2008年12月8日月曜日

12月8日(月)合格判定基準の明示

・ 先に本ブログでも書いたが神奈川県立神田高校事件の反響は大きかったみたいである。「服装で不合格」という幾分センセーショナルな騒ぎになったがこれを決断した校長への支持が86%という高い数値だとあらゆるメディアに報道されている。
・ 「身なりは人間性そのもの」「だらしない服装はだらしない性格を表わすことが多い。全てではないがきっちりした人はきっちりした服装、態度になる」と言う意見が90%にもなったという。
・ 特に中学生からの反響もあったらしいが「学校の風紀を守ろうとする校長の判断は当然、高校入試の場で不適当な格好をする者に入学の資格はない」。又同じ神奈川県の高校生は「チェックをしていなかったことに逆に驚いた。服装や髪型に問題のある生徒は不合格」にすべきだと思うと。現役中学生や高校生が「ここぞとばかりに声を上げている」のである。
・ 一方、大阪の男子高生は「子どもを表面でしか見ずに悪いイメージを被せる大人が許せない。身なりは人それぞれだ」と言い、兵庫の会社員は長い人事畑の人であるが「入社試験では服装は最低限の当たり前のマナー」と切って捨てるように述べている。
・ その他「選考基準」に明示しておくべきだったとかの意見もあり、概して学校判断を支持する方が多く、県教委がこの校長を処分したのだが「間違っている」と1400件以上の反響があり90%が校長支持だ。
・ 今日の読売は社説に掲げ、「高校は義務教育ではなく各校独自の基準があっても良い」と主張している。この神田高校は一旦引っ込めたものの09年度入試では「明示して復活させる」と言うから今のところ「基準明示が適切」と言うことなのだろう。
・ 本校はこういう例はないが2年前には入学式に親ともども茶髪にしてきて「一騒動」があった。合格後の入学説明会で繰り返し説明していたのだが、時に何を間違ったか、親子ともども茶髪にして入学式に臨む親子の例があるのだ。
・ 本校では茶髪ピアスは入学合否判定の基準にはしていない。しかしこれらの教訓から「20年度入試から面接試験」をするようにした。大人数だから十分な時間は取れないがこの席で「校則を守れますか、こういう規則です。若し守れない場合は入学をされても処分が待っています」等々の説明は「抑止力」にはなろうと踏み出したものだ。
・ ここでもう一つの事例。今度は東京だ。都立日本橋高校は05年に「自主退学」した2名が06年度「入試を再受験」した際、点数を改竄し、受験生62人中この2人を落とした事件である。
・ 都教委は公文書虚偽記載の疑いで当時の校長などの処分と刑事告発を検討していると言う。これは弁解の余地がないと社説は言うが確かに改ざんは許されないが問題の根は深い。
・ 校内での暴力事件で事実上の「退学処分」になった生徒が直ぐに同じ学校に入学してくるのだ。被害者や教職員は堪らないだろうと思う。社説では「一定期間受け入れを拒める」などの「応募資格」の変更など検討すべきとあるとあった。
・ 私はこの記事を見て数年前を思い出した。当時勤務していた公立学校で「35才を超えた男性が受験を希望」してきたときには「戦慄」を覚えたものだった。15歳や16歳の生徒に混じって「35才を超えたおっさん」が共に席を並べるのだ。
・ 二十歳を過ぎているから「煙草は吸えます」とか言って教室や職員室でぷかぷかやられたら大変だし、修学旅行や遠足などどうするのだろうと教頭と善後策を協議したものだった。結局受験に来なかったから良かったものを、合格基準に達していたら正直大変だったと思う。公立には制度的に拒否する理由は無い。
・ 今朝の朝会でこの話を私は持ち出し「本校の基準」について聞くも「基本的にはない」との事であった。数年前にこれに似た事例があったそうだがこの人は「受験の最中」に席を立って帰って行ったそうだ。
・ 色々議論したが今日の結論は「他校を調べて見る」ことにした。確かに学びたいと言う個人の気持ちを尊重することはやぶさかではないが「他の生徒のことも」考えていかねばならない。
・ 神田高校も日本橋高校の事案でもそうなのであるが、こういう場面で「必ず正当化する」人はいるが、これらの人々に共通しているのは「その本人だけの視点」で「周りに居る圧倒的に多い生徒への視点」はまるでない。
・ 服装だけで合否を見るのは間違っているというのだが「圧倒的に多い普通の生徒は普通の服装をしている」というギャップに考えが及ばないのだ。ここでも「個人尊重」という概念がまかり通っているのだ。
・ こういう人たちは、教師と言うのは「何でもかんでもやらねばならない」という考え方に凝り固まった人たちでその教師が「圧倒的に多い他の生徒の面倒をみなければならない」という視点はごっぽり抜け落ちているのだ。
・ 悲劇は教師の側にも要因がある。「教師は生徒には均等に公平に接するという金科玉条みたいな縛り」があり、「手を抜く」ということを知らない。だからこういう生徒が一人でも居ればそれに「かかりっきり」になって大切なことを忘れるか「精神的」に参ってしまうのだ。
・ それにこういう人たちは「学校は学校、社会は社会」と切り分けて考えられる人たちであり、「連続性」という考えに欠ける。学校ではだらしない服装をしていても、社会ではちゃんとやりますよというのだろうが、それだった学校でもしっかりしておいて欲しい。
・ 個人の尊重を言う前に「集団の秩序」を守ると言うこと、「ルールは守る」ということを教えなければならない。それが「学校教育」だ。言い換えれば自立した常識ある社会人として生き抜いていく力を育むことが学校教育の目的でもある。
・ 本校は私立学校だし「本校独自の入学者選定基準」があっても良い。一度根本的に整理して本年度は間に合わないが来年度入試からは「基準の明示」をまず行っていこうと考えている。基準の明示でそれが気に食わないのなら入学してもらわなくて結構である。