2008年2月9日土曜日

2月9日(土)入試当日

  • 1.入学試験当日の朝
    ・ 天気予報どおり。10時過ぎには霙混じりの雪になり正午にはボタン雪の様相となった。少し積もった。朝早い生徒は7時40分頃には学校に来ている。受験生にそれほどの緊張感は見られない。顔は明るく素直だ。大学受験とはかなり様相が異なる。大阪、京都、兵庫の3府県で私立高校の入学試験が一斉に始まり約13万人が受験を受けた。大阪は7万2000人、そのうち2100人以上が本校に来てくれたことになる。
    ・ 8時10分、職員室で朝礼、校長より訓示「緊張感を持って宜しくお願いします」と。その後教務部長から2,3の留意点を述べ解散、全員持ち場に散っていく。この段階ではまだ雪とはならない。
    ・ 2121名の志願者であったが、最終的に4名の欠席者という。私からすれば4名とは多いと思うのだが、教職員は見方が異なる。例年に比べて圧倒的に少ないと言う。例年と言っても1200人くらいだから4名の欠は確かに少ないのかもしれない。遅刻者も全くいなく定刻には全員揃った。
    ・ しかし一人の受験生は天王寺行きの快速に乗ったため、又天王寺から我孫子まで引き返し、受験票を忘れた生徒が5名、いずれも中学校と連絡を取りながらの対応で結果はOKであったが、受験票をやっぱり忘れる子もいるのです。中学校の先生もこの雪の中、無事着いたか、気にかかるのであろう。
    2.受験と言う言葉
     ・入学試験は間違いなく人生の大きな節目だ。高校受験、大学受験、入社試験、結婚と人生には大きなポイントとなる点がある。近年は中学受験、小学校受験なども加わり「受験時代」は終わることがなく、拡大する一方だ。幼稚園の場合は「お受験」というらしい。
    ・ このような受験の世界は何時ごろ日本に発生したのであろうか。結論から言えば「明治30年代の後半」というのが物の本にある一般的な回答らしい。明治40年は日露講和条約の2年後、義務教育が4ヵ年から6ヵ年になった年である。
    ・ 第五高等学校を卒業し、東京帝国大学に入学するために上京した学生が主人公の、漱石の小説「三四郎」が朝日新聞に連載されたのが明治41年。当時は9月が新学期であった。これも受験での上京であった。
    ・ 当時第一から第七まであった旧制の高等学校はまさしく「難関受験」であったが、言葉は「遊学」が使われていた。群を抜いての人気校は東京の一高で試験倍率は4倍を超えている。「受験」の言葉や「受験雑誌」が一般的になってきたのは明治40年以後のことという。明治40年、有名な当時のベストセラー「最近受験界」の雑誌が登場する。最近と言うのが面白い。
    ・ このように日本の受験の歴史は相当古く、中国の科挙などはもっと古いわけで「受験と言うのは人類共通の宿命」なのかも知れない。我々の時代は「灰色の青春」とか言われていたが、最近の生徒をみているとそんなに深刻には捉えていないようにも感じる。あっけらかんとしている。「まあとにかく本校の受験生、頑張れ」
    3.昼食弁当
     ・今日は特別の日として事務室がお弁当を用意してくれている。忙しいし、各人、時間のあるときに慌しく済ませる必要があるからだ。教職員用105個、お手伝いの本校生徒用113個、値段は書くまい。幾分生徒用は安いと聞いた。同じもので良いのにと思う。差をつける理由は分からない。昔からそうらしい。例年決まった仕出し屋さんからの手配というが、味はまあまあであるが量が幾分少ないのではないか。
     ・今日は重労働。もう少しカロリーがあっても良いかなと感じた。試験は「最後の科目社会が終わるのが14時時55分」。その後採点が始まる。本校では「今日中に採点を済ませる」と言う。これは完全に公立と異なる。公立は3日間かけて採点を行う。極力勤務時間内に作業を終えさせて疲労が蓄積しないようにという配慮だが・・・・・・。
     ・夜は9時、10時頃までかかるので簡単な食事を用意するという。今度は幕の内から「お寿司」にメニューが変わると言う。仕出し弁当会社が別のところらしい。
    4.試験終了
     ・予定通り何事も無く無事試験終了。門前にはお父さんの運転する迎えの車が行列。来る時はばらばらだが帰るときは集中するから洪水みたいに正門から出てくる。それらの様子を見ていると「嬉しさがこみ上げてくる。
     ・雪で脚を滑らさないように教員や校務員さんが箒で雪かきだ。時間差で正門から出し、混雑しないように配慮している。こういうところは本校独特の優しいところではないか。
     ・2,3の生徒に聞く。「出来ましたか?」「ウーン、微妙」。「どことの併願?」「専願です」。「どことの併願?」「佐野です」。「問題はどうだった?」「数学が難しかった」「社会が難しかった」等々
     ・終了後副校長から「詳細報告」を受ける。小さなトラブルはあったが大事にならずに済んだとのこと。「良かった。ホッと一安心」である。
    5.採点作業
     ・教室の片付けを終え「採点作業」に入る。場所は図書室。常勤講師以上の先生方で対応するのだが「やっても、やっても終わらない」感じだと。確かに慎重に進めなければならないものだし、この数だからそのように感じるのも無理は無い。
     ・しかし「これはまずい。」と思う。今日は集約するだけにして明日朝から採点に入る方法を考えるべきではないのかと思った。一日合否発表を遅らすこととの得失を他校も参考にしながら考える必要がある。来年度のテーマだ。
     ・18時過ぎ弁当が届く。お寿司の味は大変良かった。学校の近くにあるお寿司屋さんで長いお付き合いという。包装紙には「門口に人押し寄せて幸をつり舟」と書いてあった。本校みたいだ。気に入った。
    ・ 採点は順調、女性教諭はなるべく早く終わるよう副校長に指示、雪で足元も危ないのでタクシー券も出しなさいと。遅くなる者にもタクシー券を出すよう事務長先生に言う。私が採点するわけではないが「気を使うことが私の仕事」。
    6.採点終了
     ・数学の採点終了が最も早い。次に英語だ。例年に比べて英語は早い。時間を要しているのは社会と理科だ。
    ・ 女性教員は余りおそくなると問題であり、9時45分に終わらせ帰宅の段取りとした。後は申し訳ないが男性教員にお願いせざるを得ない。中途半端で終わらせるわけには行かない。
    ・ 11時00分最後のインプットが終了。ここで中締め。「慰労の挨拶」をする。しかしその後は教務部だけで全体のデータ処理をすることになる。あと1時間くらいあろうが副校長に任せて私は終了。「皆頑張ってくれました」。しかし明日は通常通りの出勤で合否判定会議がある。
    長い一日だったが「充実した一日であった。」