2008年4月7日月曜日

4月7日(月)学級編成

 さあ、明日は始業式、そして午後から入学式だ。新しい年度が今始まる。気を引き締めて頑張っていこう。20年度の新1年生の「学級編成」は果たしてどのようなものか?
1.一クラス当たり生徒数
・ 1学級当たりの生徒数が「どれくらいが適正規模か?」は難しい命題である。私も答えを持っていない。組合は何時も30人学級とか35人学級とか教条的に言うけれども、納得でき得る客観的数値や説明を、目にしたり聞いたことはまだない。
・ 大体「学級」なるものの言葉の定義はどこにも書いてないが、学校教育法施行規則他法令本には多く出てくる。「学校教育の目的達成のため、継続的に組織する児童生徒の生活または学習上の単位となる集団」と持って回った言い方が一般的な捉え方である。
・ 少なければ少ない方が良いとは限らない。本校でも遂1年前までは中学校で一クラス数名で授業をしていたが、まるでこれでは「」みたいで、これで「集団としての学校教育効果」が上がったとは理解していない。高校の英語集約コースも30名以下で行っていたが、どうなんだろうと思う。
・ 我々の世代は50人学級やそれ以上の時もあったが、その後時代と共に45人学級、40人学級と来て今日、「40人学級が普通」だ。これは文部科学省の教員数根拠になっている「法的数値」である。教職員定数の標準等に関する法律(高校標準法)が根拠である。
・ まず小中は同一学年前提で40名であり、2学年の場合は16名となる。高校は「同時に授業を受ける一学級の生徒数は40人以下とする。ただし特別の事由があるときはこの数を超えることが出来る」とあり、やはり40名だ。 「私立高校は学校教育法施行規則により50人が上限」とされている。
・ しかし行政区によっては35人学級とか30人学級とか自らの裁量で行っているところもある。大阪府でも前太田知事は義務教育の35人学級を言い、今度の橋下知事は「そんなものは必要ない」と最初に発言した。
・ 実はこのクラス定員は「教員数に直結する数値」であり、もろに「教員配置の国庫負担金」に跳ね返り「財政支出を伴う」。かって会計検査院から幽霊児童生徒を捏造して教員加配をごまかした学校が厳しい指弾を受けたが、それくらいその数値は大切なものである。
・ 本校では平成16年度が底で男子校最後の年であったがこの年、クラス数は8、一クラス平均は30名であった。中学はここで書けないくらい少ない数値であった。
・ 気を付けなければならないのは一旦その年度でクラス定員が決まれば「卒業までの3年間この状態が続く」ということである。それも「おかしな話」で変えられれば変えれば良いのだが「学校の教師は一旦決めたことは変えない習性」がある。
・ 翌年、17年度は共学初年度でクラス数も11に増え37.8人に回復する。しかし18年度は課程コース数が6つもあり調整が上手く行かず、クラス数は14に増えても一クラスあたりは34.5人と義務教育並みの数値に落ちる。
・ 19年度着任して私はすぐクラス数を14から12に調整し40.25人とした。これが「息を吹き返す原動力」となり、20年度の今年は15クラス41.2人と理想的状態となった。この数値が「浪速復活ののろし」となったと考えている。
・ そのために類制に変えて6つの科コースを4コースに削減したのである。即ち「容器の数」を減らせば容器一杯入れられるという寸法である。入れ物6つでは一瓶当たり33%ほど目減りすることはあたり前だのクラッカーなのである。
・ 確かに「今日的生徒」を観察すれば「教師の目の行き届き易い少人数が良い」という論拠は分からぬでもないが、「教師の側のポテンシャルのアップ」の議論がないのは寂しい。「ちょっと余計に教師が気を張れば済む話」もないわけではなかろう。「ただ少なければ良いとの意見には私が賛成できない」のはそのようなところにある。
・ 高校生になって40人以下であるべきという根拠は義務教育ほど伝わってこない。行政も然りだ。それよりも課程で3クラスある場合は3クラスを「発展別に区分けして指導」することの方がより教育効果を上げることは間違いない。「習熟度別授業」だ。
・ 特徴ある性格を有した仲間の中で揉まれ、他を知ることは特に高校生では必要である。自分にないものを有するクラスの仲間は教師以外の有力な教師に成りうるのである。今後とも弾力的にクラス編成をしていきたい。
・ 何時もこの話になるとM理事長職務代理は昔「数年前、一クラスが40人を超え、一部教員から猛反対されて、泣く泣くクラスを『二つに分けた』ことを話される。何時の事だろう。結局そのような行為が「経営の脚を引っ張り、自分の処遇に跳ね返ってきている」ことに気がつかねばならない。
・ 今年理数科SSコースは40人を遥かに超えた数値となったため、些か悩ましかったが、理数科長(担任兼務)が絶対一クラスで行きたいと申し出てきた。私は2クラスでも良いと覚悟していたが彼には彼の考えがあるらしい。
・ Ⅰ類3クラスとSS1クラスを習熟度別に展開し、「1年終了時に再編成」できるというのだ。最初の段階は大勢の中で切磋琢磨した方が良いと主張するのである。この先生は時に説得性があるから今回は受け入れることにした。
・ そのために50人は楽に入る「地学階段教室を視聴覚教室に改装」して「50インチプラズマテレビを2台購入」し、河合塾や代ゼミの教材を使えるような環境に急遽変えることとした。どうしてもやりたいという教員の熱意に応えてやるのが校長の仕事だ。
・ 上町台地にある有力私学を覗いてみればすぐ分かる。ロッカーなどは外にほうり投げて詰め込めるくらい詰め込んで授業している。それで進学も生活規範も素晴らしい実績を上げているのだ。これを見習えとは言わないが「金科玉条的に少なければ良いという単純発想の持ち主に私は腹が立つ」のだ。
・ 「クラス編成権は明確に校長」にあり、それを5月1日付けの時点で校長が都道府県知事に届けなければならない。一部の教員が単純に「減らせ」と言うようなものではないのである。「私学助成金は教職員数に明確に反映されており、」そこを分からなければならない。