2008年10月7日火曜日

10月6日(月)憂校の志

・ 本校でも従来「担任当て嵌め人事」に不自然なことがあった。昨日のブログに書いたように「親の介護」が理由ではなかったが「長年、担任を免除」されていたケースがあったらしい。「結果としての免除」か、正当な理由があっての「外し」かは知らない。すでに昔のことだ。今更詮索してもどうにもならない。
・ しかし、なんのかんの言いながら「担任を逃げる」とかの類は「人事評価に影響」させるべきと考えている。要は「担任はしんどいからしたくない」だけの話がまかり通る学校では「秩序は保たれない」。単なる「わがまま」を許すから学校はおかしくなる。
・ ところが逃げる方からすれば「色々と理屈」があるらしい。深く静かに潜行して「生徒を集める」とか、なんとかだ。深く静かに潜行しなくて良いから担任をして欲しい。「試合に勝てば」「強い学校になれば」生徒は集まるのであって、担任業務をこなしながらやれない筈はないだろう。しかし良く分からない。
・ しかし学校にとってもう一つの大きな問題は「とても担任など任せられない先生」がいることである。どちらかと言うとこちらの方が困る。したくない人間には対応の仕方があるが「させられない」のは本当に困る。必ずと言って良いほど「生徒とトラブルを起こし、保護者と揉める」確立が高い。
・ 本校の過去を整理してみた。ここにデータがあり、「担任をしていない二人の先生」がいる。1人は31年間本校勤務で担任は昭和52年からの3年間だけ、あとはずっと非担だ。非担期間23年になる。もう1人は27年の勤続で非担が23年だ。この二人に共通しているのは運動部の顧問先生というわけだ。勿論他にも運動部の顧問はいるわけでこの二人は別格だ。以上が断トツのトップ2だ。
・ トップ3の先生は分掌長など一切経験せず、33年の勤務で13年間が非担、トップ4が32年間で11年間の非担だ。本校は教育課題校ではない。質の良い生徒ばかりの学校にも関わらず「高校にも副担制度」があり、「専任教諭が副担に回り、1年契約の常勤講師の先生が担任」をしているという全く持って考えられない学校だったがそれは私が完全に変えた。
・ 大体日本の学校は3年間担任をやり、1年間非担で一休みし、又3年間の担任というのが「基本パターン」だ。従って在勤期間のうち3/4年、6/8年の比率で担任をするというのがあるべき姿である。「卒業生を送りだしたら1年間はゆっくりと充電」するという考え方だ。
・ そうかと言えば国語のN教諭、体育のK教諭など担任を外したことがない。「30年間ずっと担任です」と言う先生もおられる。「素晴らしい」。「担任は教師の華」。3年間付き合って進路を決めてやり卒業式で涙を流して、初めて本物の教師だと私は思っている。
・ 従って昨年から「そういう例外はなし」とした。「認めていたら秩序は保たれない」からだ。「適材適所で担任」をしてもらうこととした。「当たり前だ」。とにかく「ゴネ得」とは言わないが「仕事の公正配分」だ。分掌の長や学年主任でも「担任をさせてください」とくる教員はいる。この気持ちが嬉しいではないか。
・ 今度学年主任の交替があったのだが新しい「学年主任はⅢ類長も兼務して、更に加えて担任」だ。さすがに「担任は外す」と決めたが、この先生、「生徒に悪いから担任をさせてください」と来た。「イヤー、立派だ。」私は感動に近いものを感じた。
・ いずれにしても「担任論」は「学校問題の本質を包含」している。本年2月27日のブログ「学校文化の変質」、2月28日の「担任論」を今読み返しても極めて新鮮である。我ながら驚くような論考を進めている。出来れば教員は再度これらのブログを読み返して欲しいものだ。少なくとも常勤講師の先生は読んで欲しいなと思う。
・ ところで私はここ半年くらいつくづくと着任前に聞いていたことと校内の実態が違うことに「戸惑い」を覚えていたが、遂に確信した。「先入観が如何に物事を見えなくするか」をだ。本当に「この学校の将来を憂えていた憂国とは言わず“憂校の志士”は誰だったかということ」をだ。
・ 組合教員であるかどうかに関わらず、本校には「憂校の士」は多かった。だから「木村改革が成功」したのだと思う。彼等の理解と協力が無かっても「私はやったし出来たと思う」が少なからず血が流れていたかもしれない。ここまで「静かなる、無血革命」は起きなかったと思う。「無血革命」は良識ある教職員のお陰であった。私はそのことを一番良く知っている。決して忘れない。
・ 本校は「汚物を撒く教員はいない」。私立の教員の考えは公立のように甘くはない。その理由は簡単だ。私学は誰も助けては呉れないから「自分たちの職場は最後は自分たちで守らねばならない」ことを知っているからだ。
・ 確か荷ここ10年不幸な出来事はあったが、私が来ることで「私学のアイデンティティ」と「生命維持装置は何か」に気付いたか、深く認識したのだと思う。この2年こればかり私は言い続けた。「アホな行動を取ったら世間が笑い、生徒保護者から敬遠され始めたらそれで一巻の終わり」だということが分かり始めて来たのなら嬉しい限りだ。