2008年9月24日水曜日

9月24日(水)高松市

・ 私用があって「高松市」に行った。ここには両親のお墓があるし、実の妹夫婦が住んでいる。又親戚が多く言ってみれば私の「第二の故郷」と言える。1年ぶりに会った妹夫婦は元気であった。妹の亭主、即ち義理の弟から「兄貴、何時まで働くの」と標準語と讃岐弁の混じった言葉で聞かれる。とっさのことで返事に窮した。
・ この弟は法政大学を卒業し、そのまま家業である「材木店」を継いで今日に至る。私よりは2歳若いから丁度60歳になる。先祖代々の家業を「社長業、営業マン、何でもかんでも夫婦二人」で頑張ってきたが60歳で「ばっさり家業を整理して」、今後はやりたいように自由にやるというのだ。今は趣味と実益を兼ねて「四国88ヶ所めぐり」の金剛杖を扱っている。「もうぼつぼつ引退したら」と言外に言っているのだ。「その年でそんなに苦労しなくとも・・・」と言ってくれているのだ。
・ 土地、家作、駐車場収入など財産持ちで「食うに困らない」から簡単に言えるのだが、こちらは「働かないと食っていけない」から、働いているのだが、確かに「人生設計」として「何時まで働くか」は考えておかねばならないと思った。
・ 福田総理は今日総辞職されたが、議員の身分まで辞めたわけではない。あんなに簡単に「辞めたッ!」と言えれば楽だがサラリーマンはそうは行かない。「無責任」は「恥」との感覚は我々の世代、即ちプレ団塊、団塊世代には特にそのような気がする。「浪速の礎を磐石」にするまでは辞められない。
・ 前の学校では色々あって結局丸々4年間だから1460日だった。福田さんの365日よりは4倍多い。「おいおい、一国の総理と一学校の校長とは違うよ」と言いたい向きに反論しよう。
・ 物の本には「学校の校長は一国を経営する」とまで言われている職位である。明日の日本を作る人材育成の仕事は内閣総理大臣に匹敵するくらい重要な仕事だと言うことだろう。私はそんなに大層には考えていないが、校長の任期も適切に運用しなければならない。
・ 大阪府の例では過去2年とか3年が最大であったが「これでは短い」という意見が強くなり平成14年頃から4年というのも出てきている。5年と言うのは私は聞いたことがない。個人的にはまあ「4年平均が適切」であると考えている。そうすれば後2年半である。
・ 酷いのになれば3ヶ月とか1年とかというのがある。校長の病気、学校の不祥事での責任更迭、それに「キャリアパス」だ。このキャリアパスというのは「けしからんやり方」で府教委の幹部が現場経験を付与するために1年とか2年校長職を経験させて、又教育委員会に戻すと言うやり方だ。
・ 現場経験は悪いことではないが1年で校長が変わるなど「学校改革の掛け声」と同じ方向とは思えない。要は「人材の払底」ということだろう。3年目の校長の関心事は「次はどこの学校の校長をさせてもらえるか」で頭の中が一杯だろうと思う。
・ 府教委の実態をよくよく見てみると「学校間格差の階段を上がっていく」のが校長人事だ。この意味は「しんどい学校」「テーマの多い学校」「課題のある学校」「歴史の短い学校」から振り出しとなって徐々に階段を上がっていくという意味である。
・ 最初から府立北野高校とか天王寺高校とか高津高校とかの伝統校の校長などさせてもらえない。こういう学校は「ナンバースクール」といって「旧制府立中学のナンバー」を引き継いでいる。北野は一中で高津は七中という具合だ。府内の公立高校はこのようなナンバースクールが牽引していると言ってよい。泉陽高校、清水谷、阿倍野なども旧制女学校の系列で特別な学校なのである。
・ こういう学校への赴任は大体最後の最後、上がりのポストか府教委の幹部が天下る学校である。この点はしっかりと抑えねばならない。余程の実力者か誰もが認める実績を上げたものかでないと「現場たたき上げの校長」ではいわゆる名門校へは行けないのが実態である。
・ こういう校長人事は大分県ではないが教育長とナンバー2の教育監とか審議監がするわけで「訳の分からない部分」が出てきたのが大分県の事件である。とにかく校長人事が商品券で動かされていることが分かった。まあこういうのが実態だと考えておけば良い。
・ さて話を戻そう。何時まで浪速の校長をやるかということであるが「まだ答えはない。」9月16日の理事会では出席者は知っていることであるが名誉理事長と理事長職務代理からは「何時までもお願いします」と席上「肩を抱かれて」までお願いされた。確かに浪速80年の歴史で「神職以外の理事長は私が初めて」である。
・ 名誉理事長は「私は75歳ですよ。それでも頑張っています」と言われるし、職務代理は「とにかく私の健康」だけを心配していただいている。昔は1週間に一度は学校に来られていたが今はもう滅多に来られない。「私のお蔭で寿命が延びた」と喜んで頂いている。
・ 確かにどの私学も理事長・校長あるいは理事長・学園長と名前は色々あるが後期高齢者75歳をはるかに過ぎても頑張っておられる先生は多い。私学は公立とは全然違うし、大体「オーナー学校」が多い。私みたいな「雇われ理事長」はいない。
・ しかし仕事というのは「目標」があってそれに邁進するのが考え方で重要であり、「だらだら」やるべきものではない。今の私の目標は「新経営計画の完遂」で、「新校舎建設のテープカットをする」ことである。そうすれば計画とおりにいったとして「あと6年」となる。
・ 「エー、後6年もやるの」という教職員の悲鳴が聞こえてくる。しかし教職員もここで落ち着いて考えねばならない。「変なのが来て、学校経営が元の木阿弥になったら」どうしようもない。安定軌道に乗るまで「頑張ってお願いします」ではないか。
・ 別に教職員にお願いされてやるものではなくて理事会総数の過半数の決議で決定されるだけの話だが、浪速で最も重要なことは「ポスト木村」である。「誰が後をやるのか」という問題だ。
・ 組織のリーダーで最も大切なことは「後継者指名」である。特に私は理事長と校長との兼務だから次もそのようにすべきか、あるいは理事長は神社庁にお返しすべきか色々な考えがあろう。
・ 校長は内部昇格で適任者がいるのか、又外部から招聘するのか、これまた色々な考えがあろう。とにかく最大の問題である。折角の学校つくりが一挙にして崩壊することは往々にしてあることだ。「立派な校長」を私の責任で作らねばならない。