2008年7月8日火曜日

7月8日(火)その1:大学との連携

大学との連繋
・ 前にも書いたが北摂の学校、摂陵が遂に早稲田大学との連繋の調印を昨日したとある。市内のホテルで調印式だったらしい。新聞記事の「早稲田の学長先生は笑み満面」であったが、摂陵の理事長も「笑っていた」が、「笑えるのかな?」と私は思うのだ。実質的に吸収合併されて「嬉しいのかな」。相手が早稲田だから大喜びか。
・ 校名は「早稲田摂陵」となる。形は「系属校」という耳慣れない言葉だが、系列校や付属校ほど結びつきは強くないが、まあ年月で色が濃くなっていくのだろう。学校法人はお互いが独立したままだと言う。まあ今は「親戚」と言うところだと思う。
・ 茨木市周辺の公立トップ校や私立学校は「顔色、真っ青」になるのか、良く分からない。21年度募集から早稲田への推薦枠を1学年40人というから丁度1クラス分、確保したということだ。全体では中学が140人というから35人学級で4クラス、高校では外部募集が105名丁度3クラス分で全体で385人、3学年で1155名で「経営の成り立つ学校」を目指している。理屈は極めてたっている。うまく行けばバランスが良い中高一貫校となるだろう。
・ しかし今でも早稲田には年に一人か二人の学校が40人も早大に進学させることが出来るのか、人事ながら気になる。ついでに慶応とも連携したらよいのにと思う。摂陵を早稲田慶応摂陵高校とするのだ。
・ 浪速は現在、中学で3クラス、高校で15クラス(外部より12クラス)で「現在生徒数は1750名を超えるマンモス校」となっているが少しバランスが悪い。中学をもう少し増やして行きたい。言い換えれば浪速は「公立との併願人気校」ということである。
・ すでに何回も書いてきているが「浪速中高一貫」については一旦戦線を整理するため、路線を変更したが再度復活させ「私立らしい新しい形の中高一貫校」として将来を睨むのか、今のままの「併願人気校」としてゆるぎない地位を固めるのか、いずれは明確にしなければならない。
・ 話しを摂陵に戻して、しかし本当に東京に40名も行くことが出来るのか。早稲田の狙いは関西出身の学生数をとにかく増やしたい一念である。一方摂陵は今年の入学者を見ても「驚くべき落ち込み」で先行きに大きな不安を感じていたことは間違いない。
・ 交渉が始まってわずか半年で話しがまとまったというから双方の思惑が一致したということだろう。系属校とは別法人が運営する形式であり、今回も大阪繊維学園は存続し早大側が理事長や理事の半数を入れるというから実態は吸収合併だろう。相手を慮っての配慮としか考えられない。
・ しかし私はこの「早稲田の早業」を評価する。大学によっては「教授会の決定とか手続き」とか、今の世でも20世紀のようなことをいう大学があるとすれば、それだけで世の中の戦争に負けるだろう。早稲田は6ヶ月でこれだけのことをやりきる。「侵攻作戦」は凄いものだ。
・ しかし今年になって府内の私立高校が大学との連携と言っても吸収合併だが、どんどん進んでいるのには驚く。北の北陽高校が関大北陽に、啓光学園が大阪工大常翔学園グループに、そして恐らく近々発表されるであろう「初芝学園が立命館グループ入り」だ。
・ 全くの独立系は少なくなってきた。少子化の中で学生数を如何に確保するか「必死の大学」は何でもありの姿勢で手を伸ばしてくる。今回の早稲田の大阪進出はその典型的例だ。大阪には「関関同立」という名門の大学があるにもかかわらずだ。まさに「仁義なき戦い」である。
・ 私立学校も経営努力を怠りなくやっているのかどうなのか知らないが、「大学との連携」を「生徒呼び込み」のために安易に考えていないか。私は最近それで本当に中等教育、髙等教育の責任は果たせるのであろうか、とついつい考えてしまうのだ。
・ 余りにも学力の低い生徒がAO入試で入ってくると言って一部の大学はこの制度の見直しを始めた。指定校推薦もそのうち槍玉に上がるだろう。「経営ありき」で闇雲に生徒、学生を集めるやり方が本当に「世界スタンダード」なのかどうか再考察の必要を感じる。それが日本の国力に繋がるとは思えないのだ。
・ 何で「早稲田が大阪に出てくるの?」「その意味は?」と問うと、正直なもので早大の学長は「関西出身の学生を増やすため」と割り切ってお答えになっていたな。その答えで良いのかなという疑問だ。「関西出身の学生が増えたらどうなるの?」とお聞きしたい。
・ 大学とは高度専門職としての教育、技術と研究の機関、並びに養成と真理の追究機関だがマンモス大学はよりマンモスに、小さいところは「ピリッ」とした専門大学として生き残りをかけているのだろうがあまりも節度なく高校社会に手を伸ばすのは感心できない。
・ 大阪南部に位置する本校は右手側に桃山学院、ここは桃山学院大学を有し東京には立教大学と強い関係がある。左手側には大阪学芸高校がある。ここは独立系だ。南部には初芝学園があるがこれは間違いなく立命館グループ入りする。斜め下には清教学園があるがこれは関西学院大学と近い。
・ さて「本校はどうするか」だが、理事長が唯我独尊を言っていても生徒の不利益になってはならない。ただ今までの連携では目新しくもなく、「新たな視点」が必要だと考えている。「大学だけではなくてその後の社会進出、即ち職業選択まで視野を広げてキャリアを磨くと言う過程に特定の大学の学部と学科を位置させる」という考えに今知恵を膨らませているところだ。
・ もう一つ重要な概念がある。経済問題だ。日本全体の経済力、家庭の経済力を考えた時に余りにも家庭経済に占める「教育費」は高くなってきていないか。家庭の年収規模が縮小していく中で現在の余りにも膨れ上がった「教育費」はいずれ問題となってくると私は考えている。まさか早稲田が東京での生活費まで負担はしないだろう。名前だけ貸して学生が集まるのだから「ぼろい話」だ。
・ そのように考えたら進学する大学はその「地方地域の生徒学生と地域の大学がしっかりと結びつく」と言う形も必要だ。全てが中央へ、中央へ、東京へ東京への時代は過ぎ去るのではないか。すでにその傾向は顕著に出始めている。「家から通う大学」というのが今後の主力になってくるのではないか。
・ 2年前までは京大阪大神大に150人以上も進学する公立のトップ校を4年間経験したが、あれはあれで良いのだが、どの高校も東大や早稲田などを目標とする必要はないと最近つくづくと感じるのだ。「多様性」が良い。
・ 浪速で学び京大を目指す生徒と甲子園を目指す生徒がともに同じ校地内で学び仲良くして将来の絆を結び合うような高校を「時代が求めている」よう思えてならないのだ。「多様性に溢れ、柔軟でしなやかな高等学校」にしていきたいと思う。
・ 人の一生は「仕事を通じて社会に貢献する」ことであると私は考えている。「仕事のある幸せを感じよ」と毎日朝会では管理職に伝えている。「60歳を超えて仕事のある喜びを当たり前と思うな」ということである。
・ 大学での学びはその前哨戦でしかない。大学名で進路を選ぶのではなくてどの学部、どの学科で学ぶかだろう。しかし大学との連携は悩ましい。経営不振で手放すならこれほど楽なことはないが、「本校は強い高校」であるだけに「大学とどのような連携をするか」が悩ましいのだ。