2008年7月6日日曜日

7月6日(日)教員免許更新制度

・ ゆっくりとした日曜日である。「昨夜の会合は大いに盛り上がり」、久し振りに痛飲し、よく食べた。鶏の唐揚げが大変旨いところであった。場所は道頓堀だから歩いて帰れる。土曜日の夜で行き交う人は本当に多い。
・ ぼつぼつ「教員免許状更新」についてこのブログでも論評していかねばならないと思っている。そういう意味でこれが初めての校長日記への記載だ。「私の論評は分かり易い」と言ってくれる読者もおり、この「免許更新の意味」するところを「独断と偏見」で解き明かしていきたい。
・ 平成19年6月に新しい「教育職員免許法」が成立し、「平成21年4月から教員免許更新制が導入」されることになった。この法律では平成23年3月31日以前に教員免許(旧免許)を有した教員について35・45.55歳までに所定の更新講習が義務つけられたものである。
・ 大学等が開設する「30時間以上の更新講習の課程」を修了し、所定の手続きにより講習の課程を修了したとする「確認が義務付けられたもの」で、確認がとれないと「失効」となって「教壇には立てなくなる」のである。しかし本当に失効するなんてことがあるのか?
・ 本校では来年の対象者は7名である。それぞれ各教員には副校長から伝えているが、講習先など個人が工夫して段取りしなければならない。勿論学校は「情報提供」したりしてサービスはするが考え方としては「教員免許が個人の資格」であり、「個人責任で保持すべきもの」という考え方が背景にある。日本全国共通の考え方だ。
・ 従って会場までの交通費や受講料などは「本人負担」である。問題は講習が勤務日の場合にどのように扱うかと言う問題であるが「考え方としては有給休暇を申請し許可を受けて参加する」というのが趣旨に合致する。
・ もう一つは「職務専念義務の免除」、即ち「職免」でというのもある。どうするか他校の様子を見ながら決定しようと考えている。趣旨から言って年休をとって対応すべきものだろう。いずれにしても教員には「あまり歓迎されない法律の誕生」だと推察する。
・ 教員免許更新の議論は紆余曲折を経てきてやっと現在の形になったのであるが、元々は「ダメ教師の追放」が根底にあったのは事実であろう。2回の大きな節目を経て今回がある。平成14年と19年である。議論の舞台は中教審であった。
・ 平成14年当時は学校改革、教育改革が声高に叫ばれ、「ゆとり教育路線」が学力低下とあいまって社会から指弾され、当時の民間出身の遠山文部大臣が「学びの進め」という緊急アッピールを出し、「学習指導要領の改訂」が正式に声に出始めたときである。
・ 又「教員の不祥事」などが多発し、「卒業式における国旗掲揚国歌斉唱反対する一部の団体に属する教員」と学校側の争いに関わる混乱や「校長の自殺」、「職員会議が校長の校務運営を阻害している」とか、経営的センスと言って私などの「民間人校長」を誕生させたりとか、ありとあらゆる問題事象は降って湧いたように出た時代であった。
・ 学校や教師に対する保護者や国民の不満や問題意識は大きな声として上がり「学校への信頼は地に落ちた感」があったと言える。私などは平成14年を「新教育改革元年」と論文に書いたくらいの時期であった。
・ 即ち平成14年の議論は「教員の適格性確保」に主眼が置かれていたのである。しかしながら中央教育審議会の答申は教員免許更新制の導入に「なお慎重にならざるを得ない」との結論に至ったのである。
・ ところが中教審は平成18年7月に改めて答申を出すのであるが、その内容は前回とは基本的に異なった内容となってしまった。それが現在の法律となる。それはむしろ「不適格教員の排除を直接の目的としたものではなくて、教員として日常の職務を支障なく遂行し、最新の知識と技能を身につけるべく自己研鑽に努めている者であれば、免許状の更新が期待されその結果“自信と誇りをもって教壇に立ち、社会の尊厳と信頼が得られる”という前向きな制度」であると強調している点である。
・ しかしその裏では「更新講習を修了出来ない者はその時点で教員として必要な資質能力を有していないこととなり、「教員免許状は失効」するともされている。しかし私はこの制度は「前向きな制度と謳いながら後ろでは失効もありますよ」という警告法律だと感じてしまう。実際に30時間受講した教員に「講習修了の確認を出さない」ことが現実の問題としてあり得るのかという問題提議である。
・ 最近のブログに書いたが「わいせつ教員は教員としての資質云々ではなくて犯罪者であり、即座に懲戒免職」となるが、研修を済ませた教員に「不適格教員の烙印を押し、免許状を失効させる」ことが可能かどうかはなはだ疑問であると私は感じているし、そのように思っている識者は多い。
・ 何故このような法律になったのかについては中教審の議論の展開を記した資料を見ると良く分かるが、詳細は略するとして「分限制度」との関係があるように思われる。即ち資格制度としての教員免許状はあくまで個人が身につけた資質能力を公的に証明するものであり、個人の素質や性格等に起因するような適格性が確保されているかどうかについては基本的に「任用制度により対応すべき」問題だというのである。
・ 即ち適格性に欠けるような者に対しては「指導上不適切な教員に対する人事管理システムや分限制度等の厳格な運用により対応」することを適当としたのである。要は「首にするのは別の制度」を適用するのが望ましいとの結論としたのである。
・ 元々公立の教員を念頭に法律化したものであるから「分限処分」のような「伝家の宝刀」を教育委員会は抜くことができるが「私立学校はどうしたら良いのか」当然疑問がでてくるが、これについては「教員免許状が失効した場合の取り扱い等については雇用主と教員との間であらかじめ取り決めておくことが必要」であると実に曖昧な表現になっているのである。
・ 「就業規則」に免許状失効の場合の措置について「条文を付け加えなければならない」と思っているが、それが適用となった時に労働基準法上どこまで身分保障をしなければならないのかまだまだ勉強することは多い。
・ いずれにしてもこの法律はすでに施行され、今後日本全国公立、私立の教員が免許状の更新を目指して研修会に殺到することになろうが、「私はこの際、研修は受けない、失効しても良い」という先生と「研修は受けたが確認が取れず失効された先生」がどれくらい出てくるのか極めて興味あるのである。