2010年4月30日金曜日

4月30日(金)徹底するということ




・ 4月も今日で終わりである。1月以来重要な学校業務の連続で、「卒業、入試、入学とサイクルが廻って落ち着くのが4月末」である。休みも取れず教職員も大変だったが「良くやってくれた」と思っている。「新年度も軌道」に乗ってきた。
・ 生徒にはこの4月30日を休みになるようにしているが、この分は8月31日に2学期の始業式をすることで補っている。従って元来は教職員は出勤日であるが私は「有給取得奨励日」として本日を休暇にするようしている。管理者としてのの配慮である。

・ 私はその性向から「徹底する」という面が極めて強い。これは尋常ではないと自分でも思っている。性癖になっているかも知れない。とにかく「徹底する」。長い間の企業時代のライン長の時代に培われたものだと思っている。
・ 自分が徹底的だから、私の気持が伝わらず、「ボーッとしている人」を見ると、時に「寛容の心」を失う。指示を受けてチャレンジした結果の失敗は「その責を迫る」ことはない。「指示を守らなかったり、忘れていたりすることが許せない」のである。
・ 私は鉄鋼会社に勤務していた時代に「生産工場の工場長を2部門で通算7年半も経験」した。普通はこのように長くはやらないし大体一つの工場で十分なのであるが、当時の事情からこのような経験を付与された。
・ ライン長の工場長にとって最も重要なことは「部下の安全を守る」ことである。製鉄会社の職場ははっきり言って「死との隣り合わせ」であり、一歩間違えば右腕をなくするどころの話ではなくて即死となる危険箇所が極めて多い。
・ 従って「絶対やってはならないこと」「安全厳守事項」「安全会議や巡視」などそれは「徹底の上を行く徹底化」されているのであるが、「やはり災害は発生する」のである。その理由の大半は「決められたことが守られていない」ことであって設備の損壊とか天変地異などは基本的にはない。
・ 入ってはいけないところに無断で入ったとか、高所作業には「命綱」を使う厳守事項が守られておらず足を滑らせて転落したとか「回転体の中に入って巻きこまれた」とか「規則が守られていない」のが原因である。
・ これらの経験から私は「徹底する」ということに「特段のこだわり」があるのである。7年半の生産現場の工場時代に部下の誰一人も怪我させなかった。この間連続で優秀安全表彰も社長から受けた。
・ 人間というのは悲しい、弱いもので「絶対にするな。してはならない」と言っても100人に一人くらいが1000日に一回くらい「規則を破って」しまう生物だと私は思うようにしている。このたった一人が何時かの時点で災害を引き起こすのである。
・ 「右に行ってはいけない。左に行きなさい」と私は指示する。「右は危ない。穴が開いている。足を踏み外して落下するかも知れないから左に回れ」、これが木村流の指示の仕方である。「指示は具体的でなければならない」と強く思っているからである。
・ 「右に行っても良いし、左にも行っても良いが怪我だけはするなよ」などは「リーダーの言」とは思っていない。さも大物ぶって「良きに計らえ」などは私のスタイルではない。トップの指示は「分かり易く、明瞭で、簡潔であるべき」と信じて疑わない。
・ 「声を大にして叫ぶ。何回も言う」。加えて私は次のようにも付け加えるのである。「あいつが危ない。何か最近ボーッとしている。」「彼から目を離すな」と指示するのが木村流である。時には直接本人に言う。「最近少しおかしいぞ」と。
・ ここまでやって「安全は守られる」のであって、普通のことを普通にやっていては「群を束ねることはできない。これが徹底するということ」である。これは「しつこい」とは違う。見た目「あの人はしつこい」というがしつこいと徹底することとは全然異なる概念である。
・ 時に私は「激怒」することがある。自分でも後で反省しているのだがこのような「徹底する」ということが「どぶに落とされたような時」に私は「切れる。」ベクトルは全員が合わさって初めて方向性と力が出る。
・ これが「総合力を発揮する」事だからである。学校改革をまい進している中で誰か一人でも「能天気」で「あっち向いてホイッ」の人が居たら組織の力は発揮できない。「裏切られた」と思うのだろうか。徹底の裏返しで激しい切れ方をする。
・ 「あれほど言ったのに言ったようにしていない」「ほったらかしにしている」「検討違いの方向に進んでいる」などは許せないのである。従って私は資料を自ら作り、「説明責任」を徹底的に果たす。
・ 「表面上はすべてトップダウン」でやっているように見えるのは「私の不徳の致す所」で自分で言うのもなんだが私は「独裁者」ではない。極めて民主的であると自負している。
・ 理事・評議員の中にも「ワンマン」「絶対者」などと思っている人が居るかも知れないが理事会でも「決してそうではありません」と言っているのである。だから「監事による内部監査」にも「教員が直接説明する状況を作り出した」のである。
・ 管理職に聞いて貰えば直ぐ分かる。校長と接触する機会の多い先生方に聞いてもらえば直ぐ分かる。「柔軟そのもの」で「変幻自在」なことを彼らは知っている筈だ。私が厳しいのは「やるべきことをしない」からであって「やって失敗」したことを基本的には責めない。「向こう傷は問わない」のも木村流である。
・ いち早く「全員にパソコンを支給し校内イントラネットシステム」を立ち上げた。今や校内掲示板にはそれぞれの担当から情報が流れ、充実している。「全員が情報を共有化」しているのである。
・ この掲示板に私が入っていくことは稀であり、今や学年主任や分掌の長から情報連絡が行き交っており、ほとんど私が介入することは少ない。それ位今や本校は全教職員が「持ち場持ち場で自らの拠って立つところの責任を果たしている」のである。
・ 即ち「私の徹底するという行為」が一つの組織を大きく変えたのである。自分で言うのもおかしいが今の「本校はトップの有り様と組織構成員の有り様が理想的な形態になりつつある」と自負しているのである。「組織はトップである」。このことだけは間違いない。