2009年1月6日火曜日

1月6日(火)その2:年賀状雑感

・ さて今年は「牛年」であるが「丑年」と書く。この理由がまだ良く分からないのだが、「」は本校に大いに関係深い動物である。「天神様(菅原道真公)」はこよなく牛を可愛がられたという。丑年に生まれ、丑年に亡くなられたからというのだけの理由ではない。
・ 「天神様」をご祭神としている全国の「天満宮」には「撫で牛」という彫像が置かれておりそれを撫でるとご加護があるという。初詣には大阪天満宮と道明寺天満宮にお参りしたのだがどちらにも「牛の像」がおいてあって参拝客が撫でておられた。
・ 大阪天満宮宮司は本校の名誉理事長、道明寺天満宮は理事長職務代理であるからここでも関係は深いことが判る。まだあった。有名な東京湯島の「湯島天神」の宮司は本校の卒業生で同窓会副会長だ。
・ 天神様は「学業成就の神様」「学問の神様」で知られ、浪速中学校の学校案内には「学問の神に見守られて」と表紙にはある。全国で丑年生まれの人は1082万人で今年成人式を迎えるのは133万人というから団塊世代から見れば本当に少なくなったものだ。「年の初めに少子化を実感」する。
・ 本日の職員会議でも冒頭年賀状のお礼を述べた。一時期虚礼廃止とかの声も上がっていたが最近では全く聞かない。それよりも「年賀状の数は増え続けている」という。これも日本の重要な習慣だと思う。亡くなった父も年賀状にはとりわけ思いがあったらしくて元旦早々年賀状一枚一枚を食い入るように見ていたのを思い出す。
・ そのうち「アー、失敗」とか何とか言って自分が出していないのに来ていたりしていたら、大慌てですぐ書き、それを郵便局に投函しに行くのは私の役目だった。逆もあり自分が出しているのに、来ていなかったりしていたら「どうしたのか」と心配していたりする。
・ とにかく年賀状は書くのも正直言って煩雑な気もするのだが、貰えば貰ったで「嬉しい」ものだ。私は几帳面な面があり、頂いたら「私も出す」ことにしている。決して「貰いっ放し」とはしない。それも早くお返しと思っているから年始そうそう結構大変なのである。
・ 昨年私が専任教諭に採用した教員から「頑張ります」などの「添え書き」がある年賀状を頂いたりすると「頼もしくて」気持ちが良い。この「一口書き」は効果が大きいものだが、何百枚もあると本当に大変で私自身は最近ではこれも合理化しているが、それなりの特別な経緯がある人は一口書き添えるのが良い。決して「損はしない」ということだろう。
・ 結局「投じた時間、費やした思いは必ず相手に届く」ということではないか。年賀状もその分には変わりは無い。段々と受け取る顔ぶれにも変化が出てきて、今年あたりは「浪速勤務以降の方々」のが多くなった。企業時代の受け取りは少なくなってきた。本当に深い付き合いをした連中からに限られるようになっている。そういうものだろう。 しかしこれほど浪速教職員から年賀状を頂くと「頂いていない先生方のお顔」を思い出すのも「辛い感じ」がする。
・大体「鈍感な、センスのない、無礼な感じの者に多い」ような気もする。元来年賀状は元日の午前中に頂くもので、それ故に「元旦」と書くのだ。昔はお世話になっている方の家に訪問して年始の挨拶をするのが普通だったが、それに変わるものとして「年賀状文化」が生まれてきたのだろう。「付き合いが濃い」のであれば出すに越したことはない。初出の日に会うからと言って出さないのは考えが違うのではないか。神社関係者はこの点しっかりとしている。
・ 昔務めていた「高津高校時代の教員」から年賀状を貰って居るのだがそれには「ブログで元気を貰っています」とあった。読んでくれているのだ。この教員は可能なら「本校で働いて貰いたい」と思うくらい優秀な先生だった。他校から私が頼んで来て貰った先生だけに今でも気にしている。
・ さらにはこういうのもあった。「高津高校も益々過酷な競争の中に入って行こうとしています。生き残れるかどうかの正念場です」というものだ。高津にこのような教員がいる限り「高津は強い」。この先生も「私が呼んだ素晴らしい先生」だった。
・ さらに高津高校の元PTA役員からは「先生の高津での取り組みが今日本国内で囁かれていますね。何事も先進的、先駆的な事を進める人の苦労は並大抵ではないこと。・・・本当に、本当に感謝しております」と。
・ あれから丸3年が過ぎたが、まだこの種のお声を聞くと正直嬉しいものだ。それが「トップの仕事」だろうと思う。「結果が残らなくて何がトップの仕事か」と思う。何年か後に浪速の関係者からもこのように評価していただいている年賀状を受け取られるように頑張っていきたいと「年頭に当たり決意を新た」にしているのだ。
・ 今日は午後から大阪経済法科大学阪南キャンパスセミナーハウスを借用して4日から行っている「トップインテンシブセミナー」で合宿勉強意をしている1.2年生のトップクラスの「激励訪問」に出かけた。南海本線の箱作は遠い。
・ 約60名の生徒を4名の先生がつきっきりで頑張ってくれている。「有難い」かぎりだ。英国数の3科目で3人の先生は大きな初めての経験となる。「生徒の目が輝いていた」。行って良かったと思った。行きは電車で寝過ごして淡輪まで行ったが。
・ 年始そうそう余り良いニュースではないが今朝の朝刊は各紙とも記事にしている。「府立中学校校長会」は昨日今春卒業する中学生の「第1回進路希望調査結果を発表」した。昨年の12月17日の取りまとめだから新しいデータである。
・ それによれば「私学専願1万人割れ」「助成削減など響く」「私立髙専願3年連続減」とか過去5年間で初めて1万人を下回ったみたいだ。このことは我々もすでに察知しており塾からの情報や学校説明会で感じていたことが数値となって出てきたということだ。
・ 私立の専願希望者は全日制希望者の13.94%で前年比1.57%の減少。記録が残る02年以降で初めての最低の割合で「公立人気」が顕著となっていることを示している。
・ これは間違いなく橋下改革による公立への期待感もあるだろうが「景気悪化と私学の授業料の値上げ」が効いていることは間違いないだろう。しかし動きの幅はまだ小さいから、「来年、再来年の方がもっと脅威」だ。
・ 「公私比率の見直しも検討の俎上」に上った。「生徒獲得を巡って公立私立の激しいバトル」が始まったといって良い。「負けるわけには行かない」。今日の職員会議でもそのことについて私は力説したのである。
・ 舞台の大きさも状況も違うが「公立橋下対私立浪速木村の戦い」でもある。私学はもともと「建学の精神」もありすべての学校が「独立独歩」である。「浪高」は全公立と全私学の中で占めるポジションを確保しなければならない。
・ このように公私が切磋琢磨して頑張っていけば「大阪の教育」は間違いなく高められる筈だ。今の教職員の力と私の采配をもってすれば「負けない自信はある。」しかしここは「謙虚」に更に勉強して「徹底的に生徒の面倒を見る学校」へと進化を進める。「面倒見の良い学校」。この一語に尽きる。