2009年11月24日火曜日

11月24日(火)国語科の某常勤講師


・ 国語科のベテラン教諭に若い常勤講師の先生方の「授業観察」をしてもらった。この先生は本を大変よく読まれる先生で何しろ「生徒の作文指導」などに大いに成果をあげてくれている私が信頼している先生の一人である。
・ 8名の国語の常勤講師の先生の参観結果のレポートが届いた。大変面白かった。どのような講評かといえば一つ例を挙げれば以下の先生のものがある。
中学校の常勤講師の先生
授業案まで作成し、目標も明確である。生徒に考えさせ答えさせる点や根拠を指摘させるところなど巧みである。その他板書も3色を使用して上手くまとめていた。只教科書の本文を生徒に読ませたとき読み違いをただして欲しかった。全体的に言えば巧みな授業であった。宿題のプリントを与えたのも良かった。”
・ 実はこの教諭だけであったのだが「教材」を私に事前に届けてくれた。それは、それは大変良く出来たものであり「模範サンプル」に成るものであった。シラバスは「単元:表現活動を通じて認識力を伸ばす~「ぬすびと面」を通して~」というものである。
・ 続いて単元設定の理由が書かれており「計画」がばっちり設定されているのである。加えて「目標」を設定している。ここが素晴らしい。「この授業で何処までを目標としているのか」極めて明確に認識して整理されているのである。
・ そしてまだ「生徒に期待する姿」が出てきて「生徒たち同士で解釈をすり合わせる中で論理たてて自分の考えや解釈を表現できる生徒を育成していきたい」と到達目標の生徒の姿まで自分の考えをまとめてくれているのである。
・ 更に「単元構想表」が「チャート図」でまとめられており、私はこのようなものを初めて目にした。これは「圧巻」である。今回ベテランのN教諭からどのような評価を貰うのだろうと「興味津々」であったが結果は前述したように高いものであった。「高い評価は当然の帰結」だったのだろう。
・ ここまで準備するからこのような授業が出来るのだろうと今更ながら私は思ったのである。この先生は教師として「本流中の本流」を歩もうとされている先生であると思った。どのようにして「このような形を身につけたのか」。今年「4月に採用してすぐ1年生の担任」に当て嵌めたが私と副校長の考えが間違っていなかったと確信したのである。
・ 私はこの先生に「公立教員から私立の教員になって半年」その所感をまとめよと指示を出した。そのレポートの一部を記載すれば以下のようになる。多くの項目があるが授業に関する部分で言えば:
  授業の質を高める機会について
…研究授業が本校には習慣としてないようなので、(教育研究論文もないようなので)私は個人的に授業を見にいかせていただいております(高校のS先生の授業は大変勉強になりました)。
先日は国語科のN先生に授業を見に来ていただき、私個人としては、ほんとうに勉強になりました。自分とはまた別の視点を持って授業を見ていただける、という意識はとてもいい刺激となります。今回は、校長先生、N先生、K教頭先生、N先生、D先生、授業を見学させていただいたS先生に、ぜひご指導を、と思いまして指導案をお渡ししました。また、金曜日にN先生に見学していただく中学のK先生(今年度新卒)には、参考になればと思い、指導案や資料などをお渡ししてあります。
浪速全体でぜひ、研究授業は広め、価値の高い授業を目指していくべきだと思います
 私自身は個人的に、今回の単元で国語科の先生をもう少しお呼びして、こじんまりとした研究授業形式で行いたいと思っています。また、3学期には、以前から自己研究してきた単元「少年の日の思い出」(ヘルマン・ヘッセ)で、またこじんまりとしていてもいいので先生方をお呼びした授業を行いたいと思っています。
 研究授業だけでなく、論文なども書かれていないようですが、研究授業も、論文も、自主的にできる環境を整えることは、私も含めて、まだまだ授業の質を高めたいと思っている教員にとっては、大事なことのように思います。私はこれまで毎年、研究授業は年2回ほどする機会がありましたし、自主的に何度か行うことができていました。また、教育論文も学校で教務の先生が見てくださるということでしたので、勉強のためにと、毎年年度末に提出し、東三河地区の教育委員会で評価していただいておりました。年度末の忙しい時期でしたが、向上心を持って、「この単元で生徒の何を育成するか」という各単元で一貫した教育目標を持ち、手だてを講じることは、私たち教員にとっては大変重要なことのように思います。
 わたくし個人としましては、前任校が公立だったからでしょうか、しっかり「指導員」の先生が、授業も、レポートも指導してくださる機会がありました。私も浪速では新任ですが、そういった指導を一通り経ているのですが、一緒に浪速に入った新卒の先生にとっては、浪速で教員生活をスタートするわけです。何か、指導の機会がもう少しあるといいな思い、現在は副担任をしてくれている餅原先生には担任業務について、同じ中学の国語科のK先生の授業は2学期になってやっと2、3回ではありますが授業見学をし、私にできるアドバイスをしています。自分で仕事を見つけ、「いいな」と思う先輩先生の姿に習って成長していくのが一番ですし、私もそう在りたいと、周りの先生方の指導を見ながら過ごしていますが、何もかも初めてでいっぱいいっぱいになってしまう可能性の高い新卒の先生方には、将来的にも、そういった機会が設けられていてもいいかな、とも思います。
 生徒たちによりよい授業を受けさせてあげたい、そう思いながら、日々、私自身も研鑽を積む努力をする次第です。

・ 私は正直恥ずかしかった。85年の歴史で未だに「研究授業」などはないし、「論文」などもない。しかしちゃんと私は「研究費」は支払っているし賞与にも「研修費」は合算支給しているのである。もっと「教員は自己啓発を」進めて貰わないと困る。「以上の文章をベテランの教員はどのように受け止める」か?!
・ 管理職の朝会でも以上のような先生を得たことを素直に喜んでいるのである。一般的に学校の先生は「唯我独尊」的なところがある。それは職業の特性から来る宿命的なものが幾分あるのだがそれではいけない。学校は「専門店の社長の集まり」と私は表現したことがあるが教科が違えば全く様相が異なる。
・ 更に国家資格を有したということでは若い教員もベテランも差異はないと、特に最近では思われているのか「先輩と後輩という関係性も希薄」になってきている。従って先輩が後輩を指導するなど余り見かけない光景である。企業は全く違う。「仕事の中身やマナーを教えるのは上司ではなくて先輩」である。例え1年でも先輩は絶対的である。
・ 「教員同士が切磋琢磨」しお互いの授業の腕があがっていくような仕組みを作らないと々教科内でも「バラバラ」になってしまう。そこを何とかしないといけないと私は行動に移すこととした。
・ 仕組みの出来るまでとりあえず「数の多い英語と数学の常勤講師の先生の授業参観」をすることとした。そのために英語と数学のベテラン教諭を指名しお願いすることとしたのである。