教員は仕事をやめるということに考えが及ばない。だから仕事は増え続けるのである。「仕事の合理化」という考えが出来ない。「思い切って廃止する」ということに勇気を持たねばならない。
・ 私は中学校が「関西大学連携浪速中学校」となったことでもあり、この際超進学校の学校行事などと比較して「あるべき姿」に近づけたらどうかと言ったのである。別にサツマイモの替わりに「栗の実」を老人ホームに届けるのも悪くはなかろうと言ったのである。・